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三百年前のレースでは、あまり語られなかったことがある。
最近になって専門家たちが古文書やら各地に残された壁画から、ようやくその存在を知った時、各国のトップクラスは混乱の極みであった。

グランドスレイヤーと共に戦うのが勇者。
そしてレジェンドスレイヤーと共に戦うのが奏者。

二人の乙女がそれぞれに力を授けることで、はじめて魔王を完璧に封じることができるのだという。
女神の加護を受け、それをスレイヤーに分け与えるのが勇者であれば、魔物を魅了し封じる術をスレイヤーと共に見出すのが奏者であると。


そんな夢を見たのが五歳になった頃のことで、サナはそれ以来様々な夢とは言えないくらいに現実味のある夢を見るようになった。







01:巫女さま







サナは舞が得意であった。
更に言えば、歌も楽器も裁縫や料理も、世間的に「女性がするもの」と認識されがちなことは、大抵こなすことができた。苦手なことといえば掃除くらいなもので、けれども洗濯は好きだった。

始まりを思い返せば、祖父がくれた横笛が始まりだったように思う。
祖父が祖父の祖母から受け継ぎ、その祖父の祖母はそのまた祖母から受け継いだという横笛は、白っぽい銀色の素材で出来ており、緑色の釉薬かなにかで複雑な模様が描かれている。何の模様なのかさっぱり分からないが、それでもただ見つめるだけで心の奥を揺すぶられるような、心臓をぎゅっと掴まれるような感動を感じる逸品だ。

サナが暮らす街はイヅルノと雰囲気が似ていると言われる街で、しかしどこの国にも属さない、街しかない国のような場所だ。独自に育まれた伝統の彫り物と織物は大陸にとどまらず、ラクリモッサの港を通して様々な場所へ送られているそうだ。ラクリモッサとはその商業のやりとりと、どこの国にも属さないという共通点から良い関係を築いているらしい。
人口の少ないこの街の特産品は数が少なく、高値で取引されることも多い。一般庶民に手が出せるのは、手のひらより小さめサイズの魔除け札くらいなものだ。つまり、この横笛もとんでもなく高価なものだということになる。


「サナ、グランロットからお客様だ」


磨いていた横笛から顔をあげて、イグサを織った敷物に座ったままで顔をあげる。邸宅に暮らす従者である青年も困ったような顔をしている。
サナの自室である十二畳ほどの板の間への出入り口は、イグサを編んだ布で覆っているだけであり、気候も穏やかな今は紐で括りあげてあるので座ったままでも青年の顔はよく見える。本当に困っているようだったので、サナは大人しく笛をしまうと腰に付けているカバンへしまい込み、来客用の正装でもある口元を覆う布を付けて客間へと足を向けた。

客間へ入ると、グランロットではなかなかお目にかからない装飾や家具が多いのか、使者と言われた者二人は目線を方方へ向けている。金髪をゆるく首元で結った男性は感嘆の表情を浮かべ、木製の茶器を見ているし、メガネに学者風の出で立ちな男性は不躾にならない程度に家具を見ていた。
どちらも服装からして、グランロットの人間であることに間違いはないだろう。


「大変お待たせいたしました。わたくしがサナにございます」


やはり扉ではなくイグサ織りの布で仕切られた出入り口から客間へ入り、挨拶をする。客人の二人は腰をあげかけたが、サナは片手でそれを制すると自分も向かい側の席へと座った。


「私めはサシャと申します。こちらの彼は護衛を務めるリーンハルト。我々はグランロット国王よりあなたさまに書簡を預かってまいりました。」

「国王からの書簡…?一体何故、わたくしに?」

「姫、各国で魔物が現れているのはご存知かな?」


リーンハルトと紹介された青年の言葉に「姫……?」と困惑していると、学者風のサシャが続けて補足した。


「各国に現れ始めた魔物。一年前の魔王トリニヴォールの復活により、世界は再び闇に包まれようとしています。そこで大国の使命として、グランロット国王は三百年前の魔王復活時にも行われた『ロードオブグローリー』を開催するとしたのです」

「このロードオブグローリーは、魔物の討伐を行いながら最強の戦士グランドスレイヤーとレジェンドスレイヤーを選出し、魔王討伐の筆頭として戦うというものです」

「……わたくしには、戦闘能力は皆無なのですが。」

「いえ、あなたさまの一族がアサシンとしても優秀なことは存じております」

「それは殿方の話でしょう。わたくしたち女人は彫り物と織物を生業としております。なにより殿方も今は魔物の討伐が仕事の中心。アサシンというよりも、傭兵や護衛と言っていただくほうがしっくりきます」


一体彼らは何を言いたいのだろう。サナの素直な感想が顔に出ていたのか、サシャは困ったように微笑んで言った。


「あなたは、不思議な夢を見たことはありませんか?」

「夢?」

「はい、グランドスレイヤーとレジェンドスレイヤーを選出する能力を持つ乙女。勇者と奏者は夢を見ることがあるそうです。現に、今回の魔王復活により選出された勇者は、女神の夢を見たと言っていました」


サナは幼い頃からよく見る夢を思い出した。あれを「女神の夢」と言って良いのだろうかという不安はあれど、恐らくあれのことだろう。

刀を握る己の姿と、背中に感じる暖かさ。心から信頼している相手に背中を任せるというのは、こんなにも幸せなことなのだと感じる夢。

背中を任せた誰かと、穏やかな風が吹く場所でみずみずしい果物を食べる夢。

傷つき、とても助からないだろうという程に血を流す誰かを、きつく抱きしめて泣いている夢。

そしてどの夢にも決まって最後はこうだ。
白い装束の女性が「あなたを待つ人が居る。闇を払う、真実の愛を歌いなさい」。


「この街が、イヅルノと似ていると言われることはご存知ですか?」


突然の問いかけにサシャとリーンハルトが固まった。


「わたくしたちも、目に見えぬ予言や占いを信じる傾向にあるからです。信じましょう、あなた方の仰ることを。わたくしがロードオブグローリーに参加する命運にあるというのなら、そこに身も心も捧げましょう」

「ありがとうございます!!」


サナが感涙するサシャたちと共にグランロットへ旅立ったのは、その翌日の昼前のことであった。






2018/02/02 今昔




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