会えないことが苦しいことだとレオは初めて知った。朝が来て夜が来て、また朝が来ても、名前には会えない。会いたいと思う理由がどこにあるのかもよくわからないのに。
好きだと思うほどに、嫌いだと思うことが多くなった。
望むことは恐ろしいのだ。得られないと知ったときに、傷つくのは他のだれでもない、自分だから。
「あいつ、おれのことなんて好きじゃなかったんだ。話し相手になってほしいなんて、遊ばれただけなのか。好きって言葉も嘘に決まってる」
すっかり定位置になった薔薇の茂みで、作曲に耽る。レオはどんな感情も作曲の糧にできた。名前に会えないこと、名前を嫌いになること。そこから生じる心の変化が、レオの霊感を刺激した。
でもきっと、こうして生まれた曲はだれの心にも響かないと知っている。
「今夜は英智だ」
隣を歩く敬人の口から名前の望んでいない名前が発せられた。数日ぶりに見た屋敷の様子は、相変わらず息が詰まりそうなほど張り詰めている。ここに名前と敬人以外の人間が生きているなんて、信じられないくらい。
「また?彼の確率が高いわ」
きっとだれかがそう仕向けている。だれが選ばれるかなんて、最初から決まっているのだ。けれど、その運命に大人しく従うほど、従順な娘になった覚えはない。
「部屋の外の空気はやっぱり好き。ずっと自由にしてくれたらいいのに」
外へ出ることを許されると、名前は屋敷中を歩きながら、ずっと一匹の子猫を探していた。鮮やかな毛並みが特徴の、太陽みたいな可愛らしい子だった。
「名前、手を振られているぞ」
敬人の声をたどって庭園に目を移すと、こちらに手を振る者をみつけた。作り物めいた笑みを向けられて、名前は小さく手を振り返す。無条件に与えられる愛が恐ろしかった。
「こわい。どうしてこんなことになったのかな。あなたならわかるでしょ?生まれたときから一緒にいるんだもん」
「さあな。貴様にわからんことがどうして俺にわかる」
確かにそうだね。
でも、ずっと一緒にいたのだ。どこかで助けてくれてもよかった。
ここまできてしまったら、今さら救い出してくれるような希望はみつからない。あるとしたら、そう、あそこにいるような、太陽だけ。
「……あ」
庭師が手入れを施した薔薇園に、探していた子猫の姿をみつける。
陽だまりのような髪、どんなに綺麗な宝石よりも手に入れたいと思った瞳。
レオ。
「ごめんね、敬人。すぐ帰るから」
おい、名前!
追いかけるように降ってきた声は、もう名前の耳には届いていなかった。
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