大切な人の唇を奪ってしまった。守らなくてはならない。キスは親愛の印。

あの触れ合いは、彼女を守るという印にしなくてはならない。そしてなんとしてもゲームの勝者に、プリンスにならなくては…





▼6.暗躍する人形





「わ〜い、セシルく〜ん!」

「やめっ……なつき!…素材が…痛みますっ…」


ギシギシと音をたてているセシルから那月を引き剥がすと、キーアは友千香のベッド横に座り込んだ。
今日は二学期に行われる文化祭の曲を作りに来た。七海はお家の都合で欠席だが、早苗は後から参加することになっていて、キーアは今からソワソワと落ち着かない。


「さて、じゃぁ春歌から預かった譜面とキーアの譜面から見て行きましょうか」


セシルから奪っていった魂を、きっと早苗も見ている。だからこそ、魂を奪われたドールがどうなるか知らなくて「嫌なら話さなくて良い」という考えに行き着いたのだろう。

那月から聞いたりネットで調べたりした水銀燈----トキヤの性格から考えると、魂の抜けたドールがどうなるのかは早苗に話していないだろう。


「そうだ、友千香。文化祭の構成なんだけど、4人とも演奏があるでしょう?時間が30分で曲目は5曲。それぞれのソロ曲と4人のユニットソングがやりたいと思うんですが…」

「お!それ良いじゃん!あぁ、それでこのユニットソング書いてきてくれたの?春歌のとは全然タイプが違うから新鮮で良いわねー!」

「七海さんは本当に引き出しが豊富ですが、浅く広いんですよね。僕みたいにガッツリ1方向に特化していないのでタイプは全然違うかと思います」

「早苗はバラード特化だもん。春歌はポップスとかアイドルっぽい曲が得意かな。」


興味津々といった様子で那月が膝の上に立ち上がった。テーブルの上に広げた譜面を見つめて、わ〜と歓声を上げている。ドールたちは音楽が好きだったシャイニングの作品であるがゆえ、個体差はあれども7人全員が音楽好きであるらしい。


「キーアちゃん、僕もこの曲演奏したいです!」

「はい、それは構いませんよ。本番はありませんけど、セッションしてみましょうか」

「ふふっ、ありがとうございます!」


友千香の部屋にあったエレクトーンを借りて電源を入れる。那月はどこから取り出したのか黒い楽器ケースからヴィオラ(本人との体格差を考えるとヴァイオリンではない)を構えた。

友千香用に書いてきた曲の主旋律を弾いてもらう。那月のヴィオラは恐らくプロ級で、CDになっても良いと思えるくらいに技術力も表現力もずば抜けて高い。

心がふわふわと明るくなるような音色に、キーアも酔いしれながら鍵盤を叩いた。


「ちょ!キーア、ストップ!!」


友千香の大声に、何故良いところで止めるのだと憤慨して振り向くとその怒りは一瞬にして引っ込んだ。

ふわふわの黄色い髪の毛にフォレストグリーンの瞳、そして手にしたヴィオラと、ふわふわの衣装。キョトンと本人も驚いた顔をしているが、それは紛れも無く那月で。
いつもと違うのは


「那月が大きくなっちゃった…」

「YES、これはナツキですが…大きいでス……」


驚いたのか鞄を盾にして、目だけでこちらを見ているセシルと音也も首を縦に振りながら那月を見上げている。
キーアが立ち上がっても今の那月の胸元までしか身長が届かず、恐らく180を軽く超える高さがあるはずだ。


「那月、大きくなっちゃいましたね…」

「はい、でもこれで、キーアちゃんをしっかりギューって出来ますね!」


いったそばから、那月は楽器をぶつけないよう加減はしながらキーアをしっかりと抱きしめて頬ずりをした。


「ちょっとちょっと!なにこれ、どういうことなの!?なんで雛苺が大きくなっちゃったのよ!」

「僕たちドールは、音楽でマスターと心を1つにすると大きくなれるんですよぉ〜」


混乱している友千香をどうにか黙らせると、キーアは那月から少しずつ情報を引き出した。彼は自分の感性で言葉を選ぶ。雰囲気で伝えてくる。擬音語が多い。ゆっくりと話していけば、彼の感じていることは誰と話すよりもしっかり伝わってくるのだ。


「つまり、セッションして気持ちが1つになると、このように人間の姿になることが出来る、と…」

「はい!僕とキーアちゃんがとっても仲良しってことです!」


大きくなったのを良いことに、那月は胡座をかいた上にキーアを座らせて後ろから抱きしめるようにして頬にキスをした。どうやらいつもは、やりたくてもサイズの問題で出来ないので大きくなっていられるうちにやっておきたいらしい。

友千香は状況を理解すると、何か言われる前に「キーアが帰ったらね」と音也とセシルに釘を差していた。

コンコン

友千香の部屋のドアが叩かれた。控えめにそっと開いた隙間から、早苗の顔が覗く。


「き、来ました!」

「トキヤのパートナーさんだっ!!」


慌てて隠れた双子に顔を顰めながら入ってきた早苗は、那月を見て一瞬目を見開くと、良かったねと一言いってすぐに座った。友千香が知ってるのかと問えば案の定トキヤに聞いていたらしい。


「さて、じゃぁ楽譜の選定に戻りましょうか」

「はい。」

「これが私の楽譜たちね。あ、そうだ、文化祭の構成なんだけど、4人全員ソロ曲歌わない?ワンフレーズで良いからさ」

「それさっきキーアも言ってたのよ。」


その後は特にドールの話題になることはなく、3人は文化祭のステージについて熱く語り合った。ただ、キーアは早苗がセシルを見つけてホッとした顔を見せたに気付き、これで彼女が何も気にせず4人で居られるようになるだろうと確信した。











キーア・シャイニングの家は、おおよそ日本には似つかわしくないほど西洋らしいというか絵本に出てくるような家だとトキヤは思う。可愛らしい外見に整えられた庭。


「四ノ宮さんが喜びそうな家ですね」


キーアのパートナーになったドールを思い出し、小さく呟く。

キーアのファミリーネームを聞いた時に気づいたのは、彼女が恐らく自分たちの製作者、シャイニングの血族であろうということ。そうすれば彼女が持つ得体のしれない魔力の高さは納得が出来る。

そしてその圧倒的な魔力の供給を受けている那月は、魂もさぞや大きく肥えているだろう。次はそれを狙う。ようやく人形サイズに戻れるようになった今のうちにゲームを進めなくては、プリンスとして早苗の隣に居ることは出来なくなってしまう。

キーアの家に向かって降下した時だった。体が何かに弾かれる感覚。
次に先程よりももっとゆっくり近づいてみると、そこには那月が張ったものであろう結界があった。


「余程、マスターに執着しているのですね…」


かなり強固に作られたその結界は、
那月がいかにマスターを気に入っているかを物語っている。前回のマスターには何やら酷い目に遭わされたと聞いているし、キーアの魔力にも性格にも那月は依存してしまったのだろう。

せっかく来たので、その強すぎる結界を破れそうなところを探す。あの抜けた性格の那月ならば、うっかりとミスをしているかもしれない。トキヤは結界ギリギリのところへ降り立って時計回りに歩き始めた。
幸いにもキーアの自宅は住宅街であるものの、昼間も人の通りが少なく車がまれに通る程度だ。

ひと目を気にせず歩いていると、ふと結界に触れていた右手に違和感があった。ドールたちはそれぞれにイメージカラーがあり、各自が魔法を使うとその色に近い気配を感じ取ることが出来る。

けれどちょうど今トキヤが手を触れている部分、2色の気配を感じるのだ。遠くから見た時には良く似た色で気付かなかったが、ここには那月を示す黄色ともう一色、オレンジ色が存在している。


「雪華綺晶……まさか貴方も目覚めているとは…。とてつもなく厄介ですね。」


小さく呟くと、トキヤはこの結界を破ることを諦めて飛び立った。今はまだ雪華綺晶と戦うべきではない。よりによって一番厄介な第7ドールと戦うのは得策ではないのだ。









「見ィつけた…」


遠ざかっていくトキヤを、彼はnのフィールドと呼ばれる、所謂"精神世界"の中から見守っていた。

彼の右目からはオレンジ色の薔薇が咲き、黒く豪奢なファーがあしらわれたその装いはどこか貴族の青年とすら思わせる。

真っ暗なその空間には白い蔦がギッシリと伸びていて、その上に彼は優雅に横たわり、キーアの家を見下ろす。

彼女はとても美しい。見た目なんてどうでも良いが、その魔力も心もとても美しい。他のドールたちが何故キーアを選ばなかったのかと、理不尽な憤怒さえ覚える程に彼女は美しいのだ。

那月の感性だけは彼も理解が出来た。こんなに頑丈な結界を張ってまで彼女を守ろうとしている。だから彼は那月に手を貸しているのだ。

那月の結界を修繕したり上からさらに結界を張ったり。キーアも那月も、この家を訪れた他のドールも気づいていなかったが、流石というべきかトキヤだけは気づいたようだ。


「流石だねぇ、イッチー。でも、オレのハニーにだけは……絶対に手出しさせないよ」


次はどんな手段でキーアを守ろうか。そう考えるだけで喉の奥が震え、笑いがこみ上げてくる。

クククっという笑い声がnのフィールドに響き渡った。


「待っててね、ハニー」






第6話、終。








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2013/08/30 今昔






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