ヨナガはその後しばらくリンとは以前のような関係に戻ることなく、上辺だけの関係を続けていた。演じることには慣れている。だって芸人だもの。演じて歌い、演じて踊り、演じて奏でるのが、癸という一族に定められたことだったのだから。
だから、演じることに苦痛なんて感じないんだ。
ヨナガたちクシナ班は中忍三人ということでスリーマンセルで動いていた。
岩隠れの間者を捕まえて始末しろという、Aランクではないのかと聞きたくなる任務は、なんとBランクだそうで。
「確かに相手の実力がBランクだったねえ」
にやっと笑うネギマはよほど自分の幻術が決まったのが嬉しいようだった。ヨナガが考案した延々に同じ場所をぐるぐるさせて体力を奪う作戦は上手に決まり、ウマイが全力で叩き潰そうとしたところで間者を捕らえることに成功した。
確かに中忍レベルの幻術を解けないような敵ではBランクなのかもしれない。ネギマも相当に体力を消費したようで、肩で息をしているけれど。
「さて、こいつから引き出す情報は特に無いっていうし」
「問題は誰が殺るかだな」
ウマイの声に三人が固まった。
里内での任務が中心だったヨナガたちにとって、暗殺ははじめてのことだ。チャクラ不足のネギマはしょうがないとしても、ウマイまで足が震えている。
「私がやるね」
癸の脇差を引き抜くと、ヨナガは相手の胸に狙いを定めて型をとる。集中すると、その捕らえた敵以外の景色は少しぼやけて遠く見える。
「おい、女子が無理するな」
「大丈夫だよ、ウマイ。」
動かない相手に、癸の舞を使った。
リンとのことがあってから、演じきることに慣れてしまったのかもしれない。ヨナガは、綺麗で美しくて、正確で、緻密な、忍の仮面をかぶることに成功した。
「また合同任務ですか」
ヨナガは一人だけ呼び出されたクシナの部屋で、一緒にお茶をしていた。持ってきた癸のお団子に舌鼓をうつクシナはそうなんだってばね〜とゆるゆる答えた。
「次はちょっと、特殊な任務だから、少数精鋭で二部隊くらいを動かす必要があるの」
少し前から本格化した第三次忍界大戦のためか、中忍三人となったクシナ班は事実上スリーマンセルでの行動も増えてきた。ついこの前の間者を暗殺するという任務だってそうだ。
「それとね、ヨナガにだけは報告しておこうと思って」
「え、ミナト先生と付き合ってることですか?」
「何で知ってるんだってばね!?」
「分かりやすすぎます。いや、ウマイは気づいてないみたいですけど」
「じゃ、じゃあ、私が九尾の人柱力だってことは?」
流石にこれは知らないでしょう!というクシナに、ヨナガは目を見開いた。九尾といえば、災厄の具現とも言われるチャクラのおばけ…と、癸の絵巻で読んだことがある。
「体内に色々と貯めてるのはヨナガだけじゃない。いつでも頼ってくれて良いんだってばね」
優しく微笑んだクシナに、久しく触れ合っていない母親のような何かを感じた。
クシナとは人柱力の話は極秘であることを指切りして、明日はミナト班に着くようにネギマたちへの伝言を承った。
翌日、ミナトに連れられた六人は涼しい風の吹く草原を歩いていた。
一番前にカカシとヨナガ、その後ろからリン、ミナトとオビト、ネギマとウマイがついてくる。極力身軽にとしてある忍服は、今日もあの贈り物と口布、そして色々と便利な背嚢だ。潜入系の任務だと予め聞いていたので、癸の羽織は家紋が目立つという理由で置いてきた。
「カカシはオレと同じ上忍に就任したから、この任務は効率を考えて二班に分かれてやることにするから。なにせ木ノ葉も今や未曾有の戦力不足だからね」
だから俺たちみたいな若輩が…とウマイがぼやくとミナトがははっと笑い飛ばした。笑い飛ばさなくちゃならないということは、事実だということだ。
どう分かれるのだというオビトの問に、ミナトは指を四本出した。
「カカシを隊長にオビトとリン、ヨナガで四人一組ね。で、オレはネギマとウマイと三人一組」
「カカシが隊長…」
「この前ちゃんと話したでしょ…オビト。カカシにプレゼントあげよって…」
「悪りィ…聞いてなかった」
何やら気まずそうなオビトを知ってか知らずか、ミナトが先手をうってごそごそと荷物からなにかを取り出した。
「オレはこれをあげるね、特注クナイだよ」
ヨナガもみたことがない形のクナイは、先端が三叉になっている。持ち手には何やら印らしきものが書いてあって、ミナトの言う通り特注なのだろうなと思った。
「少し重くていびつだけど、慣れると使いやすいよ。今回の任務に持っていくといいよ」
「どうも」
「私はコレ。ハイ!」
リンが差し出したのは小さな医療パックだった。小さめサイズは個人の緊急治療用だろうか。
「個人用特別医療パック。全て使い易いように改良してあるからさ」
「サンキュー」
「僕とウマイからはこれ。忍具の口寄せ巻物だよ」
「俺とネギマで厳選したものが背嚢ひとつ丸ごと口寄せされるから、使い所を考えてくれ。保存食料も入ってる」
「ありがとうございます」
リンと先輩二人からのものも素直に受け取ったカカシは流れでヨナガに目線を持ってくる。その流し目に少しだけ緊張しながらも、ヨナガは思い切って乾きがちな口を開いた。
「カカシ、左手だして」
「ん」
素直に出された左の手首に、革製の組紐を巻いていく。
深い茶色に黒と白で繊細な模様が描かれたそれは、よくよく目をこらすか、はたまた白眼や写輪眼の持ち主が見ればわかるだろう。印を術式として書き出したそれは、ヨナガが癸の町で見つけたものに、少しだけ手を加えたアクセサリーだった。
「装着者のチャクラを使って口寄せできるの。やり方はチャクラを流すだけで、癸が飼っている蛇が呼ばれる。主に探索向け」
「ありがと」
カカシを挟んで反対側に居たリンが、少しだけ辛そうな顔をしていた。
ヨナガはそれに気づかない振りでカカシに目を戻すと、彼は無言でオビトに手を出していた。
「な、なんだよその手は?お前にやるもんなんて、なーんもねえよ!」
「ま…別にいい…どうせロクなもんじゃないでしょ…役に立たないもんもらっても荷物になる!」
「大体!何でお前が上忍なんかになれたのか不思議だ!」
「お前に言われたくはないよ」
落ち着きなよ…というヨナガの呟きはオビトの言葉にかき消されてしまう。
いつものやり取りよりも少し気が立っているような二人は、そう簡単に止まりそうにない。
「オレはあのうちは一族のうちはオビトだぞ!いずれお前なんか追い越してやる!!オレのこの写輪眼が開眼したらな!」
「うちは一族ってのは皆エリートなんでしょ…?そんなモンに頼んなくたってすごいハズなのになぁ…」
ますますヒートアップしそうな二人に、タイミングをあわせたかのようにリンとヨナガがわって入った。リンは気まずそうにしていたが、ヨナガはそれに気づかぬふりでオビトもカカシもなだめるように声をかけた。
ネギマが盛大にため息をつき、ウマイがまったく面白いやつらだなと笑い飛ばすと、ミナトから作戦説明につかう地図が提示された。
一行は木陰の平たい岩に丸くなって額を突き合わせた。
「今土の国が草隠れの里を侵略侵攻してきてるラインね。もちろん敵は岩隠れの忍…敵の前線にはすでに千の忍が居るって情報なんだよね」
以前よりも火の国へ前進してきているラインに、オビトとウマイが指摘してうへえと声をあげる。
「ま…火の国も草隠れと陸続きなのに待ったをかけるのが遅すぎでしょ」
「これだけ侵攻されるほど、相手の後方支援が円滑だと思ってなかったのかもね」
カカシとヨナガも感想を言い合うと、ミナトがよく分かってるねと言いたげにうなずいて、地図上でひとつの橋を指さした。
「今回の任務、ここね…最前線では敵を叩くのにたくさんの忍が必要になるよね。だから俺たち妨害工作をする忍は少数精鋭でやるしかないんだ。」
「橋…ですか……という事は潜入ミッションですね」
「ん!カカシ隊…君達の任務は…敵の後方地域に潜入。物資補給に使われているこの端を破壊し、敵の支援機能を分断。その後速やかに離脱すること」
「「「「はい!」」」」
「僕たちは陽動ですか?」
「その通り、オレとウマイは直接的を叩く。ネギマは幻術中心で援護だ」
ミナトは拳を差し出すと全員を鼓舞するように見つめて言った。
「とりあえず今回はカカシ君が隊長ね。国境までは二班で行くけど、そこから別れて任務開始だよ!」
「「「はい!」」」
全員の声を合図に、七人は国境付近を目指して歩を進めはじめた。
ヨナガもリンとの関係性が気になっていたけれど、それでも任務に私情を持ち込むことはよくないと頭を振ってその考えをどうにか追い出した。
2019/05/28 今昔
ついに神無毘橋へ。
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