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『……っていう夢を見たんですけど、どう思います?』


昨日の夜に干しておいた大量の洗濯物は、からっと晴れた今日の陽気も相まって午前中の早いうちに取り込むことが出来ていた。再びかごに山盛りとなったそれらを1枚1枚丁寧に畳みながら問いかける。
問われた方の彼はというと、呆れているとも訝しんでいるともとれる難しい表情で、腕組みをしながらじっとこちらを見つめていた。その突き刺さるような視線に気づきながらも、手は休めずに動かし続ける。
しばし無言で言葉を探しながら何かを言いあぐねている様子の彼を待って、すっかり空になっていったかごの中で唯一あと少し残っている衣類を手に取っていく。
一番最後にぽつんとを出てきたハンカチを畳んで重ねたところで、ようやく聞こえてきた声にはいくらか動揺が滲んでいた。


「お前、疲れてんだろ。絶対そうだ、この世界に飛ばされたショックが今になって出てきたんだ」

『そうなんですかねぇ』


ぽかぽかと心地いい日射しが降り注ぐ縁側には今現在私たちしかおらず、まるで他人事みたいに気の抜けた私の返事がしんとした庭に溶け入るようだった。
確かに多少なりともショックを感じてはいる。だが彼は少しばかり勘違いをしているのではないかとも思う。傷心は夢に出てきた天使の言葉からくるもので、そもそも疲れやショックからそんな夢を見たわけではないような気がするのだ。
ひとり考え込む隣では、当事者である私よりも狼狽えた様子の彼が、隠しきれない戸惑いをその表情にのせて低く微かに唸っている。自分よりも深刻そうに眉をひそめる彼を見ていたら、なんだか深く考えすぎるのが億劫になってきて、なんとなく回りに散乱している用済みとなったかごを全て重ね始めた。体勢を崩しながらもめんどくさがって座ったまま手を伸ばす私に、彼がやや呆れたような視線をよこす。
どうせ洗濯物も畳み終えたし、元のところに戻してこよう。そう思い、重ねたかごを持ってようやく腰を上げると、ずっと正座のまま作業をしていたせいで足の感覚がなくなっていることに気がついた。
違和感を無視して一歩踏み出してみるものの、よろけてしまって立ち止まり、それを見てすぐさま立ち上がった彼に肩口を掴まれて支えられる。
そのことが余計に勘違いさせてしまったのか、彼は怪訝そうに私を見据えて薄く形のいい唇を歪ませた。


「今日はもうゆっくり休め。これは副長命令だ」

『あの、足が痺れてよろけただけで、疲れてるわけじゃ……』

「嘘つけ。夢に変な天使が出てきてなんか大変なことごちゃごちゃぬかして帰ってったなんて言ってる奴が、説得力ねぇんだよ」


嘘ではないんですけど、と言いかける私の言葉をヤクザが脅すかのように遮り、副長命令だなんて職権濫用じゃ……と言いかけたのも途中でかき消される。
困ってしまって、何も言えずにかごを抱えたまま職権濫用の鬼、土方さんを見上げる。彼はそんな私に今度は、なんだ熱でもあんのか? ついに頭がイカれたか? と心配しているのか馬鹿にしているのかわからないような言葉を真剣にも見える真顔で言ってのけた。しまいには肩を掴んでいた手を頬やおでこにぺたぺたと確認するように這わせられ、土方さんが本気で心配しているのだと気づかされた。
しかし、「熱はねぇな」と呟く彼を見上げながら、何がそんなに心配なのかと疑問に思う。彼からしてみればそれはただの私が見た夢の話というだけのはず。私が疲れ果て遅れてやってきたショックに参っていると思い込んでいるにしろ、少し過保護のようにも思えるし、あんまり心配されると逆に申し訳なくなってしまう。気にかけてくれるというのはありがたいことだけれど、私ももう小さな子供ではないし、そこまで情緒不安定なわけでもないのだから。
考え事は口にしないまま、最後にぺしっとおでこを小突かれ、一瞬目をつぶる。次の瞬間には土方さんに体の向きを変えられていて、急かすように背中を押された。


「おら、それ片付けたらさっさと部屋に戻って休め」

『私元気なんですけど……』

「あ゛? なんか文句あんのか」

『な、ないですすぐ戻って休みます』


背後からかけられる声だけでも般若のような形相が想像出来て、それ以上の口答えは慎んで洗濯場へと駆け出す。直後に後ろで聞こえた、フンッという満足げな息づかいに、口許を綻ばせて小走りする足をほんの少し緩めた。
結局は、彼なりに心配してくれてのことなのだろう。やり方は少々手荒いけれど、そこがまた土方さんらしくて無下に出来ない。
ありがとうございます、と声にもならないほど小さく、反対方向へと行ってしまったであろう土方さんに向けて呟く。心なしか、普段の怖い表情を緩ませてはにかみ笑いを浮かべる彼の姿が脳裏を掠めていった気がした。

かごを洗濯場へと戻し、縁側に残したままだった洗濯物も食堂へと運び終えた私は、部屋に戻るためにゆっくりと廊下を進んでいた。
いくら規則で自分の衣類には名前を書いておくことが義務づけられているとはいえ、さすがにたくさんいる隊士たちの服をひとつひとつ誰のものか把握して部屋に届けるのは難しい。そのため、洗ったものを食堂に置いておけば食事をしに来た時にでも彼らが各々自分の洗濯物を持っていくという決まりになっていた。しばらく食堂に置いたまま放置しておくと汚されてしまうということも少なからずあるのか、みんなちゃんと取りに来るらしいのでそういった点ではなかなか効率的なシステムだと思う。


『……?』


何度か目にしていた、いそいそと洗濯物を持ち帰る隊士たちを思い浮かべながら廊下を歩き続けていると、どこかから空を切る鋭い音が聞こえてきた。一定のリズムを保ってビュッと振り下ろされる音はわりと耳にしたことのあるもので、直感を働かせて庭に開ける縁側の方へ行けばすぐにその正体がわかった。


『退!』

「あれ、毬花ちゃん」


案の定、そこにはミントンのラケットを握り締めて素振りに徹する退がいた。驚いた表情が振り返って、今まで単調に響いていた音が止む。
退がミントン好きだということは知っていたが、そういえば彼が練習しているのをこの世界に来て初めて見た気がする。有名なスポーツブランドのものと思われる硬質なそれは、ほんの僅かな違和感を抱かせた。
テレビや携帯電話、マヨネーズ等もそうだけど、江戸という町に不格好であまり似つかわしくない文明が、元いた世界を無意識に思い出させて懐かしくなってしまうことに私は気がついていた。ここは人々がただ着物を着て少し古風な暮らしをしているだけで、実情は私がいた世界となんら差はないとわかっているのに、ふとそんなことを思ってしまうのだった。
だが懐かしいとはいってもまだたったの4日。ここに来てからずいぶん長く感じるが、実際は修学旅行で短い間故郷を離れているくらいの日にちしか経っていない。それでも私にとっては長い時間だった。そして夢の話が本当だとして帰る場所をなくした私には、早死にでもしない限りこれからもっと長い年月が待っているのだろう。
漠然とした先のことに思いを馳せる。懐かしさのせいなのか暇をもて余していたからか、結局のところはっきりとした理由なんてものはなかったんだろうけれど、なんとなく一緒にやってみたいという気が起こっていた。


『ねぇ退、私もミントンやってみたい』

「本当? 嬉しいな、俺としては願ってもないよ!」


おそらく誰にも相手をしてもらうこともなく1人で素振りをするのが日常と化していたようで、退は私の申し出に少年のように瞳を輝かせて喜んだ。
ちょっと待ってね、と言って意気揚々とラケットをもう一本とシャトルを用意している楽しげな後ろ姿を見て、言い出しておいてだんだんと申し訳なくなってきてしまった。中学くらいに体育の授業か何かでやったきり普段縁のない私はその後ラケットを手にすることもなかったため、決して退の相手になるほどうまくはないはずなのだ。
不安になってその旨を伝えても、意外にも退は「いいよ」と笑っていた。相手になってくれたことが嬉しいんだ。なんなら鍛えてあげる。と少し悪戯に言うその姿は、相変わらず地味なのになんだか眩しかった。
やっぱり退は私の癒し要員だなぁとつくづく感じていると、渡されたラケットの次に、手で軽くシャトルを放られた。緩い放物線を描いて飛んできた羽根をほとんど反射的に捕まえる。
先にどうぞ、と今度は余裕の笑みを洩らす退に、お手柔らかにとシャトルをつまんだ手を前に突き出した。





休めと言われたけれど。



(いくよー)
(いつでもおいで!)

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