「オーケイ、ハニー。オレのところへ迎えよう。そんな別シリーズの人形になんて手出しさせやしないよ。一番キミを思っているのはオレ。一番長くキミを見てるのもオレ。
 さぁ、ここにお出で、ハニー」







▼9.雪華綺晶







砂月がキーアの家で暮らすことになった翌日の土曜日。昨晩の電話をうけて、キーアと友千香、早苗は七海の家に集合していた。


「で、春歌、マサヤンが起きないって?」

「そうなんです!昨夜突然止まってしまって…翔くんも起こし方が分からないそうで…」

「悪い、七海。力になってやれなくて…」


頑張って手を伸ばして七海の頭を撫でている翔が、ふとキーアの両肩に乗っている同じ顔に気がついた。


「ああああああ!!てめえ、第7ドール!!」

「うるせぇ、黙れチビ」

「チビって言うなああああああああああああああああああ!!!」


キーアは特に警戒している様子はなく、早苗にもその人形が害のないものだとわかった。けれど翔が嘘をついているようにも見えなくて、恐らく第7ドールとは別の人形だけれど、翔を襲ったのは本当なのだなと勝手に解釈した。


「砂月、来栖のこと襲ったんです?」

「ああ。ローザミスティカを奪おうとしたのは確かだ。俺のボディはお前らのシリーズと同じ、那月とは同時に作られた素材だ。魂さえあれば正々堂々と那月の手伝いが出来るからな」

「やっぱりてめえか!第7ドール!!」

「来栖、あんた馬鹿でしょ。今のその人形の話ろくすっぽ聞いてないじゃない」


早苗は呆れて言い、キャンキャン騒ぐ子犬のような彼を放って真斗のボディを抱き上げた。少し服が汚れている。


「春歌、昨日誰かと戦闘が?」

「はい、姿は見ていないんですけど、茨を使うドールでした。」


真斗が薔薇の花弁を使うように、他のドールたちもトレードマークのようにそれぞれが武器として使うものが違う。トキヤは羽を、音也がジョウロ、セシルはハサミ、来栖はバイオリン、そして那月は蔦だ。
茨は第7ドールの象徴だ。と、以前キーアから聞いている。


「そこの何処の馬の骨とも知れないドールも茨を使うんだよね?」

「違いますよ。この子は砂月。使うのは白い蔦、いちごの蔦です。」

「なるほどね。今出せる?」


早苗が問うと、返事もせず無愛想に砂月というドールは手のひらから真っ白な蔦を発生させた。


「春歌、これ、昨日みたのと一緒?」

「違います。昨日のはもっとトゲトゲしてました」

「じゃ、マサヤンをやったのはアンタじゃないんだね」


友千香の言葉に、砂月はしっかりと頷いた。更によく話を聞いてみれば、真斗が襲われた時間にはキーアのところに居たらしく彼の無罪はしっかり証明された。
早苗は抱き上げた真斗の体に異常がないか確認しながら、何か起こす方法はないかと丹念に調べていく。青い肌触りの良い布を惜しげも無く使った、合わせ襟の衣装はとてもよく似合っていると思う。
そしてその衣装をすこしだけめくってみて気づいた。ゼンマイを巻くための穴がある。


「春歌、聖川さんのゼンマイ、巻きなおしてみた?」


・・・・・


ピコーンと音がしそうな程、七海は飛び上がって驚くと、
慌てて鞄を開け真斗のボディを受け取るとゼンマイを巻いた。

カチカチカチ……

カチカチカチ……


初めてゼンマイを巻いた時と同じように、
少しずつ真斗のボディが起き上がっていく。
限界まで巻かれた時、彼の目はぱちっと開いた。


「マサヤン!おはよう。無事?」

「万事問題無い。白崎、礼を言う。よくぞゼンマイに気づいてくれた」

「真斗くん!あぁ、良かったですっ」


むしろ最初に試すだろうとも思ったが、自分のパートナーが帰ってきて喜びのあまり顔を赤くしている七海のためにその言葉はひっこめた。やはり他のメンバーとドールとが仲良くしているのを見るのは辛い。自分だって堂々とトキヤとくっついていたいと思う。


(好きですと……何度私に言わせるつもりですか?)


旧校舎で言われた言葉が脳裏によぎった。結局あの日は午後の授業をサボってずっとトキヤと一緒に居て、夕日が沈むのを屋上から一緒に見て、抱きかかえられたまま空を飛んで帰った。
お陰で彼が自分を媒体以上に思ってくれていることは分かったし、何よりお互いの心が通じ合った状態というのはひどく満たされる。


「ところでマサヤン、あんたのこと襲ったドールの手がかり、ないの?」

「神宮寺は基本的に現実世界には居ないドールだ。現実世界への干渉には何かしらのきっかけが必要なはずだが、それが分からぬ」

「でも昨日は七海のこと狙ってるみたいだったよな、聖川じゃなくてさ」


翔の言葉に一同が首をかしげた。砂月のようにシリーズ外部の人形ならばいざ知らず、同じプリンス・ゲームの参加者なのだから当然に人形を狙うだろうに。


「だからやっぱり、オレたちも学校についていった方が良いんじゃねーの?」

「翔ちゃんと一緒に学校楽しそうです〜!!」

「痛い痛い!折れるっつーの!」


今学校にドールを連れてきているのはキーアだけで、早苗の場合はトキヤが何かしらの危険を察知して着いてきている。他の二人の身に何が起きるとも分からない以上、連れて行くのが良いだろう。
その日はそのまま全員で文化祭で発表する曲の詰めを行い、各自のソロはワンコーラスだけにして、JPOPのカバーもやろうという話になった。七海の担当をキーボードからシンセに変更して最近流行りのQUARTET★NIGHTの曲をカバーすることにする。

キーアが持っていた音源を部屋に流しながら各自の譜面を起こしていく時間は楽しさ故か真剣さ故かあっという間に過ぎていった。


「わ、もう6時じゃん。流石い帰らないと夕飯間に合わないわね」

「ほんとだ。あんまり遅くまで出歩くと怒られるからな…」

「早苗の場合は親よりドールの方がうるさそうよね」


からかうように言った友千香に頬が染まるのがわかった。確かに彼はあまり早苗を一人にしないようにしてくれているし夜遅くなれば「女性がなぜこんな時間まで」と言われる。


「トキヤくんでなくとも、ドールはみんな何かしらの形で契約者を大事に思っているようですからね。さ、そろそろ御暇しましょう。」

「キーアちゃん、今日の晩ご飯はオムライスにしましょう!ね、さっちゃん!」

「…コイツの料理なら何でも良い」


荷物をまとめて、この辺りの住宅街では人通りも減るため特にドールたちを隠すこともせずに4人は玄関先へと出た。


「それじゃ、各自の譜面が出来たら見せ合いして合わせてみて、それから調整ね!春歌は自分のソロ曲決めときなさいよ?」

「うん。ありがと。みんな気をつけて帰ってね」

「またねー」

「お邪魔しました」


先頭に立ったキーアが敷地から一歩外へ出た時だった。


ズドンッ


豪快な音をたてて、キーアの足元から白い茨が吹き出した。早苗は反動で飛ばされた那月と砂月をどうにかキャッチすると茨の先を睨みつけた。
キーアは悲鳴も無く茨に絡め取られて、その茨の束はもぞもぞと動き、中から一人のドールが出てきた。

右目からはオレンジ色の薔薇が生えていて、髪の毛はそれより少し濃いオレンジ、身にまとう衣装は黒いファーのついたスタイリッシュなもので中世ヨーロッパな色が強い他のドールたちに反してラテン的だ。胸元は大きくあいていて、本当に人形かと疑いたくなる蠱惑さがある。


「ご機嫌いかがかな、同じシリーズの兄弟たち…そして異種のドール…」

「神宮寺!!服を着ろ!!」


七海の腕のなかから真斗が飛び出した。本人と一緒に飛び出した青いバラの花びらが、白い茨に弾かれていく。弾かれた青い花びらはその色を紫へ、そして赤へと変えて1つに集まり大きな蕾を作り、ゆっくりと花を開いた。中には丸くなって眠るように収まったキーアが横たえられており、


「キーア!」


思わずといったように飛び出した砂月を、茨が大きく弾いた。二度目のキャッチをして、早苗はそのドールを睨みつけた。


「あなたが、第7ドール雪華綺晶?」

「あぁ、レディが黒薔薇の…イッチーのマスターか。可愛らしい子だけれど、ハニーの艶やかさには敵わないね」


壊れた玩具を見る子供のように早苗を見やった後、今度は恋人を見るようなうっとりした恍惚の表情でキーアに擦り寄る。早苗の右腕の中で砂月が嫌そうに舌打ちした。


「シノミーにも、シノミーの影にも…ハニーは絶対に渡さない。オレが17年間ずっと守り抜いたレディなんだ。オレが一番彼女を愛してる」


雪華綺晶----レンはキーアの頬を柔らかく撫でるとその頬にキスをしながら、ブラウスの襟口から手を入れて首筋を愛撫する。


「ふざけるな神宮寺!婦女子にそのような…は、破廉恥な!!」

「破廉恥?」

「女子の素肌にそのような触れ方…けしからん!!」

「うるさいな聖川。今オレは10年振りの触れ合いを楽しんでいるんだ。もう帰るから黙って見送ってくれ。」

「させるものか!!」


青い花びらが再びレンに向かって飛んで行くも、茨がレンとキーアを隠すように伸び、そして地面へ引きずり込むように消えていった。


「キーアちゃんっ!!」


那月と早苗が早苗の腕を小さな体からは想像出来ない程の力で引き剥がし、キーアとレンの消えていった地面へ駆け寄った。とんとんと叩いてみたりするも、那月ぐったりとその場にしゃがみ込んでしまい、砂月は毒づきながら地面を蹴飛ばしている。


「nのフィールドへの扉は閉じてしまったようです…」

「あの歩く18禁…キーアに何しやがるつもりだ」

「歩く18禁?」

「アイツは那月たちドールの中でも一番狂ってる。マスターにした女をああやってnのフィールドに取り込んでは自分の世界を作り上げて暮らしてるらしい。」


そこで何をしてるかは知らないけどなと付け足した砂月は、もう一度地面を蹴りつけると那月を立たせた。早苗に短くお礼を言うと、空中に浮かび上がってそのままキーアの家の方へと飛び去った。


「那月たち、大丈夫かな…」

「YES、レンがキーアに害をなすようには思えませんが、ナツキとサツキには容赦しないでしょう…」


その場に残された者の心を代表するような音也とセシルの台詞が
静かな住宅街に響いた。





第9話、終わり。








次へ







2013/09/05 今昔
本家ローゼンとは大分ストーリーを変えています。
トキヤとレンの依存っぷりを書きたいのと
あとは本家と全く同じじゃつまらないですからっ!





_