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※神あそに出てこないエジプト神話の神様がオリキャラとして登場します。





【 いつの世も女は決して弱くない 】





エジプト神話では、夫婦である神々のほとんどが子供を残している。だがしかし、嫁のことを「妹」と表記することもあり、早苗は実際にセシャトに会うまで実はそわそわしていたというのが本当のところだ。
セシャトについては神話の中で妹と表記されていた。だが、セシャトとトトの子供という神様は神話に登場せず、本当に文字通りの妹なのか、それとも言葉のあやで本当は嫁なのか。学者でもない早苗には知る由もないのだ。


「あら、貴女がシャナ?」


照りつける太陽のしたで、はしゃぐアヌビスの様子を建物の窓から眺めていると、見知らぬ女性に話しかけられた。振り返れば濃い青色の髪の毛に、豹の毛皮で作られた衣装。七本の棒が放射線状につながった形の髪飾り。その特徴を見て、早苗はすぐにセシャトだと気づいた。


「はい、そうです。もしかして貴女はセシャト様…でしょうか?」

「わたしのこと知ってるのね、嬉しいわ!まさか兄さんが今は神とはいえ、元人間の女性を連れてくるなんて思ってなかったから気になっていたの」


言うとセシャトは頭の先から足の先までじっくりと早苗を眺めた。品定めをされているなとわかっていたが、ただ微笑んでセシャトの観察が終わるのを待つことにする。
彼女は文字と数字を司る神様だったはずだ。人間や神の寿命について計算するという説もあったように思う。トトの妹とされるようになったのは、新王国時代になってからで比較的新しい。


「やっぱり、兄さんの目に狂いはないみたいね」

「叡智の神様ですのもの。…って、トト様を褒めると私が自画自賛しているようになってしまいますね。困りました…」

「あっはは、貴女面白いわ!よかったらわたしとも仲良くしてよね。兄さんに虐められたらわたしが助けてあげるから。なんなら、もっといい男紹介してあげてもいいし」


カラカラと笑う女神は品定めされた時に思ったよりも関わりやすそうだ。そういえばセシャトは測量の儀式に現れる現場派の神様だったなと早苗は思い直した。
二人が共通の話題、というと国も違うので料理やなんだという話も出来ず、結局はトトの話題に落ち着いた。セシャトからは昔のトトの話を聞かせてもらい、早苗は人間にはどのような神話としてトトやセシャトが語られているかを教えた。明朗快活なセシャトと比較的穏やかな早苗の会話は面白いほどにはずんだ。


「人を勝手に話の種にするとは、二人揃って殊勝なことだな」


白熱する話にトト本人がすぐそこに来ていることも気づいていなかったらしい。
トトは昨日行われた各国代表会議の資料と思われるものを手にして、眉間にシワをよせている。さすがに噂話はお気に召さなかっただろうかと思い肩をすくめると、トトは呆れたようにため息をついた。


「兄さんが自分のことあんまりシャナに話さないからじゃない。気になるのはしょうがないでしょ、恋人として」

「いえ、セシャトさん、私も悪いので。女性は男性の見せないことには無関心であるべきですから」

「駄目よそれじゃ!日本人って奥ゆかしくていいって言うけど、それじゃ駄目!兄さんが不器用すぎるのがいけないんだもの、シャナはもっと知るべきだわ!ただでさえ兄さんの本性しらない女どもが群がってくるんだもの、そいつらのことは出し抜いてやらなくっちゃ。シャナは兄さんが好きなんでしょう?だから故郷を捨ててこっちに来るつもりで居る。だったらこの世界の神々なんて蹴散らす勢いでいいのよ!だって兄さんが愛してるのはシャナだし、ここの誰よりも兄さんを愛しているのがシャナなんだから!」


息をつくまもなく言い切ったセシャトに、早苗は目を丸くした。まさか喋りでトトを圧倒できる者が居るとは思っていなかったからだ。トトは「あぁ、まただ」などと言いながら眉間を抑えていて、セシャトのこれはいつものことなのだなと理解した。


「分かったから黙れセシャト。」

「黙らない、兄さんがシャナに色々話すって言うまで!」


セシャトはまだまだ実の兄であるトトを説教したりないのか、トトはもっと早苗を大事にするべきだ、可愛い服を買い与えるべきだ、さっさと嫁に迎えて子供をつくれ、と母親のようにまくし立てる。
早苗はトトさえも口が挟めないほどのマシンガントークに苦笑いしながら、セシャトの服をちょんと引いた。


「大丈夫ですよ、セシャトさん。私も本当に知りたい時には、ちゃんとトト様に聞くようにしますから」

「……本当に?ちゃんと言える?」

「言いますよ。私だって、言う時は言います!」

「そうだな、聞きたければ聞けばいい。答えるかどうかは知らぬが…もう少し甘えても良いのではないか?」


予想外のトトのセリフに、早苗は目を丸くした。トトは優しげな顔でこちらを見下ろし、頭を撫でてきた。早苗が死んで神格化してから随分と甘やかしてくれるようになったものだが、今日はひときわ優しいように感じる。
トトの手を取り上げて手を繋ぐと、自分のものよりも幾周りか大きな手がしっかりと握り返してくれる。遠くの方でアヌビスが「あ〜、ずるーい!」と叫んだのが聞こえた。


「お前は相変わらず頑張りすぎる。日本でも仕事詰めだったのだろう?こちらへ滞在する少しの間くらい好きに過ごせばいい」

「そうはさせぬよ?」


早苗の手を握っていたトトの手が、勢い良く振り下ろされた扇子によってバシン!といい音をたてた。
早苗が吃驚して顔をあげると、般若のごとく険しい顔をした陽がお気に入りの扇子を折れそうな程に握りしめている。トトは叩かれた手が気に食わないのか、手の甲で扇子を受け止めて上に持ち上げようとし、陽もそれに負けじとトトの手を下へ下へと押しやっている。


「うちの可愛い補佐官にどんな御用か、トト?」

「アマテラス…随分と過保護だな。所詮仕事の同僚でしかないというのに」

「だからこそだよ、私の大事な部下を取られてなるものか。今から日本に帰らねばならないのでね。お前とゆっくりさせる暇なんてないんだ。イザナギが呼んでいる」

「うちもラーが是非会食をと言っているが断るつもりか?それとも早苗が予定を前倒ししてでもこちらへ来るのではないかとでも思っているのか?随分と自信がないのだな。」


建物の外で照りつけている太陽のように白熱した会話を始めた二人に、セシャトは先ほどのトトよりも深い溜息をついた。溜息をつきたいのはこちらである。
早苗は部下として信頼してくれる陽のことも上司として好いているし、厳しくすべきところは厳しいがドロドロに甘やかしてくれるトトのことも大好きだ。どちらかの意見を選べと言われても困ってしまう。
そんな早苗の複雑な様子に気づいたのか、セシャトは早苗の手を取ると建物の奥のほうへと歩き始めた。


「ターメイヤとファッタを食べにいきましょう。あの人、シャナの上司でしょう?兄さんと言い合うなんてすごいわね」

「…セシャトさん、人のこと言えないと思う」


二人は仲良く手を繋いで食堂へ入ると、エジプトの伝統料理を堪能した。
もちろん、セシャトが手にした領収書はトトの手に渡るのだろう。




【 熱砂の大地へ 03 】







終。




2014/08/04 今昔
セシャトさんが妹か嫁か分からない話がありますが、もし彼女がトト様の嫁だとすると、神あその神様で嫁が居ないて断言できるのツクヨミだけになっちゃうんですよね……




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