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「あの」


彼が右手に持っているのは予想通り、細いカッターナイフだった。その刃の煌めきがこの場に不釣り合いで、頭の中が混乱する。なぜ彼はカッターなんて握りしめているんだろう。さっき彼はなんて言ったんだっけ。


「すぐに終わるよ。痛いかどうかと言われたら、痛くないとは言えないけど」


淡々と話しかけながら、彼がこちらに歩み寄る。わたしは少しずつ後ずさった。背中にカーテンが迫る。これ以上、下がる余地がない。


「ずっと我慢してたんだ。いつかは手に入れたい宝石みたいな、君の瞳が欲しい」
「あなた、だれ」


先ほどから疑問に思っていた。もしかしてこの人はわたしのことを知っている?でもわたしはこの人のことを知らない。どこかで見たことがあるのは確かだけど、それはだれかに似ているというレベルの話で、この人との接点は覚えている限りではゼロだ。
彼の瞳はわたしを視界から外さなかった。


「さあね。君は何も知らない。でもそのままでいいんだ。お兄さんのこと、俺は知ってるよ。だって俺たちは同じでしょ。俺の兄は君のお兄さんに惹かれた。俺は妹の君に惹かれた。つまり、血のつながりはどうすることもできないってこと。今更逃げることも、変えることもできやしない。君はずっとお兄さんのお人形のままだし、俺は兄と同じように宝石を眺め続けるよ。一番近くで」


お兄ちゃんのことを知っている?
やめて、それ以上聞きたくない。

先日、凛月の言葉で昇華された思いが、全部塗り替えられそうになる。
わたしは変わることもできるし、お兄ちゃんから解放されることもできるはずなのに。
本当はどっちが正解なんだろう。この人が言っていることが正しいのか、凛月が言ったことが正しいのか。ねぇ、凛月、教えて。
わたしは。


「じっとしててね」


カーテン越しに窓枠が背中に当たる。目前に迫った彼と、光る刃。
まさか学校を辞める前に、こんな形で学校から去ることになるなんて。学校どころか、この世界ともお別れしなくてはならない。
でもわたしはまだ、ここに、いたい。


「来ないで」


目を瞑った。抉られるくらいなら、もっと早く潰してしまえばよかった。そうしたら、キラキラしたものなんて、目にすることもなかったのに。


「こんなところで何してるの?」