「ぬるいな」

「す、すみません…」


青いフリフリの衣装に身を包み、渋い湯のみをもって緑茶をすする。なんとも言えない違和感を放つ人形・真斗は七海の自室でおやつの時間を楽しんでいた。今日は友千香と音也も一緒に遊びに来ており、そちらの二人はコーラとポテチを楽しんでいる。

ふと、窓の外で鳥が羽ばたいた。


「来たか」







▼4.第1衝突






気づけば、4人は真っ白な空間に居た。どうやら浮いているらしい足元は、特に床や地面があるわけでもなく、ただ下の方から太い蔦が伸びてきているだけだった。


「ちょ、春歌!あたしたち浮いてる!?」

「大丈夫だよ友千香、多分ここは…蒼星石の世界だから…」

「そーせーせき?」


戸惑う友千香は音也を抱き上げると真斗をちらりと見やった。ここで一番頼りになるのは彼だからだ。


「一十木が目覚めた時点で、同じようにどこかで起きたのだろうな。気配につられてやってきたか…」

「真斗さん、その蒼星石さんというのは?」

「一十木の弟だ」


したの方から、鋭いハサミが無数に飛び出してくる。咄嗟に真斗が翳した手から、青い薔薇の花びらが飛び出し、それら全てを弾いた。


「流石デスね、マサト」

「愛島、久しいな」

「……ローザミスティカを渡して下サい」

「…お前、いつから好戦派になったのだ。」


愛島と呼ばれたドールは褐色の肌に焦げ茶色の髪の毛、綺麗な緑色の瞳でこちらを見上げてきている。可愛らしい見た目に反して、その両手は自らと同じくらいの大きさがあるハサミを手にしていた。


「あの子も、シャイニング・ドール?」

「うん。第4ドール、蒼星石…愛島セシル。俺の双子の弟なんだ…」


セシルは無表情にハサミを構えた。


「戦う気があるようだが…愛島、7人の中で唯一対として作られたお前と一十木。二人で一人分の力を発揮することはよく分かっているだろう?」

「分かっていまス!けれど……こうするしかないのです。これがマスターの望み…」


また幾つものハサミが降り注ぐのを遠慮なく真斗が花びらで弾いていき、勢い余ってセシルへ飛んだ花びらは、次々と表れるハサミに切り裂かれる。案外力量差が無いように見え、セシルがふっと表情を緩めた。


「愛島、まさかこの程度と思っているのか?」


真斗が右手を振るうと、青い花びらたちが集まり棒状に固まると、青く光りながら形を変えていく。


「第5ドール、俺の通称を忘れたわけではあるまい?」

「っく……けれどワタシは…」

「ねえセシル!もう辞めようよ!そんなことさせる人間なんてギッタギタにして早く俺のところに帰っておいでよ!」


真斗の手に集まった青バラの花びらは光が消えると日本刀になっていた。困った顔のままでセシルがハサミを振るう。

ぎしっ

金属同士のぶつかり合う嫌な音が響いた。


「愛島…お前はどうして一人で戦った?」

「…マスターが……マスターがワタシの勝利を望んだのです。双子のドールを揃えたいと…」

「確かにお前と一十木は対。2体で初めて意味を成す、庭師のドール。育てる一十木と殺す愛島。ジョウロとハサミ。揃って初めて意味がある」

「だからマスターは、オトヤを欲しがったのです」


傍から見ているだけの友千香や七海にはさっぱりだったが、ボロボロになったセシルの体から、緑色に光る球体が飛び出した時、ああ、あれが魂なのかと理解した。


「ですガ、ゲームの勝者はマサトです。持って行ってください」

「では、遠慮なくいただきましょうか」


途端、全員の視界を黒い羽が覆い隠した。
鋭く頭上から降り注いだそれを、音也がどこかから取り出したジョウロで弾いていく。

ようやく羽が止まった時、緑色の球体は第3者の手に渡っていた。友千香が顔を上げれば、そこには早苗が連れ帰ったはずの黒と紫のドール、確か水銀燈と呼ばれるドールがセシルの魂を持って微笑んでいた。

嫌らしい、勝ち誇ったような、それでもどこか作り物めいた笑顔。
背筋がぞっとした。


「セシルさん、あなたのローザミスティカは私が有効活用させていただきますね」

「待ってよトキヤ!なんで!横槍入れるなんてらしくないよ!」


音也の声に、トキヤは見下したように目を細めた。


「知りませんよ。私にもゲームに勝ちたいという思いはあります。だからこそ、他のドールからローザミスティカを奪う。」

「だからと言って、兄弟たちをこんな姿にするのか、一ノ瀬?」

「そうですね…」


トキヤは整いすぎて居るほどの顔にそっと手をやり、厭味ったらしく笑ってみせた。友千香の腕の中で、音也が身を固くする。


「それは敗者の姿。ジャンクになってしまっても、致し方のないことだと思いますよ?」

「一ノ瀬貴様ぁ!」


真っ青な薔薇が飛び交った。友千香の素人目には一瞬トキヤが敗れたように見えたものの、どこかからクスクスという笑い声が聞こえてくる。どうやら真斗の攻撃は当たっていなかったらしい。


「それでは失礼致します、聖川さん。またお会いしましょう。」


どこかから一枚の黒い羽が舞い降りた。先程まで浮いていた緑色の光はもうどこにも無い。


「二度と来ないでよって感じだよね」


音也の淋しげな呟きが短く響いた。








緑色の魂を両手で包み、早苗の元へと帰る。これで早苗から力を貰わずとも、戦うことが出来るようになるだろう。
トキヤは安堵の溜息をつきながら、早苗の寝室の窓からベッドへと降りた。


「おかえり、どこ行ってたの?」

「プリンス・ゲームを行いに………戦いに行っていましました」


早苗の顔が驚きと悲しみに歪んだ。

そんな顔をさせたいわけではないのに、力の提供を受ける件といい私は一体何をしているのだろうか。そんな疑問さえも湧いてくる。

けれど、こうしてセシルの魂を奪わなければ早苗は衰弱し、いずれは老衰死、もしくは免疫力の低下で病にかかるだろう。そんなことになるくらいなら、多少自分の手を汚しても…

トキヤは緑色に輝くそれを口に含んだ。

どくん

体の内側から何かが脈打ち、全身が薄い緑色の光に包まれた。力が溢れ、自分では制御出来なくなる程の力が湧いてくる。翼を肥大化させて力を逃がすも、その脈打ちは消えない。


「トキヤ…大丈夫……」


異様な程苦しむ様子に早苗が抱きかかえにやってくる。トキヤはその腕の中でどうにか力を制御しようと溢れていってしまう力を利用して人間へと姿を変えた。

当然、人間サイズになると思っていなかった早苗は、突然にかかった体重に驚きの声を上げながら倒れこんだ。その上に被さるようにトキヤも倒れこむ。


「トキヤ…もう、大丈夫なの?」

「すみません、驚かせてしまいました…」

「他人の魂を奪うのがこんなに辛そうなんて…」

「想定外でした」


荒い息のまま、体力が切れたのだと頭のなかで言い訳をしてから早苗の首元へ顔を埋める。ほんのりと汗の香りがした。


「ちょっと、トキヤ?」

「すみません、少しだけ…」


抱きまくらのように早苗を抱えたままで、
トキヤはうつ伏せで眠りにつこうと目を閉じた。
人間の肌というのはとても暖かい。そして心地良い。


「早苗…」

「どうしたの?」

「君は…私を否定しませんでした」

「うん?」

「ありのままの私で居られる場所…早苗の傍はとても落ち着きます」


気の向くままに頬ずりをし、髪の毛に指を絡め、そうして彼女のぬくもりを目一杯感じているうちに、トキヤは自然と眠りについていた。




第4話、終。








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2013/08/27 今昔









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