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めったに屋敷の外を歩く機会はなかった。許されているのは年に一度、彼女がこの世に生を受けた日。つまりは名前の誕生日だけ。その一日だけは、彼女の望むところへ連れて行ってもらえた。もちろん、敬人と数人の従者が一緒に。

今年の誕生日に名前が願ったのは、遠い海へ行くことでも、華やかな舞踏会に赴くことでもなく、屋敷の近くの街を歩くことだった。一度でいいから普通の少女と同じように過ごしてみたかった。彼女の存在は多くの人に知らされていない。街中を歩く少女が、名家の息女だと思う人間はいないのだ。


「あぁあ!ちがう!なんか違うんだ!霊感が降ってきたと思ったのにな。このままだと名作が消えてしまう!」


目に映るものすべてに驚きながら表通りを歩いていると、名前の耳に彼の声が飛び込んできた。声の主を探せば、彼は煉瓦張りの道に座り込んで、夢中でペンを走らせていた。
それがレオだった。


「こんにちは」


名前から声をかける。その姿を目にとめて、背後に控えていた敬人はあからさまに眉をひそめた。
なぜなら、街の人に声をかけない、というのが外へでるときの唯一の約束だったからだ。


「楽しそうね。なにをしているの?」


敬人の心中など気にもせず、名前は無邪気な笑みと共に彼に話しかけた。
けれど、顔を上げた彼は、名前とは正反対の射貫くような鋭い瞳で睨み返してきた。


「人に聞く前に自分で考えてみろよ。なんでもかんでも聞いてると、想像力が磨耗していくぞ」


変わってる。第一印象は、他の人と違うということ。
愛を向けられるのは彼女にとって当たり前のようなことだったのに、彼はまるで名前に興味がないようだった。それがとても面白かった。どんなことでも話せる気がした。


「そうね。わたしが悪かった」
「おれになにか用か?いまちょっと忙しいんだ!」


言い終わらないうちに作業に戻ってしまう。
よっぽど楽しいことなのだろう。名前には彼が何を楽しんでいるのかわからなかった。でも、その楽しさを共有してみたい。


「気に入った。あなたと話すのはとても楽しい。ねぇ、うちに来て。わたしと友達になってほしいの」


背後で敬人が声にならない声を上げていることに、さすがの名前だって気づいている。
でも今日は誕生日だ。これぐらいの悪戯は許してほしい。


「なんでおれなんだ」


一点の曇りもない澄んだ瞳に見つめられる。
名前には一つしか答えがない。


「話し相手になってほしいから」


その答えをレオはどう受け取ったのだろう。書きなぐっていた音符は中途半端に止まっていた。


「綺麗な髪ね。それに、ペリドットのような瞳」


思い通りにいかないところは気位の高い猫みたい。
レオに視線を合わせるようにして、名前も地面に座り込んだ。
そのまま彼の頬に片手を添える。


楽しそうに笑った彼女の顔を、レオは一生忘れない。