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第三章「星屑と炎」


第1話「一緒の仕事」





「ということで、コンペ出しまくります!!」

「「え?」」


事務所寮キーアの部屋。それぞれ片手にコーヒー、キーアはココアを持ってテーブルを囲んでいた。
事務所寮の外には桜が咲き乱れ、榊も他の生徒より幾分くたびれた制服を着て、今日からもう一回早乙女学園に登校していっているはずだ。教師としては昨年度とはまた別のアイドルが入っているが、恐らく榊のことなので仲良くやっていることだろう。
キーアとレン、トキヤは、今後の活動方針について話し合うために部屋に集まって昼食をともにしていた。


「ほら、だってやっぱり、何事も経験じゃないですか。それに、CMとか主題歌とかに受かれば知名度もぐぐっと上がりますし!」

「それはそうですが…私は考えさせてください。…事務所の兼ね合いもありますので」

「早くHAYATOを辞める算段をつけないと、イッチーの首が締まる一方だよ。で、キーア、おすすめのコンペか何かあるのかい?」


HAYATOであることはとうの昔に気づかれていたこともあり、トキヤは大分レンを信用してきているようだ。パーティーとして良い傾向である。ついでにレンは学園卒業後にこっそり免許をとっていたらしく、最近では二人の送り迎えもしてくれるようになった。パーティーとして良い傾向である。

キーアは予め昨日の夜に事務所からもらってきたコンペの応募要項をどすんと机の上に載せた。その重量感たっぷりの効果音にトキヤとレンがぎょっとしたが、この際気にしない。


「スケジュールを考慮した上で、一人3つまで応募可能とします。合格出来た内容に合わせてレッスンなど見て行きますからね!」

「よくもまぁ……これだけの量を持って来ましたね…」

「はいー!藍と二人で、レンやトキヤが受けれるものを片っ端から持って来ましたから!」


春の穏やかな空気の中、トキヤの盛大なため息が部屋中に響き渡った。











結局、1時間ほどかかってチェックした結果。
トキヤは車のCMソング、有名歌手のバックコーラスへ。レンはドラマ出演とPV出演、それからモデルに決めたようで、それぞれに用紙を持って部屋へと帰っていった。
キーアは二人の面倒を見つつAADの活動もしていくため、結構な仕事量がある。今回も二人の初仕事だったモデルに続く仕事の確保に加えて初ソロシングルの制作が進んでいた。
以前Jinguji-cosmeのCMソングに使われた曲をカップリングとして、作詞作曲歌をキーアの名義で出す初めてのCDになる。編曲、というよりも最終的なチェックだけ藍にお願いしてはあるものの、どきどきとワクワクが一緒になってテンションがあがり、まるで一十木になってしまった気分だ。


「さて、練習ですかねー」


防音がきっちりされている事務所寮なので、どこかに行くこともせずにここで楽器の練習が出来る。今回の曲ではテナーサックスとアルトサックスの掛け合いが裏メロで入ってくるためせっかくなら自分で吹いてしまおうと思い立ったのだ。
お気に入りのメーカーのリードを取り出して、そういえば買ってから選定していないことを思い出し、適当に3半の厚さを一枚選んでロングトーンを済ませると、箱から全てを取り出して一枚ずつ本番用と練習用に選り分けていく。
同じ厚さとして売られているリードでも、全て個性が異なるために、本番用にとっておきたいものと練習用にしたいものと存在する。吹きやすさはもちろんのこと、ピッチやタンギングのし安さを総合的に見て、大本命の本番用とそのサブを2枚程選んでおくと、キーアは練習用のものに取り替えた。

ピンクゴールドのアルトサックスはつい一目惚れで買ってしまった楽器で、中古だったけれど手入れの行き届いた良いものだ。黒地の一番シンプルなものを買ってきて自分で白いテディベアの刺繍をした。初回限定盤にはPVのDVDもつけることになっているので、顔は映せないにしろ、この楽器だけでも映してやろうと心に誓っている。


そんな決意のもと練習に励んでいる数日のうちに、トキヤとレンはオーディションを終えて、結果が出次第報告に来るとメール連絡が入った。合格していても落ちていても労ってあげたいなと思い、二人それぞれに日持ちのするお菓子を作ってコーヒーと紅茶の銘柄を揃える。
本当に母親かなにかになったような気分だ。
味見味見と口ずさみながら紅茶を入れようと思ったところに、ちょうどチャイムが鳴った。


「はーい」


スリッパでパタパタと駆けて行き扉を開くと


「ただいま、キーア。良い知らせだよ」

「何で来る度にバラの花束持ってくるんです?そんなに僕に薔薇風呂入って欲しいんです?」


今日は目の前に淡いオレンジと白のバラたちが差し出された。キーアはそれを受け取るとレンを招き入れ、調度良かったなとテーブルについてもらった。レン用に買ってきた紅茶の味見をしてもらいたかったのだ。白地にオレンジのバラが描かれたカップで紅茶を出すと、レンは嬉しそうに口をつけて更に笑みを深くする。


「うん、やっぱりキーアの淹れてくれるお茶が一番だね」

「ありがとうございます。それで、良い知らせって?」

「あぁそれね、実はオーディションに1つ受かったんだ」

「おめでとう!ちなみにどれです?」

「これ」


レンは一度カップを置いて荷物から仕事の概要が書かれた資料の束を見せてくれ、キーアはどれどれと冊子を手にとって、あんぐりと口を開けるしか選択肢をもらえなかった。

その様子を見てレンは、楽しそうにクツクツと笑い、


「やっぱり、オレやイッチーが何に応募するか良く見ていなかったんだね」


お茶を飲み干してから満面の笑みを浮かべてみせる。

レンの渡してきた冊子には
【キーア 1stソロシングル PV企画】
の文字が大々的に印刷されており、キーアは軽く目眩を覚えた。

何故、よりによってこれを選んで応募したのだろうか。藍が面白半分、彼らが応募するのかそして受かるのかという検証半分で混入させたものだったはずだ。まさか彼らがこれを選ぶはずがないだろう、などとたかをくくっていた自分が恨めしい。


「募集要項にかいてあったイメージがオレにぴったりだと思ってね」

「あぁ…確かにそうですね……でもこれ、男性が募集対象になってました?」


確かに曲はサックスを使ったちょっと色っぽい雰囲気で、甘美なメロもレンにぴったりだ。けれど「禁じられた恋」をテーマに書かれたこれはキーアとPV中で絡みがある可能性も考えると、世間的に女性が選ばれるのではないかと勝手にそうぞうしていた。


「曲のテーマにぴったりだということで、選んでもらえたみたいなんだけど、キーアはお気に召さないのかな?」

「そんなことはありません。ただ、吃驚しました。レンと一緒に演じるのは久々ですし、純粋に楽しみに思ってますよ」


素直にそう言うと、レンも撮影が楽しみだよとご機嫌に微笑み、確かにこれは取巻きが出来てもしょうがないよなと思わされた。その日はレンに貰ったバラの半分をお風呂に使い、
PVのイメージを膨らませながら撮影までの日を過ごした。











曲の収録は概ね終了し残るはPVとなった次の週。
事務所寮からレンと二人、キーアは撮影スタジオへと向かっていた。
黒いストッキングに、黒地に赤薔薇のショートパンツはレース付き。逆に上は白のブラウスと灰色のジャケットでシンプルに。出かける時から曲を意識し続けた結果の服装は意外と目をひくのか、街中の人たちからの視線が大分痛かった。
スタジオに入ったのは撮影の丁度1時間前くらいだった。撮影にはワインレッドのカーペットが敷かれた上に、暗い赤と青のクッションが置かれた銀色のソファがメインで使われる。そして同じカーペットの上にはピアノが置かれ、その上に降らす予定の花びらが大量に用意されていた。


「おはようございます」

「はい、キーア君おはよう。」


メインカメラマンは馴染みの方で、今回の撮影道具なんかも大分融通してくれた。キーアがいつものように丁寧に挨拶すると、スッタフさんたちも笑顔で返してくれる。
着替え開始の40分前に着いたので、キーアはレンを連れてカメラマンの男性とPVの監修を務める方にご挨拶をしてレンを紹介し、「良くしてやってください」と宣伝もしておいた。

キーアの後輩で今面倒を見ていると言うと、監督もカメラマンも驚いて、キーアが教える立場になったことを褒めながら、レンにも機会があれば呼ぶよと声をかけてくれた。
和やかな雰囲気で撮影が始まり、まずはレン一人のパートから撮影となった。
レンは黒のワイシャツに暗いオレンジのパンツで、ソファに座る。予め渡していた今回の曲を軽く口ずさみ、よくある歌っているシーンだけを一通り終え、その後はクッションやピアノを使ったものを撮影する。
キーアはその様子を見ながら、どうしても横顔だけ映したいという監督の要望に答えてヘアとフェイスのメイクをしてもらっていた。


「あの神宮寺って子、財閥のお坊ちゃまなんでしょ?」


頭上からヘアメイクをしてくれていたお姉さんが話しかけてきた。このお姉さんも良く一緒になる方で、恐らく顔出し厳禁のルール上、出来るだけ同じスタッフで揃えてくれているのだろう。


「はい、そうですよ」

「その割に頑張り屋さんっていうか、驕った感じのしない良い子ね」

「レンは素直で良い子ですよ。センスもあって飲み込み早いですし。」

「ルックスも良いし…あぁいう子が彼氏だったら楽しそうねー」

「そう言ってくれる女の子が多いせいか、けっこう軽いので…あ、でも最近は浮ついた話、聞かなくなりました」

「プロとして意識してるのね。良いことじゃない。それにキーア君がそういうことにはうるさそうだし」


くすくすと頭上で笑う彼女に、キーアも思わず肩を揺らした。はい完成よ、と言われて鏡を見ると、ちょっと女の子っぽくセットされた髪の毛にきらきらとラメのスプレーが控えめに輝いている。
どこからどう見ても女の子よねーと感動しているヘアメイクさんに、サラシで胸を潰しているとは言えども、こうも気づかれないとショックだよなと落ち込んだ。


お礼を言って立ち上がると、レンと目があった。一瞬だけ驚いた表情を見せたけれど、すぐに役に戻って誘うような蠱惑的な微笑みを浮かべる。そんなに驚かなくても良いと思うのだが。そんなに普段女性に見えないのだろうか?もっとも、日本人とは少し違う顔立ちだし、
何より男装できっちり誤魔化しているので、営業上は嬉しいことなのだが。


「はーい、それじゃあキーア君も入ってね」


カメラさんに呼ばれてステージに寄ると、恐らく初対面であろうスタッフさんが感嘆の溜息をついた。
顔出ししていないということだけで、そんなに珍しさを感じるのだろうか。


「最初は曲冒頭からAメロ入るまでのところに使う素材撮るよ。神宮寺君の足側から歩み寄ってそのまま覆いかぶさって、キス。神宮寺君は1回目キーアくんを受け入れるだけで動かなくて良いよ」


言われた通りに素材の撮影を始める。もともと日本で活動を始めたばかりの頃は演劇が中心だったこともあり、こういった全身を使っての演技は得意だ。
ドラマに出たことが無いのであくまでもキーアの感覚だが、演劇は舞台で演じるという特性上、ドラマやなんかよりも身振り手振りや表情が激しい。PVだからといって控えめにせず、大げさすぎると言われたら控えよう。そう思ってレンへと歩み寄った。
ソファに横になっているレンの手を取って指を絡め、反対側の手で彼の頬を撫でながら片足を彼の足の間について、そっと顔を近づける。おでこをこつりとあわせて、キスをした、とカメラからは見えるように演技する。
その様子に何故かご満悦なカメラマンさんがノリノリになり、女性スタッフがちょっと危ない目つきになったりと楽しく撮影は進んだ。
特にその後に撮影したラスト分、冒頭と同じような動きでレンがキーアを受け入れるようなシーンでは声が入らないのを良いことにキャアキャアとヘアメイクさんはじめ女性陣が騒いでいたほどだ。
これ男同士じゃないって分かったらどうなるんだろう、という素朴な疑問は「そもそもだ。レンが異様に乗り気なのが悪いのだ。」という気持ちとともにとりあえず胸の内に仕舞っておくことにした。


「それじゃ、この後はキーア君のソロパートいくよ」


















「うん、我ながら決まってるね。」


映像のチェックになった。
撮影は滞り無くすすみ、キーアのピンであるシーンは器用に顔だけ映っておらず、足先で林檎の模型をつついたり、林檎をかじったり口付けたり。そんな部分的にしか映っていないものばかりだ。


「二人でやったところも上手く顔が見えてないんだね。コツとか、あるのかい?」

「慣れ、ですかね。過去のCDジャケットなんかも、全部前髪や手とか…あとは小道具で隠してますし。」

「2ndシングルのジャケットは格好良かったよね。顔が見えてないのに、イケメンだって学園のレディたちが騒いでいたよ」


スタッフさんの用意してくれたお茶を楽しんでいると、スタジオの出入り口がざわついた。
誰か有名人でも通ったのかなと振り返ると、


「あれ、日向さん?どうされたんですか?」


何やら難しい顔をした日向が、茶封筒に入った分厚い書類を持ってこちらにやってきた。キーアへの仕事であまり宜しくない内容なのだろうか。


「監督、撮影中にすみません」

「あぁ、日向さん。お久しぶり。あとはチェックだけだから構いませんよ」

「ありがとうございます」


監督に一言そえてから、日向は持っていた茶封筒をこちらに差し出した。


「CDの発売まで時間が無いんで緊急連絡だ。カップリングの曲を変えて、この"禁断迷宮"をドラマの主題歌に採用する」

「え!?……突然すぎませんか?」

「リューヤさん、そのドラマって?」

「神宮寺がこの前受けたオーディションあるだろ、あのドラマだ。合格が決まったんでって先方が挨拶にいらっしゃってな、そこで神宮寺の近況なんかを話したら、是非神宮寺が出演するPVの曲をテーマソングにって言い出したんだ」


そんな即決出来るだなんてどれだけ偉い人が挨拶に来たんだろうと、キーアはレンが受けるオーディションの詳細を見なかったことを悔やんだ。もしかしたら別の歌手が急遽のトラブルや大人の事情で楽曲を提供できなくなったのかもしれない。何にせよそれが通ったということは、シャイニーも認める人ということで、


「ちなみに、どなたがいらっしゃったんですか?」

「馬淵さんだ。ほら、覚えてるだろ?HAYATOオーディションの時の…」

「あ!!あの方が携わってるドラマなんですか!?」

「あぁ。そんで、キーアの曲なら絶対に合うから使わせてくれってな。」

「あ、でもカップリングの曲、どうするんですか?一応未公開の曲、ストックたくさんありますが…」


クリスマスパーティにも呼んでくれたあの人がまた自分を指名してくれた、
そう思うと嬉しくて、どの曲をカップリングにするか頭のなかで候補曲がたくさん流れていく。


「それも候補がいくつか上がっていてな、美風が2曲ピックアップしたんで、あとはサブ主人公になる神宮寺と一緒に決めてやれ。」


言われたレンがとても嬉しそうに笑ったので、キーアはレンの意見を尊重しようと決めた。多分それが、ドラマのオーディション合格祝いとして一番喜んで貰えるだろう。その後、チェックも問題無いと解散になり、キーアはレンと一緒に候補にあがっていた曲を聞きながら帰宅した。







第1話、終。











2013/03/06 今昔
長い!ここから先は1話が長くなる可能性があります…
名目上はSS編となっていますが、メインストーリーはトキヤです。
レンは完全にオリジナルでヒロインの付き人状態の予定。
あと、翔ちゃんはちゃんとやります!


2017/11/20 今昔
PCサイトから移転、一部修正



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