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数日後の放課後。
凛月に誘われたあの日から、自然と帰りは凛月と一緒に帰るようになって、衣更くんの都合がいい日は3人で帰る日もあった。
今日は凛月に用事があって、その用事が終わるまで衣更くんと教室で待つことになったんだけど。

「名字さんは修学旅行行かないのか?」

気まずい空気になるかと思ったら、衣更くんがあっさり口を開いた。衣更くんは顔が広くてクラスの委員長もしているし、明るくて気さくでだれとでもすぐ仲良くなれそうな人だから、わたしみたいな話しかけにくい人間にも普通に話しかけてくれる。

「おまえから同意書がでてないって先生に言われてさ。先生も困ってるっぽかったけど、俺に言われても困るよな〜?」

ははは、といつもの笑顔で言われて、どう返事をしていいか困る。衣更くんとは真逆で、わたしは人と話すのが苦手だ。普通に話せるようになるまでに、なぜか少し時間がかかる。凛月がいるときは衣更くんと話をするときもあるけれど、それだって相槌や返事をするぐらいで会話らしい会話はまだしたことがない。

「……やっぱり、行った方がいいですか」
「なんで?行きたくないのか?」

普通に聞き返されたのでちょっと怖気付く。
衣更くんは普通の人だから、こうやって面と向かってお話しすることに緊張してしまう。なんていうんだろ、凛月には親近感が湧くのに、衣更くんは別世界の人のような気がしてしまって。わたしとは見ている世界が違うから。

「行ったら、邪魔になるかと思って」

こういう明るくて気さくで優しい人には、わたしの暗い部分や、ネガティブなところは見せたく無い。根暗だとか、話しかけずらいとか、話しかけても消極的なことしか言わないだろう、って思われるのが嫌だし、今までも同級生にはそう思われてきた。

「わたし、あまり人と付き合うのに慣れてないので……こわいというか、不安というか」

わたしが一言ずつ言葉にするのを、衣更くんは真剣に聞いてくれた。だから、言葉に自信がなくても、がんばって伝えることができたのかもしれない。

「そうだよな〜。おれもおまえのこといつまでも他人行儀に呼んでるし。気を遣わせたよな。ちょっと前に勝手に呼んじゃったけど、これから凛月みたいに名前って呼んでもいいか?」

自分の名前がだれかの口から発せられるのに、まだ慣れてないのか変な感じはしたけど。

「はい」

嫌じゃないから頷く。
すると、衣更くんはわたしの席の前の椅子に腰掛けた。凛月が帰ってくる気配はない。

「じゃあおまえも俺のことはもっと気軽に呼んでいいよ……えっと、俺の名前はわかるよな?」

ちょっと時間が止まる。
もちろん名前くらいわかるけど。
勇気がいるのはなんでだろ。

「……真緒」
「おお、なんか急に近くなったな」

衣更くんが気恥ずかしそうに頭をかく。わたしのほうが恥ずかしいというか、申し訳ないというか。

「ごめんなさい」
「ううん、それでいいよ」

口癖になっている謝罪の言葉は、衣更くん……真緒の言葉で打ち消された。

今なら話せるかも、という期待。今日を逃したらきっともう勇気はだせない。

近づこうとしてくれた彼の思いをわたしもちゃんと受け取りたかった。近づいたと思っているのが、たとえわたしだけだとしても。

「ほんとは、修学旅行に少しだけ興味があって。でも、あと一歩が踏み出せない、です。お兄ちゃんも反対してたし」

ここでお兄ちゃんのことを持ち出すのはずるいな、と思った。またこうやって人のせいにする。お兄ちゃんに反対されたのはほんとのことだけど。
結局はわたしにそれを跳ね返せるだけの勇気や実行力がないだけで。

「でも名前は行きたいんだろ?だったら自分の気持ちを大事にしたほうがいいと思うぞ。あと一歩が足りないなら、おれが背中を押してやるからさ」

どきっとした。
わたしの気持ちが大事。
わたしはすべてに自信がなくて自分の気持ちを誤魔化してた。どうせ今回も無理だって思ってた。だって、自分からどうこうしようなんて考えなかったから。

「でもまあ男ばっかだと不安だよな〜。俺たちおまえの扱いに慣れてないし」

わたしとみんなの間に見えない壁があって、お互いに近寄れないでいることは真緒だってわかってるんだ。

でも、この人がいれば修学旅行に行っても大丈夫かもしれない。
短い期間ではあったけど、同じ教室で授業を受けたクラスメイトと、最後の時間を過ごす機会としてはぴったりだし。この先、こんな経験もうできないと思う。学校を辞めたら、わたしはもう明るい日の当たる場所にはでられないと思うから。

「真緒と、凛月がいるから」
「凛月とは仲がいいよな。あいつ、結構人見知りなのにおまえにだけは妙に懐いてるし。おれ以外に仲良いやつができるのはいいことだけど」

自分のことのように嬉しそうに語る真緒。でもその横顔にはちょっぴり寂しさも含まれている気がする。

「真緒」
「どうした?」

あと一歩の勇気。
一人だと無理だけど、二人だったら踏み出せるかも。

「お兄ちゃんに説得するの、手伝ってほしい、です」

いつか、わたしの人生で一番楽しかった思い出になるように。