「んんー、おはおうございます、キーアちゃん」

「はい、おはようございます…」

「おはよう、レディ…抱っこ…」

「……おいお前ら、いい加減目覚ませ」


この家の朝は各自の朝の苦手具合がとても良くでる。まず一番に起床するのは砂月だ。ドールらしくきっちり7時に起き出して、那月の鞄を叩いて起こす。


「おい、那月、起きろ」

「ん〜?さっちゃん?」


次にキーアのベッドに登って、枕元で寝ているレンを蹴飛ばす。


「起きろ」

どすっ

「ぐはっ」


最後にまだスヤスヤと眠るキーアの頬にキスをしてから、そっと肩を揺すって声をかける。


「キーア、起きろ。学校遅刻するぞ」

「んー、砂月…」

「っ!?」


時折寝ぼけたキーアが砂月の手をとって引き寄せ、抱きまくらのように抱きしめて二度寝をする。こんなこともあろうかと、キーアの起きる時間より30分前に一度起こすのが砂月流だ。


そして砂月の次に覚醒するのはキーアで、抱っこしていた砂月の額にキスをすると朝食を作りに向かう。
次に朝食の香りに那月が目を覚まし、今度は那月の全力で揺すられたレンが起きる。4人揃って朝食をとるというのはキーアが決めたルールで、確かに食事を共にするようになってからはレンもこの家に馴染んでいる。
そういう気づかぬうちに気配りするのはキーアが得意とするところだ。






▼13.失う、戻る







学校に行く支度を全て整えると、キーアはレンを右肩に乗せて家を出た。流石に3人とも教室へ連れて行くわけには行かないので、お昼休みになったら各自お弁当を持って屋上へ集合というルールになっている。
一緒に教室へ来るのは順番で持ち回りとなっている。


「キーア、止まって。」


敷地から出ようとしたところで、レンに止められた。彼が「レディ」やら「ハニー」やらではなく名前で呼ぶ時は、誓いの最中か余程重大な話がある時だけだ。キーアは素直に足を止めた。


「どうしました?」

「イッチー、隠れてないで出ておいで」


右肩から降りたレンがキーアを庇うかのように立つと、瞬時に周囲は暗闇に変化した。キーアももう分かる、これはnのフィールドだ。
どこからか黒い羽が大量に舞ってきて、視界を覆うほどの量の羽根の中からキーアよりも背の高い人影、トキヤが現れた。


「148時間振りですね、レン」

「おや、もうドールには戻れなくなったのかい?」

「戻れないのではありません。」


強がるトキヤの首筋には汗の粒が見える。キーアの目から見ても体調が万全で無いことは確かだ。
レンもまたそれに気づいたのだろうか、キーアの左手薬指の指輪が少し光ると、彼も人間の姿へと転じた。


「ゲームを進めるつもりかな?」

「当たり前でしょう?我々はそのために生み出されているのですから」


言うと、黒い羽が嵐のように吹き荒れた。キーアの太ももにかすめたそれが、赤い血を引き連れて飛んで行く。
体調が万全でなくとも、他のドールよりも戦闘能力の高い水銀燈だ。レンも片手間には相手は出来ないだろう。キーアは左手を口元によせて、指輪の薔薇をペロリと舐めた。魔力がレンと同調しはじめた途端に熱くなる体と、ベッドの上で彼に身を任せる時の体の熱さはよく似ているとキーアは思う。
レンとは特に魔力の波長というものが合うらしく、指の意味合いを差し引いても常に吸い取られているように感じる。戦闘ともなれば、ちょっと気を抜くだけで魔力が空になってしまいそうな程だ。


「レン。遅刻するぐらいなんでもありません。僕から魔力吸い取って全力でやってください。」


レンに力を提供するのだと強く願って唇を薔薇に寄せれば、それだけ自分から彼へと魔力が流れこんでいくのを感じる。守ると誓ってくれた彼を精一杯支えること、それがキーアの役目だ。


「オーケイ、ハニー。勝つよ、君のためにね」


1つウインクを寄越したレンは本当に加減することなく魔力を吸い、舞う羽根全てを茨で絡めとっていく。更にはトキヤ本人へも茨を伸ばし、その先に咲かせた薔薇で捕らえようと追い回す。


「相変わらず飛行能力に長けてるね」

「そういう貴方は小手先が器用になったのでは?」


トキヤの羽根は時折、鳥のような形に固まって飛び交い、レンの目に咲く薔薇を食いちぎろうと急降下してくる。最後の鳥をレンが叩き落としたところへトキヤが駆け込み、手にした銀色のレイピアで突き刺そうとするも、それを読んでいたらしいレンは
右目の薔薇を肥大化させてそれを受け止めた。
驚いたのか一瞬身を固くしたトキヤが茨に絡め取られる。


「ぐあああっ!!」

「おっとごめん、締め付けすぎちゃったかな?」


微笑みながら謝るレンはちっとも悪いとは思っていないようで、ニコニコを絶やさず、茨はさらにギシギシと音を立てる。


「でも、媒体を連れて来なかったイッチーの落ち度だからね、手加減はしないよ。」

「……早苗を連れてきたとしても、力は吸い取らなかったでしょうけどね」

「なるほど、イッチーはやっぱり相当惚れ込んでるんだね。一対一の関係だとどこまで関係は進展するのかな?」


少し羨ましいよと呟いたレンは更に茨を締めあげた。悲鳴も出ない程苦しむトキヤの口から、2つの光が飛び出した。片方は瑞々しい新緑の色に、もう片方は神秘的な濃淡の紫に輝いている。
トキヤの顔が苦悶から悔しさに変わったのを見て、キーアはそれが魂と呼ばれる部分、ローザミスティカなのだと悟った。


「綺麗な色だね。」


紫色と緑色のそれはトキヤとセシルのものだろう。レンは手元へとやってきた2つの光のうち緑だけ大切に懐へ仕舞いこみ、もう一方はトキヤの口の中へと放り込んだ。
全身を巻いていた茨を手足を拘束するような形に結び変え、自分の茨に腰掛ける。キーアの足元からも同じように茨の椅子が現れたので、同じように腰掛けた。


「さて、セッシーの魂は返してもらうよ」

「……何故、私のローザミスティカを奪わないのですか」

「そんなことしたらイッチーのレディが悲しむだろう?それは間接的にオレのハニーを苦しめるからね。」


それに、とキーアは心の中で付け足した。恐らくこれでトキヤは人形の姿へと戻れるだろう。そうすれば鞄で休むことも出来て健康体へ戻れるはずだ。

それは恐らく早苗も望むところであろうし、確かにゲームの勝利から一歩遠のいたことは残念がるかもしれないがゲームの終わり方は1つではないと気づいてくれるかもしれない。


「さてハニー。セッシーに返しに行こう。」

「そうですね。トキヤくんも気をつけて早苗さんのところへ戻って下さいね」


レンが手を翳して作った茨のアーチをくぐり、二人は現実世界へと帰還した。








その日の放課後、キーア、早苗、友千香、七海の4人は軽音部がつかっている空き教室の一つで練習を初めていた。


「それじゃ、早苗とキーアが作ってくれた曲いってみましょ!」

「ユニット全員が声を出すなんて久しぶりですね!」


ドラムの早苗の口元にもスタンドマイクが伸びていて、今回は4人のユニットソングだ。教室の隅に寄せられた机の山にはドールが6人揃っている。
早苗はトキヤも見に来れば良いのにと声をかけたらしいが、行きたくないと拗ねて鞄に閉じこもっているそうだ。鞄に入れるということは人形に戻れたということでキーアとレンはこっそりと微笑みあった。
なんだかんだで仲が良いらしいドールたちは大人しく座っていて友千香の合図で曲が始まった。



---- 〜♪


心は(飛び立つ)(彼方へ)青い鳥のように
どこまでも続く地平へ
フルスイングで夢を
飛んでけ(遠くへ)(今すぐ)体中風受けて
いつまでも忘れないよ僕ら
ここに居たことを
Haveanicedaytogether.


---- 〜♪


サビは早苗が凝ってアレンジしたもので、ベルトーン式に最初に友千香と七海が、次に早苗、最高音をキーアが追いかけるような歌詞で入っていく。
人形たちは爽やかで、いかにも年頃の女の子という感じの曲に聞き惚れた。張りがあって明るい声の友千香、お淑やかだがよく通る七海の声。よく伸びる透き通った早苗の歌と、爽やかに軽々と飛び出すキーアの高音。
違い過ぎる程に違う4人の声がしっかりと交じり合い、お互いの個性を活かしながら曲を紡ぎだしている。


「キーアちゃん凄いですー!僕も一緒に歌います!」


キーアたちの一曲が終わった途端、人間の姿に転じた那月がどこからともなくヴィオラを取り出して構えた。


「ええ!?ちょっとあたしたちも練習したいんだけど…」

「いいじゃないですか、僕ら本番に強いタイプだと思いますし」

「キーアの舞台度胸がありすぎるだけじゃないの?」


友千香が止めようとするのを押し切って、音也やセシルが人間に転じ、それぞれにギターとフルートを持って駆け寄ってきた。更には真斗までもが人間になり七海の隣へ腰掛けて連弾の姿勢を示し翔もヴァイオリンを、砂月はキーアの部屋の隅に予備で置いてあったマイクとベースを持って集合した。


「今の曲、俺たちも弾いてみたい!」

「YES、メロディックでクール、素敵な曲でした。」

「おう!9人でさ、やってみようぜ!」


音楽好きな人形師・シャイニング早乙女が創りだした人形たちと砂月は楽しげに自分の得意な楽器をかき鳴らし、存分に歌いはじめた。
収拾がつかないことを悟ったのか友千香も諦め、そのうち音也とセシルがアドリブでめちゃくちゃなメロディを歌い始めた。


「そんなめちゃくちゃなコード進行じゃ歌いづらいわよ!」

「いいじゃんいいじゃん、楽しければさ!」


ふっと、キーアはとある楽譜の存在を思い出してバックに駆け寄ると、ガサガサと盛大な音をたててスコアとパート譜を取り出した。以前4人でオリジナルを歌おうと曲を作った時、どう頑張ってもオケの楽器が足りずに諦めた曲だ。


「あの、一回だけこれ初見合わせしませんか?」

「キーアのオリジナルか、楽しそうだね。私は賛成」

「あたしも!」

「わ、私も演奏してみたいです」


キーアが全員に楽譜を配り、鍵盤打楽器のパートはセシルと那月、翔に分担してもらうことにした。
アウフタクトで始まる独特なメロディに、音也が中心になって楽しげな歌詞を付けて歌い始める。


「ドキドキで壊れそう、とかどう?」

「やーもー!キーアの曲にセンスが近未来的過ぎる歌詞つけないでよ!」

「落ち着いて下さい、友千香、僕は良いですから…」

「やるならこう…もっとカウントダウン入れるとか、頭使いなさい!」


結局、本格的に歌詞を考え始めたドールたちに付き合うことになり、帰宅する頃には上手く人形に戻れない程にはそれぞれが音楽を楽しんだ。





第13話、終。







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2013/09/12 今昔





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