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翌日。始業の時間になってもロキが来ないので授業に出ただろうかと心配しながら、早苗は保健室で保健の教科書を読み漁ってた。図書室でトトが見つけてくれた数冊の教科書を読みながら、万が一生徒が怪我や病気をした時のためにと知識を蓄えていく。そもそもトトは魔術の神様でもありそして医学の面でも信仰されていた神様なのだから、トトが保健室も見れば良いのに。と思わないこともない。
あの厳格な性格のトトと自由気ままそうなロキの性格が合うとも思えず、早苗はドキドキしながらふと外を見上げた。快晴のはずの空の一箇所に、なにやら黒い雲が浮いている。某映画の竜の巣のような雲に魅入っていると、それは他の場所にもいくつか浮いているのが見えた。
そしてその雲たちから、


ビシャッ!!!


アルミの板を思いっきり叩きつけたような雷鳴が響き渡った。狐の嫁入り的な天候がこの箱庭にもあるのだな、などとのんきに思っていると、ドタバタと廊下が騒がしくなりそして勢い良く横開きの扉が開かれた。
青い髪の毛をカチューシャのように紐で後ろに撫で付けている少年と、それからギザギザの刈り込みがある緑色の髪の毛をした青年が入ってくる。後ろからはボロボロになったロキも入ってきた。


「ロキさん!それに皆さん、大丈夫ですか?ひとまずベッドに…」

「あんたが保健室の先生ってやつか。助かるぜ。人間の体ってのは不便なんだなぁ…」


青髪の少年は窓際のベッドにどっさりと掛け、緑髪の青年はぐったりしているロキをベッドに横たえた。わりとシャキっとしている緑髪の青年にも椅子を勧め、それからキッチンへ戻ると人数分の紅茶を淹れた。
お礼を言って受け取ってくれた少年たちの中で、一番元気そうな緑髪の青年に事情を聞いてみようと早苗は口をひらいた。


「お二人ははじめましてですね。私は矢坂早苗。この保健室の担当をしている教師です」

「オレはスサノオ。日本神話の世界から呼ばれた」

「……トールだ。北欧神話出身、宜しく頼む。」

「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いいたします。ところで、もしかしてお三方は先ほどの雷に?」


問うと、トールは嫌そうな顔をしてみせ、スサノオもまた苛立ちを思い出したかのように舌打ちした。


「ゼウスのやつが学園に協力しない神々にって雷落としやがったんだ。」

「なるほど…ゼウス様のやりそうなことですが……酷いですね。あ、それでトールさんは割りと大丈夫そうなんですね」

「……まぁな。」

「ロキさんも大分辛そうですが…何か欲しいものはありますか?飲み物と軽い食事くらいなら用意出来ますよ」


ロキに促すと、彼は口を尖らせてぶーぶーとゼウスへの恨み節を歌い始め、どうやら保健室に愚痴をはきにきても良いと言ったことを覚えていたようだ。もっとも今回は純粋に体調不良でもあるから追い出すようなことはしないが。
昨日のお昼には飄々とした遊び慣れた男性という感じがしていたが、今は駄々をこねる子供のようで可愛らしい。早苗の白衣の裾を握っている様子は母親に離れていってほしくない幼稚園児に見えなくもない。神様に対してこのように庇護欲を感じるなど恐れ多いかもしれないが、今のロキは神様には見えないように思える。

ロキの愚痴が盛り上がってきた頃、また保健室の扉が開いた。
今度は黒髪の男性と赤紫色の髪の毛をした青年が入ってきて、彼らもまたところどころ焦げたように黒くなってしまった服をしている。ゼウスの雷で打たれたのであろう彼らに、早苗は慌ててかけよるとベッドをすすめ、それから暖かい紅茶を淹れた。

後からやってきた二人はハデスとディオニュソスというらしく、ギリシャ神話の神々であることが分かった。ゼウスは自分の兄までも学園に通わせようとしているのかと、早苗はまたもゼウスの横暴っぷりにため息が出た。
そのため息に気づいたらしいディオニュソスが、ふっと微笑んで早苗に話題を振ってきた。


「ところで早苗先生?気になってたんだけど、北欧神話のロキとは知り合いなの?」

「え?いえ、知り合ったのは箱庭に来てからですが…何か?」

「さっきから白衣捕まえてるからさぁ、まさか恋人だったりしてって思ったわけ」


今も周りは男ばっかりだしねぇと言うディオニュソスは演劇の神様でもあったはずだが、もしかして色恋沙汰が好きなのだろうか。曖昧に笑って誤魔化すと、ディオニュソスは隠し事をしているとでも思ったのか、さらに楽しそうに微笑んでみせた。


「いやぁ、二人が仲良しなら先生に手を出しちゃいけないなって思ってさ。保健室の先生なんてイケナイ感じがして、いいじゃない?」

「お生憎様、私は今のところこの学園のどなたかに恋する予定はありません」

「……恋とは、するものではなく落ちるものだ」

「皆さん、ほんとこういう話がお好きなんですね…」


神話なんてドロドロの昼ドラみたいなものだと思っているが、まさか寡黙にみえるトールからツッコミを受けるとは思っておらず、早苗は舌を巻いた。


「だってここは人間と愛について学ぶ場所でしょ?だったら先生直々に愛を教えてくれても良いじゃない」

「…恐らく私のほうが皆さんより年下ですので、逆に教わりたいくらいです。あ、お酒飲むくらいならお付き合いできますが」

「あ、ほんと?じゃさっそく今晩一杯どう?美味しいワイン持ってきたんだよねぇ〜」

「ずーるーいー!オレもシャナセンセと一緒に飲む!」

「……ロキが行くなら、俺も一緒に行こう」


きゃんきゃんと騒がしくなった保健室の様子を見て、最年長らしいハデスは微笑ましげに頬を緩めているし、スサノオも食い物が出るなら!と乗り気な様子を見せている。学園生活に乗り気でないから雷に打たれたはずだが、こうして別の切り口から話をしてみれば皆良い神様であることは分かる。何も武力行使に出なくてもよかったのではないだろうか。
早苗は賑やかになった保健室から軽症者はまたゼウスに怒られる前に教室へ行ってみるように言うと、一番ボロボロになっているロキとハデスをベッドに寝かせ、人間の体は寝て治すのが一番だと言い聞かせた。





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