「オレが守る」
一言、そう闇に呟いた。
▼7.自動人形
お昼休みの屋上。さんさんと降り注ぐ日差しの中、彼がかっちりと着込んでいる衣装は、どちらかというと「衣装に着られて」いた。
「わーい、翔ちゃんだ〜!!それっ、ぎゅ〜」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
いつものように相手の骨組みが折れるんじゃないかという勢いで、那月はもう一体のドールをギシギシと抱きしめていた。人間の早苗から見てもその音が異常だということは分かる。
止めた方が良いのかとも思ったが、誰も止めないので放っておいた。
「で、春歌。この新しいドールはどうしたの?」
「昨日、真斗くんが拾ってきたんです。どうも別のドールに襲われて倒れていたようで…」
第5ドール真紅----聖川真斗ととは、かなり周囲から認められた存在らしいと、その時早苗は改めて実感した。何かにつけて「真斗が言うから」「真斗が居たから」と理由をつけて他のドールたちは行動を決めているように思う。
もっとも、早苗のパートナーであるトキヤは「真斗が居るから行かない」という方向性で決めていたが。
「オレサマはメンバー1の頭脳派、第2ドール金糸雀こと来栖翔さまだ!聖川、今日こそそのおやつはオレサマがいただく!」
「お生憎様だが来栖、貴様が手を伸ばしたところでここまでは届くまい。」
「暗喩的にチビって言うなああああああああ!!!」
早苗はトキヤに聞いていた話を思い出した。
第2ドール金糸雀の真名は来栖翔。ドールたちの中で一番身長が低く、それを指摘されるとキレる。真斗の方は製作者の手によって、途中で身長を高くするよう改良されたため、それを羨んでいるとも言っていた気がする。
キーアもそれは知っているようで、小さく性格も若干幼い翔と那月のやりとりを微笑みを浮かべながら見つめている。
「キーアって本当に情報収集能力あるよね」
「そうですか?ただのツイッタラーでネットオタクなだけですよ。」
「私も結構呟く方だと思ってたけど、認識を改めたよ」
「僕の場合は大分宣伝も混じってますからね」
「そっか、忘れがちだけどキーアってもうデビューしてるんだもんね」
キーアは方をすくめて紙パックの苺練乳をすすった。
「といっても、この前ドラマの挿入歌に使っていただいた曲がちょっと売れただけで、多分この先歌で食べてくのは中々難しいですけどね」
「作る方は?作曲もやってるよね?」
早苗が純粋な疑問を口にすると、今度こそちょっとだけ呆れを露わにしてキーアはふうっと溜息をつく。癪に障るような感じではないが、何かまずいことを言っただろうかと心配になってくる。
「逆に早苗さんは音楽を仕事にしたんですか?」
「うん。オケ作るようなバンドメンバーや音響さんになりたい」
「…音楽で食べていくのは、どの業界よりも難しいですよ。声優を目指す人のうち仕事を貰えるのは3%、そのうちの更に数%だけがバイトをしながら食べていける」
「改めて数字で言われると…」
「諦める気になるでしょう?」
ふうっともう一度息を吐いてサンドイッチに齧りついたキーアに、何かもっと別の感情が見え隠れしているように見えて、早苗は胸騒ぎがした。別に彼女が夢を目指していようが諦め半分に仕事をしていようが早苗には全く関係のないことなのだけれど。
その「諦める気になる」というのは夢について言っているようには聞こえなかった。
「ところで、その翔くんを襲ったドールって聞いても良いですか?」
「あぁ、那月のマスターってわりに、いかにも可愛い系ってわけじゃないんだな」
「…目玉をビー玉と入れ替えて差し上げましょうか?」
「怖いこと言うなよ!オレサマを襲ってきたのは多分第7ドールだ」
「「第7ドール?」」
キーアと早苗の声が重なった。トキヤ曰く、キーアの家の周りには那月ともう一つ、第7ドールが張ったと思われる結界があったという。
「オレサマが顔を見たこと無いのは第7ドールのレンだけだし、アイツの能力って確か茨だろ?オレも茨に襲われた。」
「確かに、第1ドールである一ノ瀬は白崎のもとに。第2ドールの来栖と第5ドールの俺は七海のもと、第3、第4ドールの双子は渋谷、第6ドールの四ノ宮はキーアのもとに居る。」
「残ったドールはレンくんだけですねぇ。でもレンくんがそんな酷いことをするとは思えません」
翔を追いかけることに飽きたのか、那月はキーアに擦り寄って答えた。自分の頭を頑張ってキーアの手のしたに入れては、撫でてほしいのだと目で訴えている。
「でも、好戦的なのは水銀燈と金糸雀、トキヤくんと翔くんで、戦闘能力が高いのは真紅である真斗くんだと、そう聞いていますが…
第7ドールについての情報はネットではものすごく少ないです」
「キーアの言う通りだ。第7ドールは実体を持たない。故にこの実態世界へ干渉は出来ず情報も少ない。おのれ神宮寺、一体何をしているのだ」
早苗はトキヤを好戦的と評されたことに物申したい気持ちをぐっと抑えて出来るだけ丁寧な口調で聞いてみた。
「実体が無いって、どういうこと?」
「一ノ瀬から聞いてはいないか?」
珍しいこともあるのだなと、妙な納得の仕方をして真斗は続けた。
nのフィールドと呼ばれる空間があるそうだ。それは精神だけが侵入出来る世界で、この現実世界とはきっかけが無ければ繋がらない。出入口には大きな鏡など、何かを「映す」ものが良く使われるらしい。
そして第7ドールである雪華綺晶----神宮寺レンは、他のドールのように体を持っているわけではなく、そのnのフィールドの中で過ごしているドールなのだそうだ。
「我らが長である早乙女に体を与えてもらえなかった、出来損ないのジャンク…それが彼ですよ」
不意に給水塔の上から声がした。がばっと顔を向ければ、人間サイズになっているトキヤが丁寧に膝を揃えて腰掛けていた。
「トキヤ、どうしたの?聖川さんが居るのに出てくるなんて珍しい」
「いえ、少々気になることがありまして。今日は一日ここに居ます。部活が終わるまで待ちますから。、今日は一緒に帰りましょう。」
「気になること?」
「ええ。仔細は帰宅してからお話しします」
柔らかく微笑んだトキヤに、早苗以外の面々が幽霊かなにかを見たように固まった。大変失礼なことに、彼が笑うとは誰も思っていなかったかのような様子だ。翔にいたっては一体何があったんだと叫びながら顔を真っ青にしている。
そんな様子を見ながら、他のメンバーにドールと一緒に居るところを見せていなかったというちょっとした劣等感のようなものは見る間に吹き飛び、そして私だってドールに愛され必要とされているのだという充足感が満ちてきた。
「一ノ瀬、一体なにがあるというのだ?戦闘能力ではドールの中でもトップクラスであるお前が恐れるものとは何だ?」
「貴方には関係の無いことですよ、聖川さん」
「関係無い、だと?白崎の護衛をするということは、それだけ彼女に危機が迫っているのではないのか?」
「ええ。」
「お前がマスターを慕うとは…ようやく良い人間に出会えたのだな」
「ふっ…何を言い出すかと思えば。ドールであれば当然でしょう?自分の媒体に手を出されたくないというのは…」
"媒体"
という言葉に、体が固まった。
真斗や翔のように、契約相手を守るべき姫のように扱うわけではない。
那月のように慕って懐いて、まるで兄弟のように過ごすわけではない。
母を相手にするかのように愛を育む、音也やセシルとも違う。
あくまでも、早苗は能力を使うために必要な"媒体"でしか無い。
トキヤは革靴をコツリと鳴らして給水塔から降り立つと、早苗の手を取って立たせ、横抱きに抱え上げた。
「少し、じっとしていてくださいね」
耳元で言うとトキヤは呆気にとられる周囲を放って、黒い羽を羽ばたかせると、予め開けてあったのか中庭を挟んで反対側にある旧校舎の最上階へと降り立った。
所詮媒体でしかない早苗に、何故ここまで執着するのだろうか。別に早苗が壊れてしまったら次の媒体を探せば良いのではないだろうか。
そう思うと寂しくて、涙が止めどなく溢れてくるばかりで、空き教室に降り立ち、指先で涙を拭ってくれるトキヤの手が更に嗚咽を加速させた。
早苗がトキヤに連れて行かれてしまって、キーアの口をついて出たのは、
「放課後に一緒に帰ろうって言ったのに、今連れて行ってしまいましたね」
どうも彼は早苗にご執心の様子で、"媒体"と口では言っているものの、他の何よりも彼女を優先しているようにみえる。
彼女をただの媒体と思っているのであれば、当然彼女のことよりもプリンス・ゲームを優先するだろう。そして今ここには真斗、翔、そして那月が居た。
魂を2つ所持した状態のドールならば3人のうち誰かを倒し、この場で魂を手に入れることも出来たはず。
そう思っているのはキーアと真斗だけのようで、他の面々はただトキヤが飛び去った方向を呆然と見つめていた。
放課後。
人気の少なくなった辺りから、那月はいつも鞄を這い出てきて頭に乗ったり腕の中に収まったりとキーアの体にくっつく形で帰宅する。
少しだけ聞いた話によれば、前のマスターは那月をずっと鞄に閉じ込めて、あまり外にも出さなければ一緒に遊んだり歌ったりもしてくれなかったそうだ。
キーアの意思とは関係無しに契約させられたことは少々根に持っているけれど、無邪気で天然で、そのくせ騎士道精神というか英国紳士的なところがある那月をキーアも当然に気に入っている。
「キーアちゃん、夕ご飯は何にしますか〜?」
「そうですね、たまにはハンバーグでも作りましょうか。北海道産の美味しいお肉が届いたので」
「わーい!僕、お花の形した目玉焼きが乗っていたらもっと嬉しいです!」
「はなまるハンバーグですねー、じゃぁお手伝いお願いしますね」
「はいっ!」
トキヤよりも、余程那月の方がマスターを良いように使っている気もする。少しだけ早苗が羨ましくなった時、自宅の目の前に何か茶色くて四角いものが置いてあるのが見えた。
駆け寄ってみると、那月の鞄とは少し違うデザインの鞄で、大きさはちょうど那月が入れそうなくらいだ。
「鞄、ですねぇ」
「鞄ですね。どうしましょうか」
「キーアちゃんは下がっていてください。レンくんが居るかもしれません…」
言われて素直に数歩下がったキーアを確認すると、那月はそおっと鞄の蓋を開き、そして
「え…那月…?」
「那月の契約者はお前だな、キーア・シャイニング…」
瞬きする間もなく、見た目の全く違う人形と入れ替わっていた。
那月そっくりのフワフワした蜂蜜色の髪の毛に、正反対の良く切れるナイフのような目元、そこに眼鏡はない。辛子色というのか、すこし暗い黄色の衣装は那月と左右対称になっているようだ。
「あなたは…那月たちとは少し違うドールですね?」
「ほぅ、分かるのか。流石はシャイニング早乙女の末裔だな」
「僕はご存知の通り、キーア・シャイニングです。あなたの名前を伺っても?」
「良いだろう。俺は薔薇水晶、四ノ宮砂月だ。那月の双子と言っても過言ではないな」
言うと砂月はこちらへ歩み寄り、嘲笑うように言った。
「お前、那月のマスター辞めろよ」
第7話、終。
2013/09/04 今昔
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