「なんでもないです」
わたしが首を振ると、朔間さんは特に気にすることもなくため息をついた。
そんなことよりもお兄ちゃんの態度が気に入らなかったらしい。
「名字くん――お兄さんにはだいぶ嫌われてしまったようじゃな。出会ったときは優しい先輩だったのにのう?卒業間際になって急に冷たくなるから」
お兄ちゃんの学生時代のことを、こんな風にだれかの口から聞くのは初めてだった。
みんな、お兄ちゃんのことを話すときは容姿のこととか才能のこととか、そういう話をする。
――お兄さんは完璧ね。
――なんでもできて優しくて綺麗で。
そしてそんな兄とわたしを比べる。
――それに比べて妹さんは。
「あなたには心を許しているのかもしれません。わたしには優しいから」
わたしが口にした言葉は、朔間さんの視線に吸い込まれて消えていった。
じっと見つめられたせいで、また息苦しくなる。おかしいな、もうお兄ちゃんからは解放されたはずなのに。
「名前はどうしてここにいる?」
突然の問いに、思考が停止する。
どうして?
どうして、と言われても。
「わたしは」
「夢を叶えるためにここに来た。違うか?」
すべてを見透かされている気がした。
夢。夢を叶えたかったのは確かだ。
でもこの学校にわたしの夢を叶えるものなんてない。わたしには好きなものも、叶えたい夢もない。
「夢なんて、ありません」
自分でもわかるぐらい、冷たい言葉だった。
いまのわたしはただ学校を辞めたいだけだ。そのあとのことなんて何も考えていない。
朔間さんはそれ以上、何も口にしなかった。
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