お名前変換


※相変わらずセシャト様が出てきます
※また別の神様がオリキャラとして出てきます(隼神 ホルス)
※トト様あまり出てきません



あいも変わらず日本とは全く異なる気候と風習の中で、早苗は照りつける太陽に文句を言うことで気を紛らわしながら歩いていた。道行く人(正確には神々だが)の波をくぐり抜けて、歩いて行くと商店街のような場所に旅芸人が来ているようだった。
本当ならばその旅芸人たちの馬車の更に向こう側にある、少し大きな布屋に行く予定だったのだが、トトが急遽ラーに呼び出されてしまったために早苗は一人で暇をつぶしていた。肌の色も眼の色も周囲と違うというだけで、周りから浮いているように感じるのには慣れているつもりだったが、知り合いが全く居ない場所では少しだけ心細くもある。まるで新入社員の時のようだと早苗は思った。


「あら?シャナじゃないの!どうしたの?今日は兄さんと一緒じゃないのね」


背後からかけられた明るい声に振り返ると、いつもより少しラフな格好をしたセシャトが麻袋片手に歩いてきた。どうやら数少ない果物を勝ち取ってきたようで、瑞々しい香りが漂ってくる。


「セシャトさん、こんにちは。トト様はラー様に呼び出されて、休日出勤です」

「もー、だからってもう昼過ぎよ?兄さんったらまたシャナを待たせて一人にして、他の男に声なんてかけられた日にはどうするつもりなのかしらね。それとも他の男に取られそうになってみないと、シャナの大切さが分からないのかしら。」


饒舌にトトへの文句を言い出したセシャトは、麻袋から梨のようなものを取り出して齧ると、もう1つ取り出して早苗の手に押し付けた。遠慮しない性格のセシャトだが、こうした気遣いをしてくれる。早苗は日本人にはなかなか居ないタイプのセシャトが好ましかったし、トトの妹だということを差し引いても仲良くしたいと思っている。
なんとはなしに二人で並んで歩き始めると、早苗はようやく落ち着いて街の様子に目を向けることができた。先ほどまでは知らない場所のように感じていたこの大通りも、よく考えてみればいつもトトと一緒に買い出しにやってくる場所だ。知らないはずがない。人間の心持ちというのは本当に奥深い。


「そういえば、ホルス様がシャナに会いたいって言ってたわよ、この話聞いてる?」

「ホルス様…といいますと、太陽の王子……ですか?」

「あら、直接面識はないのね。素敵な方よ、それこそ王子様!人間もなかなか良い呼び名をつけるじゃないの!お見合いのお誘いだったら、付添人としてあたしを呼んで頂戴ね!」


早苗は、ホルスは確か、ラーの息子とイシスの息子が同じ名前で同一視されるようになったはずだと思いだした。ハヤブサの頭部を持つとされる神で、大気と炎を司っていたように記憶している。しかし、それと同時にハトホルという女神が妻としていたはずだ。ということは、恋愛絡みではないはずだ。
トトが連れてきた日本の精霊ということで、エジプト神話の世界でもそこそこに名前が売れている。というよりも、物珍しさから会ってみたいだの、アマテラスの補佐だったのならぜひうちで仕事をだの、そういった類のお誘いだろう。


「お仕事の用事でしょうか…。偉大なお方にお呼びいただけて、とても光栄です。」

「え?…あぁ、シャナってば本当に欲がないのね!もしかしたらお見合い!?とか思わないの?まぁお見合いなんてさせないし、お見合いになったらあたしが乗り込んであげるけどね。」

「……え?ホルス様は私に何か仕事を任せたいと思ってくださったのでは…?」


早苗が思わず聞き返すと、セシャトは訝しげに顔をしかめた後、納得したというように頷いてみせた。


「もしかして、人間に伝わっている神話では、ハトホル様が妻ってなってるのかしら?」
「はい、まさにその通りです。お二人の間にお子さんも多いと…」

「そういうことね…はぁ。確かにハトホル様は奥方よ。でもね、ホルス様があなたに会いたがっているのは…その……あーもう!なんでこういう日に限って兄さんは居ないのよ」


セシャトが鬱陶しそうに前髪をかきあげて前方を睨みつけた。早苗も釣られるようにして視線を前に戻すと、見慣れない男性とばっちり目があった。紫がかった黒髪と羽をあしらった飾りが頭巾についている。トトもトキを神獣とするために羽のデザインを好むようだが、彼もまた似たようなデザインの格好をしている。そして早苗が一番気になったのは、首から下げた「ウジャトの目」のペンダントだった。


「やぁ、セシャト。休日を楽しんでいるようだね。」

「お久しぶりです、ホルス様。本日は奥方様とはご一緒ではないのかしら?」


セシャトの返しに、早苗は顔が驚きに変わるのを堪えるのに必死になった。この面目麗しい男性が、かの有名な最も偉大で最も多様化された神と言われるホルスなのだ。神話をモチーフにしたゲームなんかでは女性に性転換されていることもあるが、この美しい見た目からすればそれも納得できる。
早苗はセシャトがやりとりしているため、控えめに会釈をする程度にとどめた。


「たまには一人で街を歩きたくなることもあるさ。ところで、そちらの女性を紹介してもらえないかい?色んな人に声をかけていたんだが、トトの根回しが効いているのかなかなか会わせてもらえなくてね」


ホルスはこちらが早苗であることを確信しているのか、セシャトに呼びかけているにも関わらず視線をずっと逸らすことなく喋っている。となりでセシャトが舌打ちしたのが聞こえたが、いつものことなのでスルーすることにした。


「…こちらはシャナ。人間としての名前は矢坂早苗。日本神話の精霊です」

「お初にお目にかかります、早苗と申します。日本神話よりトト様のお導きでやってまいりました。どうぞ、よろしくお願いいたします。」


出来る限り丁寧に礼をしてみせると、ホルスは嬉しそうに微笑んで片手を差し出してきた。


「私はホルス。炎と大気の神でもある。人間の精霊化はエジプトでは聞いたことがなくてね、是非とも会ってみたいと思っていたんだ」


にっこりと微笑んだ彼に、セシャトが邪険に扱うほど悪い人には見えなくて、早苗は安心して握手に応じた。
のだが、差し出した右手はホルスの左手に引かれて、彼の右手は早苗の腰に回された。何が起きたのか理解出来ないうちに、ホルスの顔が視界に広がる。


「可愛らしいお嬢さんだ。これならば是非とも、うちに来てもらいたああああああああああああ!?」


ホルスの悲鳴が聞こえたかと思うと、今度は視界によく見慣れた服が広がった。
視線を少しずらせば、地面にうつ伏せになって倒れたホルスとその上でお座りしているアヌビスが居て、セシャトがこちらに向かって遅い!と叫んでいる。その様子を全て見て、ようやく早苗は自分の視界に映っているのがトトだということと、彼に抱きしめられて保護されている事に気づいた。


「酷いじゃないか!何をするんだトト!」

「ふん、貴様のような外道に用はない。うちの者に手を出さないでもらおう」


街の大通りに居た女性たちから、ホルスを気遣う声とトトを褒める声、それから早苗をズルい羨ましいという黄色い声が上がっている。


「まったく。これだから危機感が足りないと言っている」

「カー、バラバラ!!(シャナ、ホルスに近づいちゃ駄目だよ!ホルスはすぐに女の人に手を出すんだーってセシャトが言ってた!)」

「相手が目上の者であっても、男であれば気をつけていろ。いつも今回のように助けられるとは限らないのだからな」


まるでセシャトのように言い募るトトに、なんだかんだで兄妹なのだなと認識させられ、早苗は思わずくすっと笑ってしまった。


「何がおかしい」

「いえ、すみません。助けて頂いてありがとうございます、トト様。大好きなトト様に助けていただけて、とても嬉しいです。」


言って抱きつけばフンと鼻で笑われたが、内心では少し喜んでいるか照れているのだろうと予想できた。ホルスの登場で目まぐるしく何かが起きたせいでイマイチ理解が追い付いていないが、早苗はまず、助けてくれたのであろうトトに目一杯甘えることでお礼をすることにした。




2015/03/10 今昔




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