座ってもいいかな、と言われて、彼の服が汚れることを心配したものの、わたしの返事を待たずに保健室の悪魔はその場に座り込んだ。つられてわたしも腰を落とす。コンクリートの冷たさが伝わってきて太ももがぴりっとする。
「…………」
そういえばずっと彼の服の袖を掴んだままだった。
離すタイミングを失って挙動不審になる。
いま離したら不自然だし、でもこのまま掴んでいてもおかしいし、どうしたら、
「名前ちゃん」
名前を呼ばれると思っていなかったので、警戒して全身が固まる。
なんだ、今度は何を言われるんだ。
この人の口からわたしに向かって発せられる言葉に、優しい言葉なんてない。
「僕は勘違いしていたのかな。名前ちゃんには嫌われていると思っていたんだけど」
勘違いしないでください。嫌いです。
*
絵本の中から飛び出してきたような理想の王子様。プラチナブロンドの透き通るような髪に、ブルーダイヤモンドを思い起こさせる繊細な瞳。儚げな横顔はまさに異国の王子様然としているけれど、口を開いたら毒を吐くことは確認済みだ。お兄ちゃんのことをわたしの前で話す人はみんな敵だけど。
「あの、わたし、水をもらってきます」
居心地が悪くなって腰を上げる。
さりげなく手を離すと、追いかけるようにして今度は手を繋がれた。
「待って」
本当に宝石みたい。
こんなに澄んだ瞳をした人を初めて見た。
「そばにいてほしい」
わたしに、どうしろっていうんだ。
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