――こいつアイドルになりたいんだって!
――兄貴みたいになれると思ったのかよ。笑える。
――笑わないで……!!
せんせい!名前ちゃんがっ……くんを殴った……!
ちがでてる!
……くん、大丈夫!?しっかりして!
名前ちゃん、こわい
なんで学校にくるの、あんなひどいことしたのに。
近づかないでよ!
「…………」
最悪な目覚めだった。今でもたまに夢に見るけど、事実とほとんど差異はない。思い出す必要もないと思っている。
わたしはあの日、夢を失って、同時に居場所も失った。
*
「紹介するな!こっちの大きいのがクロ!そんで、ちっちゃいのがナズ!」
「レオちん、その紹介はひどいりょ!」
月永先輩から突然の呼び出しにあった。集合場所はいつもKnightsが根城にしているスタジオ。授業が終わってからすぐに向かうと、そこには月永先輩の紹介どおり、大きい先輩と小さい先輩がいた。
本人からの紹介で、大きい先輩は鬼龍先輩、小さい先輩は仁兎先輩だとわかった。
なんの説明もなく二人の先輩を紹介されたので理解が追い付かず黙っていると、月永先輩が補足してくれた。
「名前の助けになるかと思って!ナズはおれと同じクラスだし放送委員でテニス部の部長だから!きっと頼りになる!」
「レオちん、覚えてたんだな!すごいぞ、ありがとう!」
「うん、さっきクロに教えてもらった☆」
「レオちん〜!!」
目の前で戯れる先輩二人を黙って見守る。
周りが賑やかなことには慣れてきた。わたしはほとんどその会話には参加できないけれど。
「クロは見た目どおり強いからもしものときは頼ってやって!」
「よろしくな、嬢ちゃん」
「は、はい」
わたしは彼を見上げて、彼はわたしを見下ろす。
大きい。くまさんみたい。あれ、そういえばこの人、以前に会ったことがある。いつだっけ。
「あれから被害には遭ってないのぉ?」
同じ部屋で準備運動中の瀬名先輩に問いかけられる。そうだった、Knightsのレッスンも兼ねてここに来たんだった。
屈伸運動をしている瀬名先輩は、さすがに絵になった。モデルの仕事をしてると聞いたけど、納得できる。
「はい」
あれから、というのは、問題の彼に追いかけられてKnightsのみなさんのところに飛び込んだ日のことだ。
思い出してみたけれど、最近は特に何も盗まれていないし、追いかけられるようなこともない。
「敵も動きなし。毎日見てるけど平然としてるし、名前に興味があるとは思えないんだよね」
寝床ですやすや寝ていたはずの凛月がいつの間にか会話に入ってきた。今日も堂々とレッスン中に怠けている。それを咎めるような人も、瀬名先輩以外に見当たらない。
「現行犯で捕まえるのは難しそうねェ」
鳴上くんが頬に手を当てて首を傾げた。確かに今のままではなかなか絶好のチャンスはやってこないだろう。
凛月は重い体を起き上がらせて、ふぁああと欠伸をする。
「名前の話を聞いた感じ、一人のときを狙って声をかけてきてると思う。だから意図的に名前が一人になる状況を作れば奴も動き出すんじゃない?」
そういえばここ一週間くらい、家に帰るときは凛月と一緒だし、授業中もレッスン中も誰かがそばにいるから被害に遭う隙もない。
一人でいることに慣れていたけど、今度は逆にだれかがそばにいることに慣れてしまいそうでこわかった。
「まあゴリラなら最悪の場合でも逃げ切れるだろうしねぇ」
「ちょっと、名前は女の子なんだけど。セッちゃんがそういうこというから危険も顧みず突発的なことするんだよ」
視界の隅で瀬名先輩と凛月が言い争っている。ゴリラというのが自分のことだとすぐに認識できてしまうのが、なんだか悔しい。最近はそんなに強引なことはしていないし、何かを壊したり乱暴な真似はしていないのに。
「物騒な話だな。まあ有り得ねぇことでもねぇか」
「今はだいぶ平和になったけど、昔はこのへんも治安悪かったしな。おれもなにか力になれることがあったら協力するよ」
瀬名先輩たちの話を聞いて、鬼龍先輩と仁兎先輩が口を開いた。どうやら月永先輩からある程度の事情は聞いているようだった。わたしの知らない間にどんどん周りに話が広がっていく。
作戦実行は条件が揃ってから。
でも、現実は計画通りには進まなかった。
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