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気を取り直して。

「お兄ちゃん、聞いてほしいことがあるの」
「……なに。やめて、そのセリフ。それ以上聞きたくない」

お兄ちゃんが冷めた表情で一歩ずつ後ずさる。怖がるようなことじゃないのに。

「お兄さん、可愛い妹さんを俺にください♪」

こら、凛月。お兄ちゃんを刺激しちゃだめ。

「警察呼ぶよ」

お兄ちゃんも、そんなことで通報しないで。

*

真緒がお兄ちゃんと凛月の間を取り持ち、警察沙汰になることは免れた。玄関先で話し合っていると目立つので、ここから先は家の中で話をすることになる。

ところで、なぜこの場に凛月がいるのか。
わたしは真緒に同伴をお願いしたのに、いつの間にか凛月まで仲間に加わっていて、隙があったらお兄ちゃんをからかって遊ぼうとするからなかなか話が前に進まなくて困る。凛月はお兄ちゃんに嫌われてるから来ない方がいいと思ったのに。

『俺の名前が俺のま〜くんを頼ったんだから俺も一緒に行くべき』

とわけのわからない理由を口にして半ば強引について来たのだった。
真緒、いつも凛月の面倒を見ていてとても尊敬する。

さて、お兄ちゃんが警察を呼ぶ前に本題に入らないと。

「わたし、修学旅行に行きたいの」
「修学旅行?行かないことになったよね」

ソファに腰掛けたお兄ちゃんは、わたしが淹れたコーヒーを片手に足を組む。真顔で放たれた言葉に、少しだけ狼狽えた。

「でも、行きたい。お兄ちゃんがダメって言ったから、行かないことにしたけど、ほんとは行ってみたくて」
「なぜ?」

一生懸命なわたしとは真逆で、お兄ちゃんは淡々としていた。わたしの言っていることがまったく理解できない、という顔だった。
でも、ここで引き下がったらまたいつものように流されてしまう。

「興味があるから」
「京都なら僕がいつでも連れて行ってあげるよ。そもそも男ばかりの旅行に可愛い妹を送りだすなんて絶対反対だから絶対に駄目」

質問に答えるとすぐに返事が飛んできて、返り討ちにあう。言葉でお兄ちゃんには勝てない。こういうときのお兄ちゃんは頑なだ。

「でも名前は行きたいんですよ。妹さんの意思を組んでやるのもお兄さんの役目だと思いますけど」

見兼ねた真緒が隣から応戦してくれる。

「はあ?ところであんたはなんなの。なんで一人増えてるの」

お兄ちゃんが真緒に視線を送った。
鋭い視線を向けられた真緒が、背筋をぴんっと伸ばして膝の上で両手を握りしめる。

「挨拶が遅れてすみません!衣更です。妹さんと同じクラスで」
「俺の大切な人♪」

隣から凛月が飛び出してきて変な空気になる。
お兄ちゃんは眉間に深い皺を寄せただけで、凛月と真緒の関係には触れようとしなかった。

「どうでもいいけど、君たちの遊びに名前を付き合わせるわけにはいかない。名前にはこれから先の未来があるの。その大切な道を守るのが僕の役目。だからこれ以上、名前を苦しませないで」

お兄ちゃんはコーヒーカップを机に置いて目を伏せた。
話は終わり、これ以上聞かないという合図だ。お兄ちゃんがソファから立ち上がるのを無言で見つめる。

わたしの未来。
その未来にはどんなことが待っているんだろう。
明るいの。暗いの。
今まで何回も間違えてきた。わたしだけ道をそれて、お兄ちゃんは光り輝く道をまっすぐ進んでいって。わたしは進んでも進んでも壁にぶつかって、外にはでられなくなって。

お兄ちゃんにとっての『大切な道』ってなんなんだろう。
わたしの道なのに。わたしの未来で、わたしのこれからなのに。

苦しめられているのは。


「お兄さんのほうが苦しめてるじゃん」


凛月の、その一言で時が止まる。
わたしの呼吸も止まる。
もう少しであふれだしそうになっていた涙が、こぼれ落ちる前にせき止められる。

「自分は守ってるつもりかもしれないけど、そんなの名前にとっては迷惑でしかないし、だれもそんなこと望んでない。こっちは兄が思うほどもう子どもじゃないので。出来るか出来ないかくらい自分で決められるから」

凛月がどんな顔をしているか、確認することはできなかった。
わたしは、心が震えるのを、ただドキドキしながら抑えるだけで精一杯。

「大切なものを壊してどうすんの。このままじゃずっと変わらないでしょ。あんたが邪魔するなら俺だって邪魔する。名前の道を守るのはお兄さんでも俺でもなくて、名前自身だから。本当に兄だっていうなら妹の言うことに従って生きるべき。それが兄の役目じゃないの」

お兄ちゃんもわたしも言葉を失った。
凛月のまっすぐな言葉。
わたしは言えなかったのに、凛月は全部知ってるみたいにお兄ちゃんにぶつけてくれた。

「……朔間のくせに」

俯いたお兄ちゃんの表情は読めなかったけど、小さな呟きだけはわたしの耳に届く。

「名前のことは俺たちがちゃんと面倒見るんで……じゃなくて、守ります。お願いします」

呆然としていた真緒がしっかりと頭を下げる。
わたしも慌てて頭を下げた。
なんだろう、この気持ち。ずっと胸がどきどきしてる。
呼吸をするのが苦しいくらい、鼓動がうるさくて、でもなんだか嫌な気持ちではなくて。

「………………わかった。名前が行きたいっていうなら仕方ない」

たっぷりと時間を置いた後、お兄ちゃんがため息を吐いてソファに腰を戻した。
まだ納得はしていないようだけど、わたしたちの執拗さにとうとう諦めたようだ。

「その代わり、名前にもしものことがあったら、わかってるよね?」

ほっとしたのも束の間、お兄ちゃんの一言で止まっていた時間が動きだす。

「はい、俺が責任を取ります……♪」
「はあ!?あんたに名前は渡さないって言ってるでしょ!?朔間の話はもう一生聞かないから!黙ってて!」

そして、凛月とお兄ちゃんのいつものやりとりが始まる。
せっかく落ち着いたと思ったのに。

「堂々巡りって感じだな」
「……ありがとう、真緒……凛月」

二人の様子を見て笑っている真緒にお礼を言う。
でも、お兄ちゃんと交戦中の凛月には聞こえていないようだった。

二人とも、ついてきてくれてありがとう。
今日、二人が言ってくれた言葉をわたしはずっと忘れない。