▼8.人と人形の関係
「お前、那月のマスター辞めろよ」
砂月がその言葉を発した途端、周囲が暗闇に包まれた。というよりも、二人が真っ暗闇の中に移動したようだ。
「もしかして、ここがnのフィールド…?」
「本当に知識のある奴だな。だったら気づいてるだろ。那月の中でお前の存在は大きくなりすぎた。」
砂月がふわりと宙に浮く。真っ暗な空間の中で、彼の手から伸び始めた瑞々しい蔦はなんだか神聖にも見えるし禍々しくも見える。けれど、他のドールたちから感じる気配とは似て非なるもの。彼はきっと那月たちとは別のシリーズなのだろう。
「僕をどうするおつもりですか?」
「その偽りの顔を剥いでやる。」
「そうですか。」
"偽りの顔"という単語には少々驚いた。一人称や口調を作っていることに気づいているようだ。
「でも砂月くんは、ローザミスティカを…魂を持っていない人形ですよね。どうして那月を鞄に閉じ込めたんですか?」
「那月を守るためだ。今のお前は近すぎる。お前に何かあった時には、多分那月はゲームを投げ出してでも助けるだろう。だがな、そんなことあってはならない。那月はゲームの勝者になる必要がある。」
「分かりませんね。同じシリーズでも無いあなたがどうして、そんなにも那月を守ろうと躍起になってるんです?」
キーアは砂月から目を反らさず、あくまでも会話に集中している風を装いながら頭の中は必死に回転させていた。
推測にすぎないが、彼もドールだ。ということは音楽で心が繋がれば、何かが起きるはず。那月が人間サイズになったように。
彼に向けて歌う旋律を脳内に刻みながら、キーアは続けた。
「俺のことはどうでも良い。お前が那月から手をひくならな。」
「そうですか。」
キーアは思いっきり息を吸った。背筋が応えるように収縮する。
---- 〜♪
Collocerie,bollacerie,kusha-nalalaferie.
Collocerie,bollacerie,oraagenalalaferie.
jutenuyoucerielalaferie.
Youlatempgrolliano-chessta.
Wiilaaccellcerielamomohna.
Lakusha-nattatalli,futtaycerie.
Collocerie,bollacerie,kusha-nalalaferie.
Collocerie,bollacerie,oraagenalalaferie.
bollajutenumorennlionacerie,
collocerie.
歌い始めた途端に、砂月は身動き1つしなくなった。キーアの母国語、それも地方の訛りが入った歌詞ではきっと意味までは通じなかっただろう。それでも砂月は簡単に動きを止め、そしてうっすらと黄色い光を放ちながらそのシルエットが徐々に大きくなっていった。
光が消える頃には人間化した那月と同じくらいの大きさ、ほとんど同じ容姿の青年が立っていた。
「お前は…」
「今の歌、意味まで通じました?」
「俺が…別作者の作品で、魂を持たない……自動人形だと知っていて歌ったのか?」
見た瞬間に感じた違和感はどうやらその"自動人形"というものが原因らしい。当然ではあるが、キーアの知ったことでは無い。ただ彼から感じとったままを歌ったに過ぎず、それが彼の心に届いたのなら光栄だ。
「もし嫌でなければ、砂月くんの生い立ちを聞いても良いですか?」
「いいぜ。那月から離れるなら…俺のパートナーになるならな。」
「え?」
「俺の製作者はシャイニング・ドールシリーズに魅入られていた。特に雛苺、四ノ宮那月という人形にだ。
そこでアイツは那月をシャイニング早乙女のアトリエから盗み出し、そして那月を手本に俺を作り上げた」
砂月は人間の大きさのまま、すっと中空から降りてきて、地面から(この空間に地面があるのかは分からないが、少なくともキーアの足が付いている場所から)蔦を大量に生やすと、椅子に座るように腰掛けた。
キーアも促されるままに座る。
俺が知ってるシャイニングドールの歴史から話した方が良いだろうな。
まずは最初に作られた水銀燈こと一ノ瀬トキヤ。
あいつは完璧さを求めて作られた。歌唱力、容姿、執事のような誠実さ。
けれどその完璧さ故に愛情表現が苦手だ。
そこで早乙女は次の人形を作った。
第2ドール金糸雀こと来栖翔。
女を守るという男気と小さいボディの愛くるしさを求めたらしいな。
楽器は時代背景もあってかバイオリンだ。
けれどやはり「プリンス」という言葉に合わないと次が作られた。
第3、第4ドールの愛島音也、愛島セシルの双子のドールだ。
ん?苗字が違う?こいつらは最初の買い取り手が別々でな。
音也の方は最初のマスターが自分の苗字を付けたらしいぞ。
こいつらはすぐに買い手がついちまったから、すぐに次の制作が始まった。
第5ドール真紅、聖川真斗だ。
原点回帰的に一ノ瀬に近いものがあるな。
紳士的ではなく東洋の文化を取り入れたとか言ってたが…。
俺はここまでをボディパーツの状態で見ていた。
あいつらが人形として生まれ、魂を与えられているのが羨ましいとも思ったな。
そんな時、那月が作られた。
そしてとある女が那月の得意楽器がバイオリンだと知って
買い取りこそしないものの、毎日のように楽器を教えに来ていた。
あいつは妙に那月が作る曲に執着していた。
ある夜、俺のパーツ群と那月を鞄ごと盗み出し、
アイツは俺を那月そっくりに組み上げた。
そして那月が作る曲を俺にも作らせようとした。
那月を買うことは金銭的に難しかったらしいが、
曲を売って儲けたかったらしいな。
企みに気づいた俺は那月を逃し、俺も逃げた。
そこからは那月を影から守りながら暮らしてきた。
お前みたいに俺の存在を一瞬で見ぬいたの奴は他に居ない。
皆、那月と勘違いするかはたまた第7ドールと勘違いするかだ。
だからお前の力は認めてやっても良い。
話し終わる頃には、砂月は大分心を開いてくれたようだった。自然と隣り合わせに座り、体の緊張をといて、腰に手を……
「何してるんですか砂月くん!!!」
「あ?」
「あ?…じゃありませんよ!!」
「細いわけじゃないが、お前バランス良い腰のラインしてるぜ。男ウケ良いだろ、那月もよく二の腕や腹回りに抱きついてたしな」
回された手を引っ張っるが、腕力まで那月と同じなのかキーアが全力を出しても引き剥がせない。
砂月はそのうち必死になっているキーアを見て楽しげに喉で笑い出し、ニヤリと笑ってキーアを引き寄せた。腕の中にしっかりと収まる形になって、目の前にある顔に、こちらの顔が真っ赤になる。
「どうした、照れてるのか?」
「わ、私だって一応女の子だし照れます!」
思わず言い返して顔を上げればお互いの唇が掠めて、慌てて身を引くもすぐに引き寄せられて、今度こそ本当に唇が触れ合った。
ちゅっちゅっと音をたてて小鳥のように啄むキスをされる。自分の口から信じられないくらい熱い吐息が漏れた。
「そんな目で見るな。本当に襲われたいのか?」
「さっちゃん駄目ですうううううううううう!!!」
息も絶え絶えになっていると、突然体がベリっと剥がされた。何事かと思い振り返れば、そこには鞄に消えたはずの那月が居て
「さっちゃん!ずるいです!僕だってキーアちゃんとキスしたことなかったのに!」
「あ?こういうものは早い者勝ちだろ?」
「でも駄目です!!」
「ほら、そうしてる間にもキーアが逃げ腰だぞ」
そーっと蔦の椅子から降りたところで、今度は那月に抱きしめられた。人間サイズになられていると、腕力では敵わない。
「キーアちゃん、僕のこと嫌いですか?」
「いや、嫌いだったら家に置かないですよ」
「僕はキーアちゃんのこと大好きです」
「うん、ありがとうございます。」
「だから……んっ…ちゅっ」
「んー!?」
砂月と酷似した感触の唇が触れ、そのまま舌先が口内に乱入してくる。舌が吸い上げられて、背中にぞくっとした感覚が走った。
「んっ…」
腰が意思に反して勝手に反らされる。
「キーア、お前が相手にしてるのはただの人形だぞ?なんでそんなに気持よさそうな顔してるんだ。…まぁ、その顔悪くないぜ」
「っ…はぁ……二人そろって何するんですか!」
「「キス」」
「…………えっと、とりあえず、僕を家に帰して下さい」
「そうですね、はなまるハンバーグ食べましょう!」
ハンバーグについて熱く語り合う二人を連れて、今後の生活は当然砂月を連れていなくちゃならないんだろうなと。ちょっとした不安と微かに期待を抱いてキーアは帰宅した。
家に帰った途端、二人は人形サイズに戻っていた。小さめに作ったハンバーグに、二人に焼いてもらった花の形の目玉焼きを載せる。褒めちぎりながら食べる那月と、悪態つきながらも箸をすすめる砂月と面白い二人だと思いながらキーアも食事に手をつけた時だった。
---- 〜♪
「キーアちゃん、この音は七海さんからですよぉ〜」
「うん。ありがとう」
那月が持ってきてくれたスマホを受け取って通話に応じると、七海の切羽詰った声が耳に痛かった。
『大変なんです!!真斗くんが死んじゃう!!!』
第8話、終。
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2013/09/04 今昔
作中の歌詞は創作言語です。
意味はまた別の機会に。
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