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※閑話休題
※プレゼントのネタバレ入ります










「パンケーキ?」


サナは両手で可愛らしい箱を持って、ジャミの部屋へと来ていた。元より隣にサナの個室が設営されているので来た、というほどのことでもない。可愛らしい箱といつものウォーマーとポット、そしてカップを運んでお茶にしようと思ったのだ。


「実は、ミューちゃんたち双子が『家来一号に褒美として!!』ってくれたのです。」

「それで何故俺のところへ持ってきた」

「ミューちゃんが続けて『よろしければ、先日のレースのお礼ということで、ジャミさんにも差し上げてください』と言ったからですよ。でなければ何故私がわざわざアサシンの部屋などという危険な場所に来るものですか」

「ククッ、相変わらず気の強い発言だぜ。まあ良い。危ないものは広げてないから来いよ」


いつものレース中の装束からマントだけ外していたらしいジャミに、サナはほんの少し、ほんとうに少うしだけ、興味を持った。髪型をきちんと見るのははじめてなのだ。黒やら群青やらという名前が頭のなかに出てきたが、夜の色というのが一番しっくりくる色だ。ツンツンと跳ねた髪型は、イクサと髪質がにているようにも思えた。

けれどあんまりじっと見ていれば、またからかわれることは必至なので、サナはそそくさとお茶の準備をはじめた。

深い青色の箱を開くと、茶色と白色のパンケーキが2つずつ入っていた。今日のお茶はルイボスティーなので、チョコとプレーンの味であるのなら相性は良さそうだ。


「さて、せっかくミューちゃんがくださったのです、いただきましょう」

「律儀な王子様だねえ」


それぞれがお茶で少し口を潤し、そしてパクリとケーキを口に入れた。
サナが取ったのはチョコ色の方で、中に時折入っているチョコチップが少しビターで美味しい。ふんわりとした生地と硬いチョコチップの相性が抜群であるうえに、生地の甘みとチョコチップの苦味のバランスも最高だ。さすが、王子の用意するものは違う。
これだけ素晴らしい品をいただいたのだから、さすがのジャミも満足しているだろう。そう思って顔をあげた。


「……来い、口直しをさせろ」

「!?」


顎下に手がかかったかと思うと、瞬時にジャミの顔が目前に迫った。ぶつかる!という一心で目をつむると、唇にぴちゃっと濡れたものが触れて、一瞬遅れてピリリとしびれがはしった。
驚いて目を開き、えっと声をあげれば、顔の近さはそのままに口の中を蹂躙される。チョコの程よい甘さの上から、フルーツの味が上書きされる。これは、バナナの味だ。


「んぅっ」


なるほど、"口直し"の道具にされているのだ、とサナは気づいた。。
彼の舌先が歯列の内側をぬるりとなぞり、そのまま舌の下側へ入り込んで舐め回される。今度はこちらの舌先を吸い上げられたかと思えば、優しく押し戻されて舌唇を飴玉のように舌で転がされる。
息継ぎのタイミングがはかれず息切れをおこしそうになった時、ようやく口が離れた。少しだけ、混じり合った唾液が二人を繋いでいた。


「なにを、するのです無礼者」

「匂いで分からなかったからてっきり味のないプレーンなケーキかと思ったら…最悪だ。チッ、このケーキの舌触り…気に入らないぜ」

「確かにわたしもバナナパンケーキだとは思いませんでした。だからってなんで

「駄目だ、足りないな」


もう一度と迫ってきた顔に抵抗しようとジャミの顔に手をそえると、少しだけ面がずれ、彼の左目が現れた。
宝石のような明るい輝きではなく、蛇のような蠱惑的な輝きの、赤い瞳。


「ククッ、俺の目が気になるのか?」

「綺麗だと、思いまして」

「っ……いいねえ。もっと大胆になれよ」


赤い瞳に魅入られたままで居れば、また唇が重なる。
友人や仲間というには甘酸っぱいし、恋人というには少し遠いように感じる関係。サナにはこれが一体どういう意味を持つのかがわからない。そもそも街では男性とおつきあいするということは無く、むしろ禁じられていた。
必然的にこういった知識は本に頼るばかりで、キスをされた応え方もいまいちよくわからない。


「じゃ…み、待って」


困惑から本格的に彼の服をひっぱると、その手を優しく解かれ胸元へ導かれる。思ったよりは暖かいが、サナよりも冷たい人肌から手が離せなくなった。ジャミの腕が首の後に周り、本格的に逃げ場がなくなる。


「ずいぶんと可愛らしいことをするもんだぜ。アンタのそういう純なところを見ると…ウズウズするのさ」


だから、と耳元で響いたかすれた声に、サナは背筋がゾクリと震えるのを感じた。


「アンタの熱を、もっと感じさせてくれよ」


















「だああああああああああああ!?」


悲鳴とともに起き上がったサナは、外で小鳥がチュンチュンと可愛らしく鳴いていることに安心した。


「ゆ、夢……なるほど。なるほど、良かった」


心の底から安堵しつつもちょっとだけ寂しくなったサナは、試しにバナナパンケーキをジャミへ差し入れしてみようと思ったのだった。






2018/02/06 今昔




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