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保健室の悪魔!
反射的に一歩身を引く。
一度聞いただけで耳に残る声。わたしはこの人が嫌いだ。

服装や髪型がいつもと違うせいで一瞬、人違いかと思ったけれど、間違いない。
けれど、違うのは髪や服だけではなかった。


「……大丈夫、ですか」


自然と見上げる形になった彼の顔色があまりにも悪くて、気がつけば思わずそう問いかけていた。勘違いしてほしくはないのだけれど、わたしにとってこの人は味方ではない。体調を心配するようなほど親密な関係ではないし、友好的な相手ではないと思っている。でも、彼の様子はわたしの目にも異常だと思った。


「……意外と鋭いね。少し人込みに酔ってしまったのかな。大丈夫だよ」


その微笑みに強さはなかった。大丈夫、と言う人ほど、大丈夫ではない。わたしはそのことを身をもって知っている。


「あの……こっちに」


なんと呼ぼうか迷って、言葉よりも先に手が動いた。彼の服の袖を引く。名前なんて知らない。どうして助けようと思ったのかもわからない。

ただ、助けてもらってばかりのわたしにも、だれかを助ける権利ぐらいあるかなって。


*


このイベントホールに足を運んだのは初めてではなかった。もう十年も前のことだけれど。朧げながら覚えている。あの日のわたしは初めてのパーティーだというのに母と喧嘩をして、一目につかない隅っこで、一人膝を抱えて座っていた。


――だいじょうぶ?


どこからか聞こえた声に、幼いわたしは顔を上げる。
そこにいたのは、だれだったか。
さすがのわたしもそれ以上は覚えていない。


「ここはあまり人が来ないので」


人の顔色を窺うのはもう習慣になっている。あまり良いことではない。怯えながら過ごしてきた日々の名残だから。

一度や二度、言葉を交わしただけの存在であるわたしに、無理やりここまで引っ張ってこられてこの人も迷惑だと思っていることだろう。だれかに声をかけて適切な救護を受けてもらったほうがこの人にとってもよかったのかもしれない。


「助かるよ。こういう場所を見つけるのは君の特技だね」


そんな特技を褒められてもまったく嬉しくないのだけど、話す元気があるようなので一先ず安心して良さそうだ。