「どうして言わなかったんですか」
「そ……れが」
「今回は未遂で終わりましたが、最悪の事態も考えられたはずです。少しでも異変に感じたときはすぐに報告してください」
「はい……すみません」
矢で射抜かれるような感覚に一人で縮こまりながら、椚先生のお説教を延々と聞き、半泣きになったところで解放された。一歩間違えれば命にかかわることだったので、仕方ないことだけど。瀬名先輩と椚先生はまったく違うタイプなのに、わたしからしたら同じ鬼でしかない。
*
「練習始めるよぉ」
「ふんふふ〜ん♪」
「王様ぁ?」
職員室から解放されたと思ったら、休む暇なくKnightsのレッスンに同席。
久しぶりに浸る空気感になんだか体がむず痒い。
それもこれも司くんのせいだ。
「名前先輩、こちらにお座りくださいませ。今までまともな椅子も用意できず、先輩に向かって失礼なことをいたしました。床は冷たいでしょうし、遠慮せずにこちらへ」
そう。いつもどおり部屋の隅っこに腰を落ち着かせると、司くんに捕まった。あれよあれよという間に机と椅子を差し出され、期待の眼差しでみつめられる。
わたしなんかのために気を遣わないでください、という前に横から割り込みが入る。
「いいのいいの。名前は俺の膝枕をしたいんだよねぇ?気が効く子で助かる」
ぽすん、と凛月がわたしの膝の上に頭を乗せる。床に正座しているせいで、膝がちょっと痛い。凛月はすっかり寛いでいるし。わたしは枕じゃないのに。
「ちょっと、凛月先輩!?名前先輩をこれ以上酷使しないでください!もっと丁重にもてなしていただかないと、」
「ス〜ちゃんは名前のなんなの?俺は名前の飼い主なの。うちのペットに用があるなら俺を通してよねぇ」
「petなどと失礼な!名前先輩は立派なladyです」
凛月と司くんのやりとりを前に、わたしはなす術なく黙っていることしかできなかった。
凛月、後輩をいじめたら駄目。
「くまくん!かさくん!あんたたちまで何遊んでんのぉ!?ゴリラの相手なんかしてないで、早くレッスン始めるよぉ!!」
ほら、瀬名先輩が相当怒ってる。
「は〜い」
叱られた凛月はひらひらと手を振って返事をしたものの、起き上がる気配がない。
「あっ、すみません……瀬名先輩がご立腹ですので、司はlessonに行って参りますね」
「だれがご立腹だってぇ!?」
司くん、強くなった。
なんだかんだで二人がわたしの側から離れていくと、鳴上くんが楽しそうに笑った。
「あらまぁ、ウフフ。すっかり賑やかねェ。困らせちゃってごめんなさい?」
「いえ。お茶までありがとうございます」
なんと、今日は椅子を勧められただけではなく、お茶まで用意してもらっていた。まさに至れり尽くせり。お客さんではないので、こんなにもてなしてもらう必要はないのだけど、みなさんはなぜか気合が入っていた。
「いいのよォ♪名前ちゃんはうちの大切なプロデューサーですもの」
数ヶ月前のわたしならこんな日常考えられなかった。
だれとも会話せずに、関わらずに生きていくはずだった。
でも今は座る場所を与えてもらえる。
ただ、一つ問題があるとすれば。
退学するということを、だんだん打ち明けられなくなっていることだった。
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