所要、朝帰りというものをしてしまった次の日。 翌日に入学式を控えていた、とある日のことでした。 あたしは自分たちの部屋を呆然と見ていた。もう明日は入学式〜どころではない。 へ、部屋…… あたし(+3人)の部屋が…… 『雪男……これやりすぎ』 「ごめんごめん。でもたいしたこと無くてよかったね」 『いやいや、たいしたことありまくりだよね?』 あぁ、これはもうダメだわ。 寮に荷物を運んでから3日。早くも部屋が使えなくなりました。ボロボロです。 何故に部屋がこんなことになっているかというと、それは時を遡ること10分前…… ……はい、そこ短いとか言わない。 休日はいつまでも寝てることが多いあたし。だから目覚ましをかけて何時に起床、とか決めておかないと、結局起きたの昼過ぎでしたーなんてことはザラにある。 で、毎度のように今日もそうだったってわけなんだけれども。えぇ、同室の3人に買い物置いてかれました。 ふ、悲しくなんかないさ。ご丁寧に置き手紙まであったし。 おはよう! あ、毬花のことだし、これ見てる頃には「こんにちは」か(笑) 気持ちよさそうに寝てたから起こさずに出掛けます。 4時くらいには帰ってくるからね☆ PS.寝顔は天使だったよ(笑) いやいやいや、(笑)じゃないよ。 確かに今1時くらいなんだけどさ。ちょっと寝すぎちゃった。 ……じゃなくて。 酷いよね。こんなの書いてる暇があったら起こしてくれてもいいよね? てな感じに自分の夜更かし癖を棚に上げて少々ブラッキーになっていると、ちょうどいいタイミングで部屋のドアがノックされた。 うわぉ、ヒマしてたんだちょうどいい。 そんなノリでいたことを後々後悔することになるとは夢にも思わず、小走りで玄関に向かう。 ドアにはきちんと鍵がかけられていた。 おそらく、ルームメイトたちがかけていったであろうそれを開け、ノブをひねった。 『はーい……って、なんだ雪男か。なに、どしたの?』 覗き穴を使用しなかったため、ドアを開けて初めて来訪者の顔を確認した。 見上げたのは黒髪眼鏡の高身長な好青年。意外にも廊下に立っていた人物はよく見知った雪男だった。 「これ、忘れ物」 そう簡潔に述べて、なんだかよろしくない表情の雪男が、びしっと効果音でもつきそうな感じで目の前に差し出してきたのは一本の鍵。手のひらにのせられたそれを、寝起きの働かない頭が視覚を通して捉える。 鍵……鍵? もしかして…… 『なくしたと思ったら!』 やっぱり。これは塾の鍵だった。そうだ、昨日なくしたことに気づいたんだ。 よかったよかった。危うくメフィストにぶっ殺されるところだった。さすがに鍵なくしたなんて言えないもんね。あー、もう、なんか安心したら甘いもの食べたくなっちゃった。 渡された鍵に頬擦りしながら部屋に戻ろうとすると、肩をがっしりと掴まれた。 うん、もはや嫌な予感しかしないね。 「毬花? この鍵がどんなに大事かわかってるの? これはね……」 『あ、長くなります? どうぞ上がって』 律儀にお邪魔します、と言ってから部屋に上がった雪男。 そんな彼を背に、こりゃお説教だなぁ、と観念して椅子に腰かける。雪男もてきとうに座って、早速お説教モードに入ろうとした。 けど、そんな中ふいに目に入ってしまったのは、なにやら面白そうな鞄。興味をそそられたあたしは、お怒りの言葉が飛んでくる前にそれを指差して尋ねてみた。 『ねぇ雪男。これなに?』 「あぁ、これ? 先生の時に必要なんだ」 ちょっとばかりお説教モードから離れて答える雪男。これなら回避出来るかも。 とは考えているものの、これは普通に気になる。ていうか気にならない人っているんだろうか。 『ちょっとだけ見せて?』 「明日見れるよ」 『今見たいの。ちょっとだけだから。お願い』 しょうがないなぁ、と折れた雪男が試験管に赤黒い液体が入ったものを見せてくれた。 明らかに危ないオーラ全開なそれを手に、今度は教師モードにスイッチが入ったのか、軽く講義が始まる。 「ちょっと予習だね。これは動物の血が腐ったもので……」 ふんふんと彼らしい丁寧な説明を聞きながら、試験管を手に取る。じっと見てみるが、なんだかピンとこない。 腐っていると言われたけれど蓋がされていて嗅覚からの情報がないため、なにとなく少し高く持ち上げて透かしてみた。ひどく濁っていて、ほとんど光は通さない。 軽く揺らしたりして遊んでいると、急に部屋のドアが開いた。驚きに肩が揺れ、試験管が手から離れる。 あ、と発した声が誰かと被った。 「あー! 毬花が男連れ込んでる!」 「うっそ! 誰誰?」 うっそはこっちの台詞だよぉ! あまりの焦りに声も出ない。床で砕け散った試験管からは悪臭が放たれている。 早く片付けないと、とか臭いついたらどうしよう、とか考えておろおろしてると雪男が庇うように背を向けてきた。 「毬花危ない!」 『えっ』 雪男が銃を出したかと思うと部屋の空間に向けて撃ち出した。 よくわからないけど、何かがいる。 てか普通に室内で撃ちまくりなんだけど大丈夫なんだろうか。いや、まだあまり詳しくないからとやかく言えないが、確か雪男は竜騎士の資格を所有している。きっと乱射しているように見えて、ちゃんと的確な狙撃をしているんだろう。 やけに冷製な思考で、雪男が最後に部屋の隅に向けて2発撃ち、ゆっくり銃を下ろしたのを視界の端に捉えていた。 『悪、魔……?』 「まいったな。こんなところにも隠れてるなんて思わなかった」 部屋を見渡しながら雪男がぽつりと呟く。 魔障を受けていない、見えない、何も出来ないのが歯がゆかった。 そして、まぁ今に至るわけなんだけど…… 『ゆ、雪男くん? 部屋こんなにボコボコにしちゃってどうすんの……?』 「しょうがないでしょ。毬花が試験管落とすから」 『それは……あの、そこにいる買い物袋いっぱいさげた彼女たちが脅かしてきたからでして……』 へなへなと、買い物袋いっぱいさげた彼女たちを指差す。 だが彼女たちはただ者ではなかった。この町では時々悪魔が房総して祓魔師たちが駆り出されることがあるし、それはもちろん一般の目の前で起こる。しかしさすがにそれに慣れているという人がいるはずもなく、彼女たちも例外ではないだろうに、今の惨劇を見てもけろっとしている。そしてすぐさまそんな彼女たちからブーイングの嵐がやってきた。 「ちょっと、あたしらのせい?」 「毬花がおっちょこちょいなんでしょうが!」 『う、彩香助けて……。そもそも、4時に帰ってくるんじゃなかったの?』 とてもじゃないが反論出来ないような空気に耐えかねて、3人の中で一番まともであろうと思われる彩香にすがり付く。 けれどその彩香も、“彼女たち”の1人に過ぎなかった。 「ごめん。疲れて帰ってきたんだ。驚かしちゃったかな? でも毬花がおっちょこちょいなせいもあるからね?」 にっこりと微笑みながら言う。それはさながら、かの変態ノッポピエロ、メフィストのような笑顔だった。 おま、実は腹黒だろ。 「理事長には僕から言っておくよ。これだとたぶん部屋は移動だろうし」 「あたし向こうの部屋がいい!」 「じゃあうちは向こうの端!」 部屋が酷いことになったっていうのに、うちのお嬢さんたちはなんてのんきなんだ。メンタル強すぎてある意味尊敬するわ。 ていうか移動したい部屋にも生徒はいるんだからね。都合ってもんがあるからね。 と、心の中でツッコミつつも引っ越しの原因を作ってしまったのは自分なので何も言えず…… その後、数時間は部屋について楽しげに語り合う3人なのだった。 何故こうなった。 (なんかここ臭くない?) (あのーさっきの腐った血が……) (((早く言ってよ毬花!))) back |