▼3.主人と媒介





早苗は、一人だけドールがこの場に居ない寂しさを感じながら右手の薬指につけている指輪を撫で付けた。紫水晶のそのリングは、トキヤとの契約の証だ。
これを身につけていると彼と繋がれるらしい。あまりにじっと見つめていたせいか、雛苺・那月があっと声をあげた。


「そうだ、キーアちゃん、僕と契約しましょう!」

「あぁ、昨夜言ってた…マスターになるっていう?」

「はい!」


那月はキーアの意思なんかお構いなしに、自分の指にはまったリングをキーアの唇に押し当てた。するとリングはほんのりと黄色く光り出し
キーアは少し戸惑った様子だったが、契約の儀式である一連の動作が完了すると契約完了がわかったのか那月の頭を撫でている。


「キーア、その…マスターの契約っていうのが正式名称なの?」

「いえ、正しくは"契約"としか呼ばれないそうですよ。…もしかして水銀燈は『媒介の契約』とでも呼んでいましたか?」


ドキリとした。
まさにそうなのだ。
トキヤには「君は贄になるのです」「媒介の契約を」そう発言された上での契約だった。


「ちょっと待って、媒介って何よ?」

「真斗さんから私も昨夜聞きました。ドールが戦うためには人間と契約して、魔法を使うための力の供給を受ける必要があると」

「魔法?」


音也が何も話していないことに怒っているのか、真斗がキッと睨みを聞かせて付け足した。


「俺たちはローザミスティカを奪い合う。そのためには決闘を行う必要があるが、生身で戦うわけではない。武器や魔法を駆使して戦うのだが、そのためにはエネルギーが必要だ。
 それはドールである俺たちが持てない力なので、人間と契約を結び、供給してもらう必要がある」

「だから、媒介なのか…」

「あながち、一ノ瀬の言動は間違っていないのだ。俺たち生きた人形との契約という甘美な響きだけで契約し後から後悔した人間も少なくない。先に辛辣な言葉で告げるほうが親切と言えよう」


真斗の言葉に、七海が辛そうに顔をしかめた。恐らく、そんな酷い言い方をしなくても良いのと心を痛めているのだろうけれど先にキツく言っておいてくれる方がマシだと、早苗は共感は出来なかった。
そして今日この集まりで分かったのは、ドールたちの中でトキヤはかなり力を持った存在であること。誰よりも研究熱心で早苗が一番ゲームについての説明を受けているであろうこと。
当事者であるトキヤとほぼ同じレベルの知識を持ってきたことを考えると、ドールの能力には関係無しに、キーアの情報収集能力は凄いようだ。


「では、やはり皆さんは……戦ってお互いの魂を奪い合わなくてはならないんですね」

「俺は、俺のやりたかたでこのゲームを終わらせる。人形とて主と離れ離れになるのは嫌うのだからな。」


目をうるませた七海の頬を、真斗が優しく撫でる。


「僕も、キーアちゃんとずーっとずーっと一緒ですよ〜」

「そうだね、那月はずっと一緒だね」


それぞれにドールとの関係性は違うようだけれど、自分以外の3組はとても良好な関係が築けているようだ。早苗はどうだろうか、と自分で他人ごとのように振り返る。

箱を開けたあと、自分が何故生まれそして何をするために生きていくのか、それをとくとくと聞かされた後に契約の残酷さを教わった。その上で彼と契約を結んだのだ。

なんだか自分たちだけ冷め切った関係のような気がして、その日の部活が終わった後も憂鬱なままで帰宅した。





2週間後。人形たちと暮らし初めてから、
早苗と友千香たちとの間には微妙な溝が出来た気がしていた。外交的でないトキヤの話をあまり周囲にしたくないのでドールの話になると早苗は必然的に聞き役になるのだ。

その日お風呂あがりに早苗が自室へ戻ると、好きに使って良いと言っておいたノートPCの前に立ってトキヤが動画サイトの音源に合わせて歌っていた。


「流石、歌唱力のドールだね」

「おかえりなさい、早苗。歌わないと全身の筋肉が衰えていくものですから…」

「人形の台詞じゃないでしょ、それ」


筋肉うんぬんは置いておいて、早苗も音楽を愛好する者としてトキヤの歌声には惹かれるものがあった。鼻にかけたような色っぽい声と特徴的なビブラート。シャイニング好みの歌い方に設定されているのだろうか?


「なんなら、私がピアノ弾くから一緒に歌ってみる?」

「……えぇ、是非」

「何よ、今の間は」

「早苗の実力が分からないので何とも言えないだけですよ」


早苗は通学用の鞄から部活のファイルを取り出すと、キーアが入ってきてから一番にとりかかっている曲の譜面をピアノに乗せた。彼女の声質に合わせた曲は早苗には少し高すぎる。かと思えばキーアの低音域は艷やかで早苗にはとても真似出来ない。

この曲ならば1音下げればちょうど良いはずだ。そう思いながら弾き語りを始める。

するとトキヤは少し驚いたように目を開いた後、すぅっとピアノのすぐ横、机の端に立って歌い出した。

心地良い。純粋にそう思う。
普段はバックコーラスを担当しているからこそ、トキヤのコーラスやアドリブが上手いことは良く分かる。
夢のような一曲は瞬く間に終わってしまった。
ふと、その瞬間、


「トキヤ…?」


トキヤの体が紫色に輝きだした。
次第に背中の羽が小さくなり、逆に手足は伸びて胴体も顔も大きくなっていく。

光が収まった時には、トキヤの身長は早苗よりも遥かに大きくなっていた。早苗が平均身長くらいあるので、恐らくトキヤは175から180くらいあるだろう。
そして早苗は彼の手首を見て驚いた。球体関節が無くなっているのだ。それこそ人間のような手をしている。


「あぁ、やはり君は凄い…流石私の媒介ですね。」

「何が…起きたの…?」

「私たちシャイニング・ドールは、契約者とセッションすることで、このように人間サイズの体を手に入れることが出来るのです」

「えっと…その姿はローザミスティカを集めてプリンスになった姿とは違うの?」

「違います。これは一時的な変身に過ぎません。プリンスの称号を手に入れれば、この姿と人形の姿を好きに行き来出来ると、私は早乙女さんからそう聞いています」


人形が人形であることを嫌がっているというのだろうか。人間である早苗に人形の願いは理解出来ないが、それでも思ったことがあった。


「トキヤの歌、私好きだよ。だから強力したい。そして、もっと一緒に歌いたい」


カッと、左手の薬指が熱くなった。リングがほんのりと紫色の光を発している。


「早苗…、落ち着いてください。」

「わ、分かんない…落ち着いてるよ?」

「君が私に強力したいと心から願うと、私に力が流れこんでしまうのです。……無理に動かなくとも構いません。今日はもう休みましょう」


トキヤは早苗を横抱きにするとそっとベッドへ横たえた。






トキヤも気づいた。早苗は願う力がとても強い。
故にトキヤへと力を送り込むのも容易く行える。

だからこそ危険だ。彼女から力を奪いすぎてしまうかもしれない。そんなことで、彼女の素敵な歌声を奪ってしまうかもしれないことは出会って半月程とはいえ耐え難いと思われた。トキヤをそれだけ惹きつけるような歌だったのだ。
トキヤは早苗の額をそっと撫で、小さなリップ音をたててキスをした。


「私は…君を守りたいのです」

「大丈夫。私のちからならいくらでも使って良い。だからトキヤは夢を諦めないで。プリンスになりたい理由があるんでしょ?」

「願いなら、今1つ増えました」

「聞いても良い?」

「早苗、君と一緒に暮らしたい」


早苗の頬が面白いほどポンと染まった。何やら口の中でモゴモゴと台詞を練った後、


「ありがと……私もトキヤとなら、一緒に過ごしたい」


嬉しかった。
今回の契約者はこのゲームについてよく理解を示しかつトキヤという個体を大切に扱ってくれる。




---- あんた、あたしの好みじゃないからさ、ずっと演じててよ

---- 演技…ですか?

---- そう、あんたのマスターはあたしでしょ?じゃ言うこと聞いてよ




---- トキヤって名前も嫌だわ。あたしがアダ名を付けてあげる。そうね、ハヤトでどうかしら?




---- おはようございます。

---- 違う…それはハヤトじゃないわ、あんたじゃない

---- …おはよ、マスター。今日も良いお天気だにゃ!





トキヤは早苗のベッドに潜り込むと、背中側から抱きしめた。こうしていたら少しでも奪ってしまった力が戻っていくかもしれない。そんな非科学的なことを願うくらいには、早苗が大切だと思えた。





第3話、終。






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2013/08/26 今昔

ドールたちの衣装は、2000%のドルソンジャケットなイメージです。






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