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夢を見た。

赤い瞳がぐっと近づいて、細い舌がサナの首筋を舐めあげる。味わっているのか、柔らかくしているのか、検討はさっぱりつかないけれど、そのまま牙が突き刺さる。ああ、食べられているのかと、痛みを感じることもなく他人事のように思った。

そして頭の中に声が響くのだ。


「奏者、選ばれしオトメ奏者サナよ。
 あなたはこの世界に光を取り戻すことができる希望。運命の相手を選び取り、二人の愛で魔王トリニヴォールを封じるのです」

「運命の相手、ですか」

「あなたに光の加護を授けます。さあ、行きなさい」






02:開催にあたって




ネーヴェルダイン大陸、イリュミナシア地方。
ロードオブグローリー開幕の儀式に先立って、サナは王宮の一室に案内されていた。サナの街では見ることのない装飾は華美で、少々落ち着かない。なるほど、使者としてやってきたリーンハルトやサシャは、客間としてはシンプルすぎる装飾にも驚いていたのかもしれない。
王宮の従者に服装は自由であると言われたので、サナは街に居た頃から来ている正装を身にまとっていた。首が半分ほど隠れる長袖とスキニーなズボンの上に、イヅルノでもよく見られる合わせ襟を伝統織の帯で結ぶ。顔の下半分を隠す布を頭の後ろで縛れば完成だ。

ちょっとした装飾品や洋服にさえ、街の伝統が織り込まれている。自分の横笛と同じ系統だとひと目で分かるその装飾が、サナは好きだった。


「奏者様、開幕の儀式のお時間です。お迎えにあがりました」

「ありがとうございます」


サナは従者に呼ばれ、王座の間へと移動した。その廊下も実際にたどり着いた王座間も、どこもかしこもグランロットの様式は華やかだ。白い石造りに、時折使われている金と青の釉薬や、太陽光をたっぷりと取り込む高い位置の窓が美しい。
王座には、金髪をゆるくたらした国王が腰掛けていた。自らが戦うには、少々お腹周りが邪魔そうだ。


「勇者アステルよ、奏者サナよ。そなたたちが来るのを待っておったぞ」


サナとは違う出入り口から入ってきたのは、長い茶髪をおさげにした愛らしい少女だった。サナよりも少しだけ年下だろうか。ミニスカートに剣と盾を持っているが、街の男性を見慣れたサナには、彼女が戦い慣れてなどいないことが良く分かる。


「憎き『魔王トリニヴォール』が一年前に復活してより、この地上は今や魔物の巣窟じゃ。だが、天に選ばれし勇者と奏者であるそなたらならば、必ずや光を取り戻せるじゃろう」

「私が、勇者…」


困惑気味の少女、アステルを見て、サナはまるで先日までの自分のようだと思った。サナの場合は、この世界は目に見えぬ流れを持っていてその流れは滅多なことでは変えられない。よって占いや予言があり、それを信じて行動することで未来はより良くなるという考えの世界で育った。だからこそ、女神の夢や、実際に現れたグランロットからの使者によって戦いに参加する決意をすることができた。
しかし、この目に見えぬものを信じるということは、なかなかに難しいと聞いている。普段から神々を信仰する国に生まれたのならば別だが、アステルという少女はそのような国の生まれではないのかもしれない。


「すでに城には『スレイヤー』と呼ばれる選りすぐりの戦士が集まっておる。まずは彼らに声をかけてみるがよい。」

「……既に、我々に課せられたスレイヤー選出の任がはじまっている、ということでしょうか」


サナの問いかけに、国王は優しく微笑んだ。


「左様。しかし、真実の愛を持ってしてスレイヤーは選ばれる。それがどのような形の愛であれ、本物である必要があるのじゃ。時間をかけて、お互いを知る必要があるじゃろうて」

「かしこまりました。まずは彼らと交流を図ります」

「奏者サナよ、あまり硬く考えるでないぞ」

「……はい、善処いたします」






サナはぞくぞくと現れるスレイヤーの様子を見ていた。
育った場所の影響か、ある程度の身のこなしを観察する能力はあるはずだ。そう信じて観察を続ければ、ああこの人はあの人よりも強いな、槍を持っているが本来の得物は別なのかな、といったことがなんとなく把握できる。

パッと見て強そうだと思ったのは、銀髪に黒っぽい服の青年。得物は剣のようで、他の誰とも関わろうとしていない。それから桃色の髪の毛に踊り子のような衣装の少年。ダガーを得物としているようで、見た目の愛らしさに反して足取りは軽いのに落ち着いている。

ふと、視界のはしから茶髪の少年と銀髪の男性、そしてアステルがやってきた。知り合いらしい風に会話を弾ませながらやってきた三人は、まっすぐにこちらへやってくる。


「よお、あんたサナって言ったか」

「はい」

「俺はスラッシュ。アステルの同郷で幼馴染だ。よろしくな」


差し出された右手に、サナはためらいながらもそれを重ねた。お辞儀ではなくて、このように手を合わせる挨拶は慣れない。


「はい、よろしくお願いします」

「僕はマティアス。二人の同郷です。あなたももしや…アステルと同じように戦闘経験が無いのでしょうか」

「はい、ありません。しかし心配は不要です。我々勇者と奏者に課せられた任務は、戦闘そのものではない。それに私は実戦経験はありませんが、訓練はされています故」

「戦うどころか武器も持ったことない勇者のアステルよりは、あんたの方がまだ大丈夫そうだな。安心したぜ」


何をどう安心したのかはさっぱり分からないが、なにやら確かめたいことは確かめ終わったらしく、三人は立ち去っていった。恐らくはアステルの顔合わせに二人も付き合うのだろう。

入れ替わりにベルカント大臣がやってきて実践訓練のお誘いを受けたが、サナが断るかどうかいう前に「不要であったな、失礼した」と言われてしまった。なにやらサナ自身もアサシンとして訓練を受けていると誤解されているようだ。


「ちなみに、このレースは数人のチーム体勢で行う。最大の人数は決まっていないが、三百年前は連携のとりやすさから三人程度で組むものが多かったと聞く。」

「では、わたくしも三人のスレイヤーを選べば良いのですか?」

「基本的にはそうだが、国王陛下の仰った通り、誰かに固執する必要はない。奏者として何かを感じる相手と共にあれば良いのだ」

「わかりました」


大臣が去っていくと、ふうっと息がこぼれた。
大人数の中に居るのは少々どころではなく疲れる。自宅でずっと、伝統工芸品の制作に携わっていたかったといえるものなら言いたい。
もう一度ため息が零れそうになったとき


ふうっ


「ひぎゃ!?」


耳の後ろに息を吹きかけられた


「ククッ、アサシンにしちゃあ隙がありすぎるから罠なのかと思ったが…なんだアンタは別にアサシンってわけじゃないのか」

「何をするのですか無礼者!」


少し涙目になりながらも急所である首や胸を庇いながら振り返ると、黒装束の青年がにたにたと笑っていた。正確には目元が仮面で隠れているために分からないが、口元は舌先をちろりと出して蛇のようなのだ。


「良いねえ!その強気な感じ!アンタ、蝶の郷の人間だろう?」

「……外の方々はそう呼びますね。」

「滅多にお目にかかれない蝶の女。肌のきめ細やかさも、気の強さも良い。最高だよ」


喋りながら、サナは彼を観察した。目に見える場所にはダガーと短刀。恐らくは服の下にもっと武器が隠されていることだろう。サナの街の男性たちと同じ感じがした。けれど、サナの街の住人は、このような服は身につけない。もっと、イヅルノの国に近い格好だ。


「暗器探しは終ったかい?」

「観察されることをも楽しみますか。趣味の悪い…」

「ククッ!!そう言うなよ奏者サマ!アンタの周りは静かで良い。さっきから人間観察していたことを考えると、余計な連中とつるむ気はないんだろう」


疑問形ではなく言い切られたことに少々苛立ったが、まさにその通りだったので大人しく頷いた。サナのリアクションに満足したらしい彼はまたしても舌なめずりしてにっこり笑うと続けた。


「俺はジャミ。アンタのパーティになってやるよ」

「お断りしたい気持ちは山々ですが、弱くはなさそうですのでよろしくお願いします」

「素直じゃないなあ、ックク!」












2018/02/02 今昔




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