肌を重ねた。







▼11.三つ巴








「それで?なぜ私を頼るのですか。」

「えっと、流石に友人の危機だし…」

「私が他のドールたちと折り合いが付かないと知ってのことですね?」

「返す言葉もございません…」


ベッドに腰掛けたトキヤと、その前に正座する早苗。そしてそれを後ろから眺める友千香と七海、ドールたちは複雑な気持ちでそれを見ていた。
トキヤは既に人間の体に転じていて、黒い羽がフワフワと部屋に舞っている。


「良いでしょう。私の出来るかぎりでお手伝いいたします。」

「かたじけないな、一ノ瀬」

「聖川さん誤解しないでいただきたい。私はあくまでも早苗の願いだから聞き入れただけです。他の人に同じことを頼まれても…いえ、他の人の願いなど誰が耳に入れるものですか」


トキヤは嫌そうな表情を露骨に見せて真斗を見やった。これが早苗の前でだけあんな蕩けるような微笑みになるのかと思うと、友千香はなんとも言えない嫉妬のような黒い感情が渦巻くのを感じた。

友千香が引き取り共に暮らしている音也とセシルの双子は、確かにとても懐いてくれてはいるものの、それはどちらかというと姉と弟であり、早苗とトキヤのような甘い関係では無い。
キーアと那月だってそういう関係に見える。ましてやキーアの場合には砂月というまた別のドールからも目一杯の好意をぶつけられているようだ。


「一ノ瀬、お前は本当に変わったのだな。以前であれば"媒体"に何を言われようとも気にもとめていなかったというのに」

「過去のことを掘り返すのはやめて下さい。今やるべきことは、キーア・シャイニングの安全を確保することでしょう?」

「大丈夫ですよ、キーアちゃん本人には何も無いと思います」


いつも抱っこしてくれてる人が居ないためか落ち着かない様子の那月がトキヤにむかってはっきりと言った。


「レンくんはキーアちゃんが大好きなんです。だから絶対に酷いことはしません。」

「確かに、いつもの様にただ遊びで女性を連れ帰るのであれば、わざわざ私たちに姿を見せることもしないでしょう。今まで彼が攫っていた女性たちも、気にして考えればキーアさんに似ていなくもない」

「そういえばあいつ、キーアを連れ去る時に「17年間守ってた」とか言ってやがったな」


砂月が忌々しげに呟いた。友千香の腕の中にいる双子たちはすっかり怯えているようだ。どうにもまだ彼の強気な態度に慣れないらしい。


「やはり、レンはなにか理由があって彼女に執着していたのでしょう。となれば、nのフィールドにある彼の領域へと乗り込むのが一番でしょう」

「だが、神宮寺のフィールドということは、俺たちにとってはとても不利な場所のはずだ。」

「そこは多勢に無勢です。あちらもキーアさんを守りながら戦う必要があるのですから問題ないでしょう。あとはどこに入り口を開くかということですね」


友千香には既についていけないレベルの話になってきた。訪ねようとおもって手元の二人を見下ろすも、若干の冷や汗が浮いている。もしかしなくとも、この場でしっかりと理解が進んでいるのはトキヤと那月・砂月、真斗、そして早苗だけのようだ。

改めて。
自分が引き取った人形たちの無知さを呪った。


「キーアちゃんのお家には、古い荷物がたくさん入った部屋があるんです。多分、シャイニングが残したものなので、入り口に使えるものもあると思いますよ」

「では、一度キーアさんの家に行ってみましょう。」


言うとトキヤは早苗に手を差し出し、そして早苗も特に照れる様子もなく自然にその手をとって立ち上がった。
あらまぁ、と心の中で思いつつ、やはり他のメンバーがドールと特別な関係になっていくのがとても寂しかった。










早苗はトキヤに手をとられいつものようにエスコートされて家から出たところで、今日は友千香や七海が居るのに大分大胆なことをしてしまったと気づいた。先程から背後で友千香が「ほほーう」と言っているのが聞こえるのはこのせいのようだ。

3人と6人のドール、それから1人の人間化したドールは特に急ぐでも無く、キーアの家へと向かっていった。
道中何かレンから仕掛けてくるのではないかと思ったものの、何事もなくキーアの家の門まで辿り着いてしまった。


「何事もなく辿りつけたようだな」

「いえ、難題はここからです。まずは四ノ宮さん、結界を解いてください」

「那月お前、結界なんて張ってたのか?」

「だって、キーアちゃんはとっても魔力が強いんです。他のみんなに傷つけられたら…僕も、きっと彼女も辛い思いをするから」


言って那月が小さく手を振るうと、家全体が一瞬黄色く光り次の瞬間には先程まで見えていなかった、なにかオレンジ色の薄い膜が見えた。早苗の目にはしっかり見えるそれは、恐らくレンの張った結界なのだろう、優しい色をしているけれど何やら怖いような感じもする。


「翔、あなたならこれも解除出来ますね」

「任せろ!」


七海の腕から翔が飛び降りると、どこからかヴァイオリンを取り出した。
トキヤ以外が魔法を使うところをしっかり見たことがないので確証はないが、
恐らくそれが翔の魔法アイテムなのだと把握する。


「エルンストの魔王」


有名なヴァイオリン・ソロ曲が流れだす。
一番小さいドールで幼い性格のように見ていたが、翔のヴァイオリンは明るく軽く、けれど中身のしっかりとつまった音色で人間であればそれこそプロレベルと思える演奏だった。
演奏が進むにつれてオレンジ色の膜がひび割れ、冬の肌荒れのように表面から剥がれ落ちていく。


「凄い…」


友千香の腕の中でセシルが呟いたのが聞こえた。
演奏が終わるとオレンジ色の膜は完全に消え、

ぱたん きぃぃ

一人でに玄関の扉と敷地の入り口にあった柵の門が開いていく。気味の悪いものを感じはしたが、さっとトキヤに手を引かれて、一番にその敷地内へと足を踏み入れた。

途端、


「なにここ」

「レンのフィールドですね」

「雪華綺晶のフィールド?」


先程まで見えていた景色は消え、周囲は完全な暗闇、足元は硬いクリスタルのような材質でそこには白い茨が覆い茂っている。丁度二人が立っているのはその中に作られた小道のようなところで周囲が暗い以外はとても綺麗な庭に見えないこともない。


「先日もお話したように、私達兄弟は全員がnのフィールドに自分の部屋のような空間を持っています。その部屋の様子は個人の趣味によって異なりますが、レンの場合、心情が反映されているようですね」

「心情?」

「やっと手に入れた、キーアさんを離したくないのでしょう。」


トキヤに言われ、茨の意味を理解した。

丁度背後にやってきた那月と砂月は既に人間と同じ大きさになっており、しかし首元をよく見ればまだ球体関節のままで、表の世界で人間になれるのとはまた違う状態のようだった。そして違和感に気づいた。


「友千香たちは?」

「それが…僕たちより先に敷地に入ったはずなんですが…」

「オレたちが見たのは、最初に入った二人が消えるところと、普通に庭に入ったあいつらが右往左往してるところだな。大方、ここに入れないようにレンが細工でもしたんだろ」

「聖川さんに会いたくなかったのかもしれません。彼の戦力が無いのは痛いですが…ひとまず我々だけで向かいましょう。」


家に入るところまでは何もしてこなかったものの、小細工が得意なドールのようだ。
この場に人間は一人しかいない。早苗は足をひっぱるのではないかと思いつつも、トキヤの手をしっかりと握ったまま奥へと進んだ。

しばらく行くと、広間のような場所に出た。そこには白い茨が森の木々の如く生い茂り、どこにあるのか分からない程高い天井からも茨が下がっていた。


「ようこそ、イッチー。それにシノミーたちと…そちらのレディはキーアの友人だね。歓迎するよ。」


茨で出来た祭壇のような場所にレンが腰掛けていた。現実世界で見た人形サイズではなく、人間の大きさでトキヤと同じようにこの世界でも球体関節は見えない。


「前回の自宅前での遭遇を抜かせば…70080時間25分振りですね。」

「その前に会ったのは70112時間39分前、確かオレのハニーを紹介したところだったね」


早苗が脳内で必死に計算すると、約10年振りの再会になるらしい。ふとレンが腰掛ける祭壇の横で、大きな薔薇が芽吹いた。一気に地面を割って出てきた薔薇の蕾は異様に大きく、それに気づいたトキヤが攻撃しようと腕を上げる。


「おっと、その薔薇は攻撃しないでくれるかな」


レンが庇うように薔薇の前に立つと、その蕾はゆっくりと開き、中から真っ赤なフリルが見えた。フリルと共に出てきた、そう表現する方が良いくらいその衣装はフワリと軽そうでそれでいてとても洗練されていた。

そんな衣装姿のキーアは髪の毛も赤いリボンで結いあげていて、いつものボーイッシュな雰囲気からは考えられないくらいに艶っぽい。


「キーアちゃん…よかった、無事だったんですね」

「ありがとう、那月。心配してくれて。もちろん砂月も」


いつもより若干高い声。今の姿が本来の彼女のようだ。そんなキーアがレンにエスコートされている状況が気に喰わないのか早苗の背後で砂月が大きく舌打ちした。


「おいお前、さっさとキーアを返せ」

「どうしてだい?君は別にキーアのパートナーでは無いだろう?それにシノミーもだ。本当に奪われたく無いのなら、誓いの指輪はもっと大切な場所にしないと。
 オレやイッチーのようにね」


言うとレンはキーアの左手を持ち上げて指先にキスをした。照れる彼女の左手、薬指にはオレンジ色の薔薇がモチーフについたアンティーク調の指輪が嵌っている。
そう、丁度早苗の左薬指にある紫の薔薇と同じような指輪だ。


「イッチーも隅に置けないね。ただの"媒体"だと言いながら誰よりも大事に思ってる。そしてその様子を見ると、すでに約束してるんだろう?守るって…」

「ええ。私は早苗のためにゲームに勝ちます。そのための指輪であり誓いの儀式です。」

「その気持ちはよく分かるよ。オレだって何を置いてもキーアを守りたい。キーアに幸せになってもらいたい。だから身を引くことも考えた。けれどキーアの薬指は空いていたんだ」

「キーアちゃんに負担が掛かります…」


後ろに居た那月が淋しげに言いながらレンへと数歩近づいた。
酷くうろたえた表情の彼は、今すぐに泣きだしてしまいそうだ。


「僕はさっちゃんやレンくんみたいに、他の場所から力を得ることが出来ません。トキヤくんのように他の人の魂を奪うこともしたくありません。だから、僕の中での一番は右手の薬指だったんです。」

「大丈夫、那月がそう思ってくれてたのは気づいてたよ。最初は僕も早苗さんみたいに左手の薬指にしてくれるのかと思ってたけど」

「ありがとうございます。…でも、今は少し後悔しています。だって、そのせいでキーアちゃんはレンくんとも誓いを交わしてしまった…」


"誓い"という言葉に、早苗の頬もさっと熱を持った。キーアに対して那月は「レンくんとも」と言った。ということは那月とはすでに誓いを交わしており、それでいてかつレンとも誓いの儀式を行ったということなのだろう。


「尻軽だなぁ、おい。お前那月のパートナーだろ。何で他の男侍らせて楽しんでるんだよ。」

「ごめんなさい。でもレンは僕を一番最初に助けてくれた、一番最初に出会って僕と一緒に居てくれたドールなんです」


キーアは那月に歩み寄って手をとり、そしてお伽話でも話すかのように語り始めた。
生まれ故郷のシルクパレスのこと。女王になるための条件や、キーアが持って生まれた魔力の話。実の父親から受けた謂れ無き虐待や母が殺されたこと。そんな環境の中で、唯一自分を守ってくれる存在だったレンのこと。
その大切なレンと不慮の事故で生き別れてしまったこと。先日のレンの行動は「連れ去った」のではなくて「迎えに来た」に等しいこと。


「もちろん、私は那月も砂月も大好き。それと同じくらい、レンのことも大事に思ってるの。」


その一言に、早苗は耐え切れなくなって言った。


「でもソイツ、那月や砂月のこと攻撃したじゃない。それでも一緒に居られるの?」

「じゃぁ聞くけど、早苗さんだってトキヤくんは聖川さんやセシルのことを攻撃していますよね。一緒に居られるんですか!?」

「それとこれとは状況が別じゃない。ドールがゲームをするのは当然のことでしょ?雪華綺晶がやってるのはゲームじゃなくて他のドールと契約したマスターの拉致じゃない!」


キーアがきょとんと目を見開いた。


「早苗さんは、トキヤくんが他人のローザミスティカを奪った理由に、気づいて無いんです?」

「だからプリンス・ゲームが

「違いますよ」


早苗を遮る大きな声で言われた。流石に腹が立ってきてつい早苗も叫び返す。


「何が分かるの!!そうやって二人と契約して!人間じゃないからって軽く見てるんじゃないの!?」

「話が逸れましたね、すみません。とにかく、僕はレンにも那月にも魔力を供給できる。だから二人と砂月を家に置く。それだけのことです。」


イライラと拳を握る早苗を無視して、キーアは砂月を手招きした。キーアは那月と砂月をまとめて抱きしめ、そのまま二人の額に口付ける。それだけで二人は納得したのか、那月は思い切り抱きつき砂月もキーアの頭を優しく撫でて微笑んだ。


「ドールと人間の関係性は1つではありません。僕は3人のことを支えていきます。ゲームの終わりが来る日まで。」

「なにそれ…いや、本人が良いなら良いけど……じゃぁキーア、聞かせて。私が思ってるドールとの関係は、あっては駄目?」

「いいえ。むしろ羨ましいくらいです。僕は訳あって男性は苦手なので。幸せに過ごせるようになると良いですね。」


キーアは砂月と那月に手を握られ、レンに目で合図を送った。すると周囲の暗闇は床に吸い込まれるように消えて、いつか来たキーアの家の中の景色へと変わっていた。

ドタドタという音が聞こえ、早苗たちが居た物置のような部屋へ双子を両肩に乗せた友千香が駆け込んできた。


「あんたたち、無事だったのね!?良かったぁって、キーア、何やってんの?」

「いえ、確かこの辺りに丁度良い…あった!」


既に人形サイズに戻っていた那月と砂月を背中にくっつけた状態で
キーアは物置の奥から一体のアンティークドールをひっぱりだした。
黒いケースからオレンジ色の髪の毛に黒い衣装を身にまとったドールを取り出し、
手にしていたらしい橙色の光る球体をそのドールの口に入れた。

早苗が見た限りではその光る球体はトキヤがセシルから奪ったものと同じものだった。

すると、そのドールはムクリと起き上がり、右目が弾けて体内からオレンジ色の薔薇が咲いた。


「ありがとう、ハニー。流石、シャイニングの末裔だ。ローザミスティカを他の物体に定着させることも出来るなんてね」


唖然とする友千香と早苗に分かったことは、どうやらキーアが3人目の同居人を迎えることになったということだけだった。






第11話、終。







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2013/09/10 今昔





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