▼14.ゲームの意味
愛島セシルはここのところ良くキーアに会いにやってくる。
元よりパートナーの居ない身で、レンによりローザミスティカを返還されてからは魔法もまた使えるようになっている。魔力の大きなキーアを狙っているのかとも思ったがそうではないらしい。
どうもキーアの作る曲を気に入ってくれたようで、自分にも曲を書いて欲しいと頼み込んできたのだ。ストックの中から選ぶのも申し訳ないように思ったので、セシル用にワンフレーズ作って渡したのが今朝のことだ。
羨ましがった那月の分も今朝方渡して、今は二人がお互いの曲に歌詞を入れたりアレンジしたりしているだろう。
「那月ーセシルー、お夕飯出来ましたよー」
キーアがキッチンから呼べば、二人は仲良く駆けて来てよいしょよいしょと椅子に登る。椅子の上には分厚い辞典やら座布団やらが置かれていて、ドールたちがちょうどよい高さで食事ができるよう工夫されている。
「ワオ!今日は焼きうどんなのですね!」
「海鮮サラダも…ってあぁ、セシル、お魚は食べれそうなものだけで良いですからね」
「YES、苦手なものが無くせるように頑張りマす」
聞いていてわかったのだが、セシルの前のマスターは赤道付近にある小国の王族だったらしく、砂漠育ちなのだそうだ。よって水は貴重なもの、魚なんてめったに見なかったために苦手らしい。
「そうだ、昨日キーアちゃんに書いてもらった曲を二人で練習してきたんです。後で聞いてもらえますか?」
「良いですよ。あ、そうだ。実は皆さんにずっと聞いてみたかったことがあるんですが…」
キーアから尋ねられることが珍しいのか、砂月までもがコップを置いて姿勢をただした。
「ここにゲーム参加者が半分揃ってるわけですけど、プリンス・ゲームって時間制限とか無いんですか?」
「考えたことありませんでした…言われてみると……」
「恐らくは、このボディの素材が持つ限り、だろうね。願わくばその時まで、ハニーの傍に居たいな」
「なるほど。ということは、ゲームは終わらない可能性もあるわけですか…」
キーアが黙って考え始めると、砂月は自分には関係の無いことだと思ったのかまた焼きうどんをハグハグと食べ始めた。その横顔がちょっぴり寂しそうに見えたのは、キーアの見間違いではないはずだ。
「定められたルールは1つ。7個のローザミスティカを1つにすること。これがサオトメの残した唯一絶対のルールなのデス」
「7つを1つ、ねえ。相手を倒してローザミスティカを奪うのが正解じゃないってことかも…」
「「「!?」」」
カランと那月の持っていたフォークが落ちた。
「じゃぁ、もしかしたらずぅーっとずぅーっとキーアちゃんと一緒に居られるかも知れないんですか!?」
「ハニーは何か別の解決策を思いついたのかい?」
「いえ、そうではなく。
もし倒して魂を奪い、一人が7つの魂を融合させれば良いなら、遠回しな言い方ではなくて、殺し合え、くらい言っても良いじゃないですか?それに、2つのローザミスティカを手に入れたトキヤくんが、あんなにも苦しそうにしていたのが気になります。」
「トキヤが2つの魂でああなったのなら、7つ全部集めたらカラダが壊れてしまいそうです。」
まさにキーアが気にしていたのはセシルの言葉だった。
7つを一つの中に集めるのであればあれ以上の負担がボディにかかる。本来は実体を持たないレンならばいざ知らず、他のドールではボディが壊れてしまうそうだ。かといってレンならば7つ持てるのかと言われれば真偽は分からないし、初めから勝者が分かっているのであればゲームをする必要がない。
その日はなんとなく全員がモヤモヤしており、レン、那月、セシルはキーアのベッドを陣取って困ったような顔で眠っていた。キーアに曲を聞かせると意気込んでいたのも忘れたようだ。
キーアが夕飯の片付けを終えてシャワーを浴び、寝る支度を整えてリビングに戻ると、砂月が一人でテレビを見ていた。見ていたと言ってもぼんやりと視界に入れているだけで、内容が頭に入っているのかは分からない。
「砂月、どうしました?」
「キーア…」
砂月はソファの上でこちらを振り向くと、両腕をこちらに伸ばした状態で人間へと転じた。大人しく伸ばされた手を取るように近づくとふわりと抱きしめられる。
「どうしました?」なんて聞かなくともなんとなくわかった。今日はセシルが泊まったこともあり、ゲームの話題が多かったのだから、砂月が疎外感を感じているのかもしれない。
「砂月、大丈夫です」
それだけ言って抱きしめると、砂月もキーアの背中に手を回してお風呂あがりの香りを楽しむように息を吸い込んでいた。
「もし嫌じゃなかったら、何を思っているのか聞いても良いですか?」
「お前は…ドールが好きか?」
「好きですよ。これでも一応女の子ですし。」
「そうか。」
キーアのお腹のあたりにすがる砂月の頭を撫でると、まるで大きな猫のように甘え始めた。
「オレはゲームの対象者じゃない。
ただ那月と那月が大切に思うものを守ることだけを目的に生きてきた。だが…ゲームが終わればオレは守るものを失うかもしれない」
なるほど、とキーアは納得した。
"守る"ということだけが砂月の生きがいだったのだから、ゲームが終われば那月やキーアを守る必要がなくなる。つまりは何をして生きていけば良いのか分からなくなってしまうのだろう。
けれどキーアには
「自分の幸せを見つければ良い」だなどと無責任なことはまだ言えず、ただただ抱きしめてあやすように頭を撫で続けるしか出来なかった。
翌日。土曜日の朝。
いつものように砂月が全員を起こして周り、彼以外の朝が苦手な4人は眠たい目をこすりながらどうにか朝食をとった。
「今日はワタシがキーアにもらった曲に、歌詞を付けたいのです。」
「はい!僕がお手伝いします!さっちゃんとレンくんも一緒にやってくれますか?」
「那月が言うなら…」
「良いよ、オレもレディに曲をもらった時の参考にしたいからね」
朝食の片付けをしている背後からそんな声が聞こえてくる。そうだ、レンは自分から言わないけれどきっと歌いたいと思ってくれているはずだ。片付けと掃除洗濯が終わったら彼の曲も考えてみようと、キーアは鼻歌混じりに洗い物を終わらせた。
キーアの家の周りは割りとお金持ちそうな家が建ち並んでおり、この家の小ささと可愛さは浮いているほどだ。つまりは、ちょっと窓を開けたままピアノを弾いていても、このシックな住宅街にはよく似合うのでご近所迷惑にならないということだ。
「んー、レンはやっぱりセクシーさが売りですよね。
ということはジャズテイストでサックスを入れて………あ、サビ前のこの辺りだけスウィングじゃなくてイーヴンにしましょうか」
ピアノを弾きながら楽譜に起こしていく。
サビ前に差し掛かった頃、リビングからピアノの部屋へと
ドール4人がパタパタと駆け込んできた。
「キーア!ワタシの歌詞が完成しました!聞いて下さい!」
「セシルのが先にできたんですね。僕が伴奏しますから歌で聞かせて下さい」
「YES!」
そのままピアノに指を載せて、セシルのための曲を演奏する。穏やかですこしだけ民族調なその曲は、キーアもお気に入りだ。
---- 〜♪
星空なぞった 天に指をさして
7つを紡ぎ星座を作る
遙か銀河の調べ 綺麗に思うのは
1つが煌めくだけじゃく 無数に寄り添うから
---- 〜♪
部屋中に気持ちの悪い不協和音が響いて、
キーアは自分の指が止まってしまっていることに気がついた。
何か、大事なことを忘れているような違和感。買い物に出かけてから玄関の鍵を締めたかどうか気にするような、そんな不安が胸の内に広がっていく。
「7つを紡ぎ…」
「どうしたんだい、ハニー?」
「『7つを紡ぐ』は、僕が北斗七星をイメージして言った言葉なんです」
「1つが煌めくだけじゃなく……無数に寄り添う…」
キーアは自分の頭上に豆電球が出るんじゃないかと思うくらいに閃いた。そうだ、シャイニングがゲームでさせたかったこと。それは殺し合いなんかじゃないはずだ。
だってシャイニングだって音楽が大好きで、人を愛する心を知っている人なのだから。
「すみません、僕ちょっとやってみたいことができました。しばらく曲作りで篭るので、朝食は冷蔵庫のもの適当にあたためて食べて下さい」
新しい五線譜とシャーペンをピアノに置くと、キーアは勢い良く調号と拍子を書き込み、主旋律を書き込み始めた。
早苗は久々になったメールの着信音に携帯を開いた。送信者はキーアで、友千香と七海とに一斉送信されている。
なんでもちょっと相談があるので明日家に来て欲しいというのだ。
しかも
「トキヤ、明日キーアの家に行くよ」
「…は?」
予想通り、人形サイズには大きすぎるハードカバーの小説を読んでいたトキヤは眉間のシワをいつもの五割増しにして振り返った。
「キーアが呼んでる。」
「丁重にお断りさせていただきます」
「駄目。なんでもドール全員に関わることだからって」
トキヤを抱き上げて小さい子に言い聞かせるように言えば、渋々といったように頷いてくれた。
正直早苗もキーアが見つけるものには興味がある。いつだってあの子はちょっと変わった目線でものを見ていて、早苗とは全く違う世界を見ている。
音楽のことにしても、ドールとのことにしても。
それは既にデビューしているアイドルだからとか、そういった問題ではないはずだ。彼女が過去にどんな経験をして今どんな仕事をしているのかは知らないが、根本的に考え方の柔軟さが違うようにも思う。それと同時に、キーアにできない考え方を早苗ができれば、きっと協力なタッグを組めるだろうとも思う。
明日話されることを少しだけ気にしながら、早苗は眠りについた。
第14話、終。
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2013/09/13 今昔
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