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Knightsのレッスンが始まると、鬼龍先輩と仁兎先輩は部活や委員会の活動に帰っていった。

わたしはというと、いつもどおりスタジオの隅っこに座り込んで、レッスン風景を見守る。たまに司くんが遠慮がちに歩み寄ってきて、ちょっとした振付の確認をしてくることもある。疲れた凛月がふざけて膝枕を強要してくることもあるし、凛月を「甘やかすな」と、瀬名先輩がなぜかわたしに説教をしてくることもある。

レッスンが終わる頃には窓の外がオレンジ色に染まり始めていた。スタジオ内の片付けをして、全員で部屋からでる。
わたしはみんなの一番後ろを無言でついていく。


「……」

下駄箱まで来た時、重大なミスに気づいた。鞄の中を見てみたが、やっぱりない。

「どうしたの?」

立ち止まったわたしに、凛月が気づいたようだ。凛月の声で、前を歩いていた四人も後ろを振り向く。

「わ、忘れもの。ちょっと取りに行ってくる」

レポートを教室の机の中に置いてきてしまった。明日は学校が休みなので、月曜日まで手元にレポートがないのは辛い。万が一、だれかに机の中を見られたらと考えると、不安にもなる。

「一緒に行くけど」

教室に向かおうとしたわたしを凛月が引き止めた。少しだけ悩んで、首を振る。

「ううん。すぐだから一人で行ってくる」

先に帰ってもいいのに「じゃあ待ってる」と返ってきた言葉に、わたしは急いで教室に向かった。


*


職員室に行って鍵を貰ってこようと思ったものの、教室まで来てみると鍵は開いていた。扉も全開だ。

そっと中を覗くと、教室の中に人の姿はなかった。今日の日直が鍵を閉め忘れたのだろうか。なぜかカーテンが閉まっていて、教室の中は薄暗い。
不思議に思いながら教室に入り、自分の席に鞄を下ろす。机の中を覗くと、思っていたとおりレポートの束が入っていた。ちょっとホッとする。

みんなが待っているので、すぐにレポートを鞄に入れて教室を出ようと顔を上げた時、教室の入り口にだれかが立っていることに気づいた。


「……っ!」


思わず飛び上がって固まる。
逆光で相手の顔が見えない。
知り合いでないことはわかる。
なんともいえない気味の悪さ。

「名字さん」

でも声には聞き覚えがあった。
何度か呼ばれたことがあるからだ。
できたらもう聞きたくはなかった。

「そんなに驚かないで」

相手が一歩こちらに歩み寄る。
わたしは反射的に後ろに一歩下がった。
逃げ場がない。

「……なんですか」

わたしが警戒心を露わにすると、相手の声が低くなった。

「君にお願いがあって」

お願い。
わたしは何もできない役立たずなのに、こんなわたしにどんなお願いがあって、今まで後を追いかけて来たんだ。目障りだから消えて欲しいというなら、望み通り消え去るから安心してほしい。

「わたし、帰ります」

はっきり伝えると、相手が慌てた様子で手を広げた。出口を塞ごうとしたのだろう。こちらへ近づく相手と、後ずさるわたし。

「少しだけでいいから、お願い……!大丈夫、すぐに終わるから」

すぐに終わる。
何が?
何をお願いされるというんだ。

「君がこのクラスに来た時から、運命だと思ってた。本当に会えるなんて……兄から話は聞いてたよ」

彼はオペラの名作を語るようにうっとりと、妖艶に喋った。その言葉は妙に台詞じみていた。舞台俳優を目指していると言われたら納得してしまうだろう。

「君が、俺たちの前で流した涙を俺はずっと忘れられない。その瞳から溢れ出す涙に俺は見惚れたんだ」

彼が右手を上着のポケットに入れた。
みんなの前で泣いてしまったあの日のことを思い出す。


――わたしは、こわいです。みんな……
――みんながこわくて……ひどいこと、言って……ごめんなさい……


この人もあのとき教室にいた。わたしのことを、見ていた。

「一生のお願いだ。俺は」

彼が教室に入ってきて、やっと顔が見えた。
黒い髪に黒い瞳。
どこかで見たことがあると思った。誰かに似ている。


――お兄ちゃんの、知り合いですか
――『聖夜に怒られるから、おとなしくついて来て』


手首に食い込むほど、強く掴まれた腕。
あのとき、見つめられたひどく冷たい瞳に、目の前の彼の瞳が重なって見えた。


「君の『瞳』が欲しいんだ」


彼の手の中で、キラリと光った『ソレ』は、一体なに……?