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スタジオに戻ると、全員帰ったはずなのに電気がついていた。

「あれ、ス〜ちゃんだ」

さきほど別れたはずの司がスタジオの真ん中で凛月を見つめて驚いている。

「凛月先輩!帰られたはずでは!?」
「それはこっちの台詞なんだけど〜?なに?まだそこ引っかかってるの?ス〜ちゃんは真面目だねぇ」

よく見ると司は練習着を着ていて、レッスン中に泉に指摘されたパートを復習しているようだった。

「先輩方の足を引っ張りたくないので……でも、何度tryしてもなかなかうまくいかないのです」

悔しそうに汗を拭った司に、凛月は軽く息を吐く。

「そこはねぇ、こうやって」

気が付けば司に個人レッスンをしてあげていた。こう見えて年下の面倒見はいい。

「仕方ないから教えてあげる。ちょっとだけだからね」
「ありがとうございます!凛月先輩」

喜んでいる司を見ると、自分がお兄ちゃんに慣れたような気がしてちょっと嬉しかった。



少しの間、司のレッスンに付き合うつもりだったが、気が付けば三十分が経っていた。

「おや?いつの間にか降り出しましたね。凛月先輩、引き止めてしまい申し訳ありません」

司が窓の外を見る。凛月も気が付かなかったが、外は大ぶりの雨が降っていた。夕立だろうか。いつから降り出したのかも、わからない。

「いいよ〜、これくらい……雨が降るなんて聞いてなかったけど」

このとき、妹の存在を忘れていたことに気づいて凛月は少しどきっとする。
でもさすがにこれだけ雨が降っていたら、彼女もどこか屋根がある場所へ避難しているだろう。
少し小走りでスタジオを後にした。


*


妹を探して生徒用玄関に来てみたものの、そこに名前の姿はなかった。名前と別れた場所からだと、雨を凌げる場所はここが一番近い。真緒から借りた傘を持って、校舎の外へ出た凛月は、視界に入ったものを見て心臓が止まりそうになる。

「……!!」

噴水の前で立ち止まっている小さな影。

「……なにしてんの!?」

思わず傘を捨てて駆け寄ると、立ち止まっていた名前が顔を上げた。

「あ、りつにい」

呑気に凛月の名前を呼んでいる。
雨で濡れた髪が、名前の頬に貼りついていた。
どうして、なぜ。
たくさん言葉が浮かんだが、今はそんなことを問いかけている場合ではない。

「馬鹿、こっち来て!」

慌ててずぶ濡れの妹を抱きかかえると、名前の体は雨で震えていた。体温が下がっているはずなのに、異常に熱い。
屋根があるところまで来て、名前を地面に下ろす。拭いてあげるものを持っていなかったので、とりあえず自分が来ていたブレザーを頭から名前にかぶせた。

「だって、りつにいがまっててって」

凛月のあまりの険相に怒られると思ったのか、名前が何か言い訳のようなことを言っている。
確かに言った。

――ここで待ってて。

でも、まさかこんな状況でさえ、兄の言いつけを守るなんて。

「わかったから、黙って……熱がある。名前、朝から体調悪かったでしょ」

朝から兄妹の会話はほとんどない。でも凛月にはわかる。名前は体調が悪い時ほど元気なフリをする。零が言っていた。「体調が悪化すると病院につれ戻されると思って強がるんじゃよ。気を付けてみてやっておくれ」確かに今朝はご機嫌だった。咳がでるのを誤魔化しながら。

「ううん、ちょっとのどがこんこんしただけ。だいじょうぶ」

といって、口を押える。大丈夫じゃない、といっているようなものだ。
凛月は名前を抱えて、急いで家に帰った。