▼5.同居
「セシルくぅーん!!」
「な、ナツキ!!ボーンが折れてしまいます!」
ギシギシミシミシと、人形としては洒落にならない音をたてはじめたセシルは、本当に真っ青になりながら那月に抱きしめられている。
「なっちゃん、セシルくんにばかり構ってると僕寂しいなぁ」
「あっ…ごめんね、キーアちゃん。そうですよね、僕のパートナーさんなんですから!やっぱり一番が良いですよね…ごめんなさい。お詫びにいーっぱいギュウってしてあげます!」
友千香は盛大に溜息をついた。屋上に座っていたキーアの腕に絡みつくドール・那月は無邪気な笑顔で楽しげに歌っている。
全くもってお気楽なものだなと思ってしまうのは、きっと友千香がセシルの魂を抜かれた瞬間に居合わせたからだろう。
「で、なんでキーアのところは毎日ドールを連れてきてるわけ?」
「僕とキーアちゃんは仲良しなので、ずぅーっと一緒なんです!」
このくらい純粋なドールばかりならプリンス・ゲームが始まっても平和そうだが、
実際のところは好戦派と呼ばれるゲームに積極的なドールも居るらしい。
「ナツキはいつの間にそうやってマスターに執着するようになったのですか?前に会った時はそんなにではなかったと思うのですが…」
「…前のご主人様は、僕のこと嫌いになっちゃったんです。鞄に入れて中古屋へ売ってしまった。だから今度こそ、僕はマスターに好かれるドールになりたいんです。」
「お待たせしました!」
屋上にお弁当箱を抱えた七海が駆け込んできた。
案の定というか、早苗は来ない。
「春歌、早苗はどうするって?」
「早苗ちゃんは学食に行くから良いって言ってました。あと…その……嫌なら話しかけなくて良いよとも…」
キーアと那月が揃って同じように首を傾げる。友千香はひとまず七海を座らせると、コンビニのサンドイッチの封を開けて話し始めた。
「実はさ、昨日春歌の家に遊びに行ってたんだけど、 そこにこのこ、蒼星石が来たのよね。マサヤンの魂を奪いに。」
「え?でも蒼星石は割りと大人しいドールじゃ…」
「YES、ワタシだって好きでマサトの魂を奪おうとしたわけではありません。」
セシルは手持ち無沙汰なのか友千香の筆箱からハサミを取り出すと空中でチョキチョキと動かした。
「マスターの願い、ワタシたち双子のドールを揃えること。ワタシもオトヤと一緒に居たい。だから…」
「それでさ、セシルが来たのは良いんだけど…何でも本当は音也と二人で初めて実力発揮できる人形らしくてね。マサヤンに負けちゃったのよ」
「え、ということは、セシルはもう魔法が?」
「YES。ワタシの魂は今、トキヤが持っています」
その言葉でキーアは納得したようだった。恐らく七海から伝え聞いた「嫌なら話しかけなくて良い」も理解したのだろう、寂しそうに笑うと、那月の頭をそっとなでた。
「じゃぁ、セシルはもう普通のお人形なんですね」
「いやいやいや!? 喋って歩いて食べるのが普通の人形とかキーア可怪しいからね!?」
「でもこれで、人間と契約することなく暮らせますよ」
「そう、本題はそれなの。誰がセシルを引き取るのかってことよ」
「早苗ちゃんは論外として、私はセシルさんをお迎えしても構いませんが、やはり資料が多くて知識もあるキーアさんにお願いしたいなと思っています」
瞬間、那月がむすっと顔をしかめたのが見えた。位置的に七海やキーアには見えていないようだけれど、確かに今彼はセシルがキーアの元へ来るのを嫌がっていた。
友千香は仕方ないなぁと溜息をつくと、セシルを抱き上げた。
「でも、やっぱりあたしが引き取ろうかな。音也と双子なんだし、一緒に居た方が良いでしょ」
「そうですね、例え魂を奪われて魔法が使えなくなっていても、双子のドールなんですから一緒に置くべきだと思います」
キーアが納得したように言うと、那月はまた嬉しそうに頬ずりした。やっぱりセシルに来られるのは嫌だったのかと、友千香は内心羨ましくもあり、那月に然程執着していないようなキーアに黒い気持ちが湧いてきた。
「トモチカ、ありがとうございます」
人形相手だからといって、ずっと一緒に居る相手に執着や情が沸かないはずがない。
友千香だって毎日音也を連れて学校へ来たいと思っているし
実際に「那月は毎日学校に来てるけど、あんたも来る?」と聞いたこともある。
けれど音也は然程興味が無いようで、「別に良いよ、友千香も面倒でしょ?」
と言われてしまったのだ。あたしだって、パートナーに好かれたいし執着されたい。
そう思うのは悪いコトなのだろうか?
「良いのよ、魂がなくって力の供給が要らないなら体の負担にはならないし」
表面上だけにっこりと笑ってみせる自分が、なんだかとても嫌になった昼休みだった。
早苗は旧校舎の最上階へとやってきていた。トキヤが魂を奪ったということは、誰かのドールが動かなくなっているかもしれない。
自分自身、一緒に暮らし始めて以降トキヤに情がわいたし人間の姿を見ているからかもしれないが、ほんのりと"好きだ"とさえ思っている。そんな大事な存在になってきたドールが動かなくなる。それはとても辛くて悲しいことだろう。
ガタガタっと窓が震えた。外側から窓が開けられて黒い羽が大量に舞い込んでくる。
「トキヤ…学校まで来たの?」
早苗の問いかけに答えるように、黒い羽は霧散すると人間サイズのトキヤがうっすらと目を開けた状態で現れる。
「ええ。何か問題でも?」
「ううん、良いの。でも体力は大丈夫?」
早苗がちらりと視線をやると、居心地悪そうに黒い翼が畳まれる。
緑色の魂を取り込んでからは翼が肥大化し、そしてサイズも人形に戻れていないようだった。
「鞄で眠れなくなったのは少々痛いですが、なんら問題ありません。」
「本当に?」
「ええ。こうしていれば、鞄以上に落ち着きます」
ふわり
やんわりと抱きしめられたまま、空き教室に積まれていた暗幕の上に倒れこむ。
顔の直ぐ側にあるトキヤの首筋が、嫌な汗をかいているのが見えた。
「ねえトキヤ、勝ち取った魂…ローザミスティカってさ、外に取り出して置いておけないの?」
「外、に…ですか?」
「そう。7つ全部集めた時に取り込めば良いんじゃないの?今のままだと辛そうだし…人間サイズで居てくれるのは嬉しいけど、体力なくなったら一緒に歌えなくて寂しいよ」
「…他人のローザミスティカを奪った私のことを、嫌悪したりはしないのですか?」
「だってそれがドールに与えられた人生なんでしょ?」
埃っぽい暗幕の上で、早苗はトキヤをぎゅっと抱きしめた。
「人間が生まれたら死ぬと一緒で、ドールは生まれたらローザミスティカを奪い合う。人間が他の動物を食べるのと一緒で、ドールは他のドールの魂を食べる。」
「哲学的ですね、らしくもなく」
「倒置法で強調しないでください。…ってもしかして午前中の現代文の授業覗いてたの!?」
ちょっとだけ意地悪く笑うトキヤに、早苗はぷくりと頬を膨らませた。その頬を人差し指でつんと突かれる。
「そんな風にらしくない姿を見せてみたり。なかなか私の心を掴むのが上手いようですね」
ほんのりと頬を染めて言う彼はとても綺麗だと思った。元がドールなのだから顔立ちが整っているのは当たり前だろうけれどトキヤがこんなに素直に感情を出すのは珍しい。
少なくとも早苗が見た素直な感情は怒っている時だけだった。
「その言葉そのまま返すよ。トキヤも私の心持っていくの、凄く上手」
「っ……」
一瞬目を見開いたトキヤは、戸惑ったような顔で早苗の頬を撫でた。何かとても素敵なことを言ってくれるのではないだろうかと、そんな自意識過剰な想像さえさせるような表情に酔いそうになる。
現実離れが進んだ頃、唇に暖かいものが触れた。しっとりと早苗の唇を湿らせるようになぞっていく舌先がくすぐったいような快感を与えていく。
反射的にうっすら開いた口内に、その舌がねじ込まれた。上顎を撫で、早苗の舌の感覚を楽しむようにくちゃくちゃと音をたてて蹂躙される。舌を吸い上げられ、体はぴったりと密着する。
「んん……っは…」
「……っ…早苗…」
おかしくなってしまったのだろうか?相手はドールで、見た目がどんなに似ていようとも人間とは違う。
そんな相手に押し倒されて抱きしめられてキスされて。いつの間にか欲情している自分が居る。
だいたいまだ高校2年生で16歳、法律的にはそんなことして良い年齢でもない。ましてトキヤに"そういう機能"があるかどうかも分からない。
背徳感に苛まれながら、早苗はそのままトキヤに身を任せた。
第5話、終。
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2013/08/29 今昔
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