7人と1人と4人の音楽が、学園の敷地外へとどこまでも響いていく。バックコーラスは一人で歌っているはずなのに、キーアの声はとても心地よく響いてきて、しっかりと耳に残った。
残ったのはその綺麗な歌声と、途方も無い虚無感だった。










▼15:双眸に映すmalachitegreen










「YOUたち4人のお陰でドールたちは人間らしい心を育み、愛を覚えまシた。よって、人間として暮らすことを許可しマース!」


あぁ、終わったな。

そんな風にどこか覚めた気持ちで胸が満たされた。使命を終えたという充足感と開放感、それと表裏一体の虚無感。砂月は所詮自分は「那月の影」でしかなかったのだと心の中だけで言い訳をした。

シャイニング・ドールたちのゲームが終わったからといって、砂月が同じように人間になれるわけではない。命を落とす危険が無くなったのだから、那月を守っていく必要もない。那月の傍に居なくて良いのだから、キーアの傍に居ることもなくなる。

ちくり。

胸の奥が傷んだ。自分が生まれてきて初めて見つけた守るべき人、そしてその人の傍らにあった、初めての愛しい人。とても大切な、二人という存在が遠くなったように感じられる。同じ室内に居るというのに、雨粒にまみれたガラス越しに見ているかのような気持ちだ。


「これで…普通に生きていけるってことだよね」


早苗がトキヤへ向けた言葉が、妙に重たく感じた。らしくもない。一人の女に執着して傍に居たいだなどと。


「よぉーし、じゃ皆で文化祭見て回りましょうよ!」

「でも流石にこの大人数じゃ回るの大変じゃねえか?」

「うーん、やっぱり今まで一緒に暮らしてたメンバーで回るのが良いのかな?」

「…そうですね。渋谷さん、すみませんが二人をお願いします。」

「任せて!春歌もまさやんと翔ちゃんをよろしくね」


一番にトキヤが早苗をエスコートして出ていき、真斗や翔も、それからセシルと音也もパートナーについて出て行った。当然、キーアも那月とレンを伴って出て行ってしまうと思っていた。
俯いていた視線の先に、すっと自分のものより大分小さな手が差し出される。


「ほら、行きますよ。」


ふわっと微笑んだキーアに手をとられる。何度も触れているはずなのに何故だかとても柔らかく感じた。


「あ、もしかして人混み嫌いですか?早乙女学園のフェスティバルは規模が凄いって聞きますけど、興味ないならご飯だけ食べに行きましょう?」

「なぜ…何故俺に構う?俺はお前のドールじゃない。人間になれない。ただ那月を模して作られた偽物でしかない」


キーアの背後に居た那月が息をのんだ。違う、こんな風にキーアや那月を困らせたいわけではないのだ。


「お前は晴れて人間になったパートナーたちと仲良くやっていれば良いだろ。俺ももう那月を守る役目は果たした、いつ消えて無くなっても問題ない」

「問題、おおありですよ」


首の後ろに力が加わったかと思うと、唇に柔らかいものが触れた。背伸びをして砂月の首に抱きついたキーアは、もう一度だけ優しくキスをするとぽふんと胸元に頭をすり寄せて更に言葉を継いだ。
砂月自身も驚いたことに、キーアの行動から目が離せず、何も考えることが出来ないまま彼女に神経を集中させる。


「砂月くんが居なくなったら寂しいじゃないですか。確かに契約があったわけじゃないです、でも、僕のことも守ってくれるって。那月くんのついででも良かったんですよ、最初は。」

「ハニー、それは…」

「レンや那月くんには感謝してます。でもやっぱり、僕が一番一緒に居たいのは砂月くんです」


かあっと頬に熱が集まった。
視界の隅に映るレンや那月が愕然としているが、そんなこと知ったことではない。今はただ腕の中で顔を見せない少女に自分の全てを委ねてしまいたかった。


「お前…馬鹿だろ。俺は人間じゃないんだ。那月と一緒に居れば人間同士、ちゃんと普通の恋愛が出来る。家庭が持てる。…幸せになれるのに」

「恋は盲目って知ってます?砂月くんの方が寿命が長いとかそういう話なら、いっそ開き直っていわせてください。あたしが飽きるまで、ずっと傍に居てください」

「お前は…救いようのない馬鹿だな、キーア」


ぎゅっと両腕に力を込めると、そっとレンと那月が出て行った。
キーアの両薬指に咲いていた薔薇の指輪は、オレンジと黄色の光を放って空気中に溶けるように消えていった。
















「パパー!」

「お父様っ!」


砂月は足元に駆け寄ってきた少年二人を抱き上げた。手袋越しに伝わる体温がとてもあたたかい。

緑の芝が生い茂る庭に大きく成長した木が心地よい木漏れ日を描いて、キーアが趣味で作った白いベンチとブランコがよく映えている。生け垣は最近手を入れたらしく、青空へ向かって向日葵が咲き誇っている。

キーアの自宅だった場所は今では少しだけ増築されて、広い庭と幾つかの子供部屋がある大きな邸宅へと変わっていた。彼女はどうやら、"家庭を持てない"と砂月が言ったことを気にしていたらしく、孤児院から子供たちを引き取って自分の子供として育てているのだ。


「お客様が来ましたよ」

「オレンジのエロい人と、パパにそっくりな黄色い人!」


それだけで誰だか分かるのだが、あえて砂月は気にせずその場で来客が庭へとやってくるのを待っていた。予想通りにやってきたレンと那月は両手に何やら荷物を持っていたので、仕方なく家の中にあげてキーアにお茶とお菓子を用意させた。


「随分と貫禄が出てきたね」

「はい、さっちゃんも"お父さん"っていう感じがします。」


ソファに座ったレンと那月は、今は二人でモデルと演奏者の仕事をこなしているらしい。キーアも積極的に二人をオケに起用しているので何かと名前を聞く機会は多いが、それでなくとも二人の風貌と実力は世間にも認められている。


「お前たちも、随分と名前が売れてきたな。」

「君のハニーのお陰でね。モデルに関してもプロデュースが上手いから、引く手数多だよ」

「旦那さんが居るって分かっていても性別問わずファンが多いですからね、キーアちゃんは」


適当に近況報告をしあうと、那月があっと声をあげて持っていた荷物を取り出した。大きめの紙袋を足元へ移動させると、中から何やら子供服を持ち上げる。他にもヌイグルミやら絵本やら、はてはランドセルまであるようだ。


「さっちゃんの子どもたちに着せてあげてください!」

「イッチーやイッキのステディたちが集めてくれたんだ。あとは、キーアやオレたちのファンからさ」

「あぁ?何でファンがこんなことするんだ」

「キーアちゃんのお家が小さな孤児院みたいになってるって、テレビが放送しちゃったんです。無許可だったみたいなんですけど…」

「上手く立ちまわってキーアの特集から"孤児院の制度"に関する特集にすり替えていたね。」


その番組が放送されたことをきっかけに、キーアや出演者だった那月たちのファンが、こぞって入用のものを送ってくれたらしいのだ。
砂月もそういえばそんな話を近所で聞いたな、と思い立った。実質的に主夫をしている砂月の耳にはご近所の耳寄り情報は随時入ってくる。

大きな世話だとも思うが、如何せんこの家の子供は多い。ランドセルを潰すやんちゃっ子も居れば、ヌイグルミが大好きな子も居る。


「まぁ…届けてくれたことは感謝する。キーアにも伝えておく」

「どういたしまして。さて、シノミー。あまり長くお邪魔していると、扉の向こうに居る子たちが焼き餅を妬きそうだ。」


レンが目をやった先には、客人は珍しくないだろうに中の様子を覗く子どもたちが居り、見つかったと分かるとおずおずと中へ入ってきた。


「パパ、あのね、ママが帰って来たの。」

「キーアがどうした?」

「パパじゃないパパ連れてきたー」

「「「え?」」」


その場にいた大人3人がそれぞれに最悪のパターンと、子供の言うことだからどこまで信用出来るのかという疑問を抱いたまま一瞬固まるしかなかった。キーアが家に砂月が居ると分かっていて男を連れ込む程頭は悪くないし、何より砂月以外の男性と一緒になるということもありえない。
3人がそれぞれに戸惑っていると、シンプルなスラックスにシャツ姿の男性が部屋へと入ってきた。


「ややこしい言い回しをしては、あなたたちのパパが困ってしまいますよ」

「イッチー…まさか女一人じゃ物足りなくなってキーアに手を…」

「出すわけがないでしょう。早苗が居れば十分です」


トキヤの背後からキーアも帰宅し、どうやら仕事が同じだった二人はファンから預かっていた荷物を引き取るついでに寄ってもらったのだそうだ。




何やら少しだけ心臓に悪い一日を過ごし、来客を見送った砂月とキーアは家に住む6人の子どもたちと夕食を摂り寝かしつけた。それから各々が風呂に入り一日の片付けをしたりすれば、夜もすっかり深まった22時過ぎになってしまう。

ソファに沈み込んで深夜のニュース番組を見ていると、何やら背中に暖かいものが触れた。お風呂あがりでまだうっすらと湿度をまとっているキーアが久しぶりに甘えたいのか擦り寄ってきた。


「来いよ。たまには可愛がってやる」

「たまには、じゃ嫌です。ずっとが良い」


頬を小さく膨らませたままで砂月の隣に座り込み、本当に大分疲れているのかすぐに目をつむってしまった。出会ったばかりの頃となんら変わらない年齢の割に幼く見えで、そして中性的な顔はとても綺麗だと砂月も思う。
子どもたちにバレぬようにとつけている手袋を外して素手で頭をなでてやれば、やはり少しばかりの虚しさが募る。


「お前は…血の繋がった家族が欲しかったんじゃないのか」

「…どうしたんです、突然?」

「あいつらがどんなに可愛いオレたちの子供だったとしても、血の繋がりはない。何よりオレは人間じゃない。」

「またその話ですか。砂月は気にしすぎ」


つん、とキーアの人差し指が唇に押し当てられる。当然だが、キーアのその指先に球体関節は存在しない。


「血のつながりが無くたってあの子達と私たちは家族だし、砂月は私の大事な旦那さんでしょう?これ以上何を望むの?」


覆いかぶさるようにしてキスをしてきたキーアの目に、聡い自信のある砂月でも迷いや戸惑いは見て取れない。自分は本当に恵まれているのだなと思うと同時に、その風呂あがりで上気した頬と熱い首筋に、情けないほど下腹部がうずくのを感じてしまう。


「あまり可愛いことを言うな。我慢が効かなくなる」

「…?」

「ほう、無垢な振りをして…そんなにめちゃくちゃにされたいのか?」


低く耳元で囁けばぴくりと両肩を震わせ、それから少し期待しているようにキーアは自分から砂月に擦り寄った。ドールであろうと男は男で、好いた女性が欲しいと思うのは当然のことだ。
砂月は気の赴くまま、キーアに求められるがままにただただ愛を注ぎ込み、彼女が自分に飽きるまで。飽きぬのならばニ世の先まで傍にあろうと体を重ねた。


「愛してる。お前が居なくなるまでも、居なくなったとしても、な。」








砂月END FIN








2013/11/29 今昔
大分時間が空いてしまいましたが、砂月ENDでした。
元々は那月が砂月を吸収するというストーリーで考えていたのですが
「悪魔の子」の方で「砂月が不憫だ」という砂月クラスタのお声を多くいただきましてw
こちらの連載では個別のエンディングを用意しました。

とはいえ、人形という縛りがありましたのでこのような内容になっております。
子供たち相手に四苦八苦している砂月のお話も書いてみたいですね!
それでは、お付き合いいただきありがとうございました!m(__)m





_