お名前変換
※ 連載トト宿命ENDその後
※ 陽→ヒロイン←トト
【 伸ばした手は掴まれることなく 】
アマテラスはシュンシュンと音をたてて流れる星々を眺め、香炉から立ち上る白檀の香りを楽しんでいた。日本は今太陽から見て地球の向こう側、夜になっているためツクヨミの領分に入っている。言ってみれば、アマテラスにとっては半日の休暇だ。もちろんその間にもこなさねばならぬ仕事は山のようにあるのだが、つい数年前から仕える優秀な補佐官のお陰で夜はしっかりと休めるようになった。
戸塚陽、という名前を考えてくれたのも、元人間でありながら八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)に選ばれた神霊・矢坂早苗である。神に人間のような名前など必要ないのだが、せっかく弟たちが人間について学んできたのだ。長兄であるアマテラスもそのくらいはしてみようという気まぐれだった。
「陽さん」
鈴が転がるような声とはまた違うのだが、早苗の声はとても心地よい。ついつい聞こえないフリをして、もう一度名前を呼んでもらいたくなる。
「陽さん!」
「何事だ?まだ仕事の時間にはなっていないと思ったが…」
窓枠に腰掛けたまま首だけ振り返れば、先日スサノオ−−尊が贈ったという巫女装束のような衣装を身にまとって、早苗が眉を釣り上げていた。台帳を小脇に抱えており、何か問題が起きただろうかとアマテラス−−陽は内心で舌打ちをした。
「黄泉から人事に関する相談が来ています。」
「あちらにも近頃、優秀な補佐官が入ったと聞いたが?」
「一人入った程度で業務が滞りなく進むようになれば、閻魔大王様も苦労されないと思います」
陽としては早苗一人の存在でだいぶ楽になったのだが、と小さく呟くと、早苗は照れたように台帳で顔を半分隠した。珍しく見せた可愛らしい仕草に頭を撫でてやれば、びくりと両肩を震わせる。
どーしてこんな可愛いうちの国の補佐官が、どーしてあんな腹黒くて嗜虐性加虐心が強くて頭がよすぎて気持ち悪いくらいの男に嫁がねばならんのか。
陽はわしゃわしゃと早苗の髪の毛を乱した。慌てて手櫛で髪の毛を整える早苗の背後から、陽が今一番見たくない男が現れた。露骨にゲッと呟けば、あちらもまた眉をぴくりと不愉快そうに歪めた。
「アマテラス。いや陽と呼ぶべきか?貴様いったい何をしている」
「トト様!」
手櫛で髪の毛を整え終わった早苗が勢い良く振り返ると、腰に結わえられた飾り紐が綺麗になびく。ふわふわとした生地の色は、赤と薄桃色とそれから雪のような白い色。どれも陽を象徴する色だというのに、彼女の心は完全にあの男に向いてしまっているのだ。悔しいと思うのは、早苗を補佐官として認めているからなのか、それとも女性として気に入っているからなのかは分からない。
「いらっしゃるならお出迎えしましたのに」
「お前は勤務中だろう、要らぬ手間は取らせぬ。」
「私は見たくないぞ、うちの可愛い補佐官が他所の男に可愛がられる様子など」
「あ、失礼しました」
早苗が慌ててこちらに向き直ると、陽は両足を窓枠から下ろしてトトに問うた。
「して、何用だ?わざわざ別の神話の世界から、代表格の神が出向いてくるなど」
「ゼウスからの伝令を伝えに来た。…第二回目の試みとして、箱庭が再度実施される。日本神話からも幾柱かの神々が候補にあがっており、本当に召喚すべき神なのか視察せよと。」
「……その命令が下ったのはいつだ?」
「つい半日前だな。締め切りは明後日の明朝。…ゼウスの奴、自分の国の時間ではなくあえて日本の時間を締め切りに指定するとは、なかなかにへそが曲がっている」
トトは手にしていた羊皮紙の巻物を早苗に手渡し、そこに書かれた神々の名前を読み上げさせた。高皇産霊尊、八咫烏、豊雲野。スサノオやツクヨミに続き、また古き神ばかりが対象となったようだ。
陽は仕方なしに、早苗へトトを彼らの元へ案内してやるように言った。どうせもう一度月が満ち欠けした頃にはエジプト神話の世界へ旅立ってしまうというのに、もう少し上司に優しくしてくれても良いのではないだろうか。冗談抜きに寂しい。
「ほら、早く行ってやれ。私の顔ではなく愛しい神霊の顔を見たいだろうからな」
「随分と気が利くな。早苗、行くぞ」
「あ、はい!では陽さん、少し行ってまいります。戻りましたら黄泉からの要請についてまとめてお出しします。」
トトはいつも通り慇懃無礼ともとれるほど威厳に満ちた様子で、早苗は丁寧なお辞儀をしてその威光に馴染むような穏やかさで。二人が並んでいると、導く者と支える者との調和がとれていて見ていて心が穏やかになる。
生まれ育った国も環境も違うというのに、どうしてああも互いを信頼し愛することが出来るのか。陽には不思議でならないと同時、早苗を取られた妙な寂しさを感じた。
「トト様、やはりこちらへいらっしゃる前には一報をください。お通しする部屋もお出しする食事の支度も出来ません」
「文書にする時間が無駄だとは思わないのか?」
「きちんとお出迎え出来ないのは嫌ですから。それに陽さんもおっしゃってましたが、力のある神が突然他国にいらしたら、この御殿に居る者も驚きます」
「馬鹿め、連絡を入れる暇があるなら自ら赴く。久々に恋人に会ったというのに、随分と冷たい言いようだな。」
「っ〜、トト様っ!」
閉まった襖の向こうでがばっと盛大な衣擦れの音がして、陽は起こったであろうことを想像し、胃がムカムカするのを感じた。
「トトなんて嫌いだ」
陽はキセルを取り出すといつもより盛大に煙をふかした。
「エジプトとの外交を取りやめるようにイザナギに言ってみるか…」
終。
2014/07/15 今昔
この内容は「熱砂の大地」へ行く前のお話です。シリーズ化を目論んでいます。そもそもそう簡単に各国の神話行ったり来たり出来るのかよ!と思いますが、箱庭開催決めたのも各国代表会議なのできっと権力ある神様なら行けるはず。と勝手な想像です。
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