「ようちえんいきたくない」
幼稚園指定の水色のスモックに、黄色い帽子をかぶった名前が、冷めた目で呟く。
「また始まった。ほら、今日は俺と行く日だろ〜?おとなしく幼稚園行こうな」
それはもう夢ノ咲家では何度も繰り返されたやりとりだった。
今日の送り迎え担当である真緒も、いつものことなので驚きもしない。むしろ呆れている。
「やだ!いかない!おうちにいる!名前、ようちえんにいけないびょうきなの!」
「嘘つくなよ〜?そんな病気ないからな〜?」
駄々をこねる名前を抱き上げると、玄関まで連れて行って無理やり靴を履かせる。
その間も名前は諦めるもんかと抵抗を続けていた。
「真緒にぃ、名前のこときらいなの?だからそんな血も涙もないこというんだ」
「おまえたまに幼稚園児だとは思えないようなこと口にするよな」
少し変わった兄たちのもとで育ったせいか、名前は周りの幼稚園児に比べて言葉を覚えるのが早い。
「ほら、手繋いでやるから、幼稚園行くぞ」
靴を履かせたのはいいものの、納得しない名前を引っ張っていくのは気が引ける。
なんとかその気にさせたいが、名前は頬を膨らませて俯いた。
「いやだ……」
こりゃ無理そうか?
と、真緒が諦めかけたとき。
「ま〜くん、困ってるねぇ。よかったら俺が助けてあげよっか?」
どこからかひょろっと現れたのは、まだパジャマ姿の凛月だった。
「凛月。さすがにおまえでも名前は動かないだろ」
名前の幼稚園嫌いは入園当初からのもので、だれが相手でも「いやだ」の一点張りだ。
凛月と名前はよくふたりで昼寝している仲だが、それでも朝のこの時間だけは名前はだれのいうことも聞かない。
「まあまあ、見てて」
そう言うと、凛月は帽子の上から名前の頭を撫でた。
「よしよし名前はいい子だねぇ〜。お兄ちゃんと一緒に幼稚園行こうよ、かわいいお姫さま♪」
言葉とともに跪いて手を差し出す。
まさかそんなことで名前が動くとは思えないが。
「行く!」
「は!?切り替え早!」
さきほどまでのイヤイヤ攻撃が嘘のように、名前は笑顔で立ち上がった。
「名前はお姫さま扱いするとなんでもいうこと聞いてくれるからね〜」
「凛月にぃ、はやくきがえて!ようちえん遅れる!」
得意げな凛月と、凛月の腕を引っ張る名前を見て、真緒は大きくため息を吐いた。
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