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静かな教室には似合わない、軽快な声。暗闇に光が差すような、一瞬のできごと。
目を開くと、迫っていたはずのカッターが、宙で止まっている。


「あ!さっきキラキラしたものが見えた気がする〜!なになに?お金?お金なら俺にください!でも、それって硬貨じゃないよね?」


突然現れた通行人によって、わたしと“彼”だけの時間に間ができた。あまりにも温度差がありすぎて、目の前の“彼”も混乱している。


「明星、伏せろ!」


そのとき、廊下から響いてきた声と、複数の足音がやっと耳に入る。
“明星”と呼ばれた男子生徒は、掛け声に従ってひょいっと身を屈めた。
次の瞬間に目にもとまらぬ速さで飛びかかってきた大きな影が、目の前の男子生徒を蹴り飛ばした。衝撃で彼の手からカッターナイフが飛び出す。


「…………っ!」


声にならない声を上げて、黒髪の彼が床にねじ伏せられる。抵抗する彼と、彼を押さえつける……鬼龍先輩……?


「残念だったな。ソイツで何しようとしたかはしらねぇが、女に向けていいもんじゃねぇだろ」


わたしは動けなかった。
後から追いついた人影がわらわらと集まってくる。その中の一人に鬼龍先輩が呼びかけた。


「鉄、そいつを回収してくれ」
「大将!了解っス!」


後輩らしき男の子が床に転がったカッターナイフを拾い上げる。その瞬間、教室に満ちていた緊張感がとけた。同時にわたしの足の力が抜ける。夢のような出来事だったのに、現実すぎて処理が追いつかない。


「名前!」


ざわざわしている廊下の方から急に名前を呼ばれて、それが凛月だとわかるのに時間がかかる。立ち上がれなくてとりあえず彼の名前を呼ぼうと口を開いた。


「り」


りつ、と言う前に視界が遮られる。
なんのためらいもなく強く抱きしめられて、息が止まった。苦しい。他にも人がいるはずなのに、凛月には関係ないらしい。


「……よかった。無事で」


よかった、よかった……と繰り返し囁く声は、わたしに向けてというより自分自身に言い聞かせているみたいだった。


「ちゃんと電話にでてよ…………教えた意味ないじゃん」


頭に回された手が震えていて、緊張で強張っていたわたしのストッパーが外れる。もうそのあとは、涙腺まで制御ができなくなって、気が付いたら涙があふれていた。正直なところ、死ぬかと思った。

以前、階段から落ちたときはそのまま死んでもいいかもって思ったけど、今回はなぜか諦められなかった。死にたくなかった。まだわたしの人生を終わらせたくなかった。
たぶんあのときといまと、わたしの中の何かが変わってしまったせいかもしれない。