友達が少ないのは自覚していた。なにかしら条約を結ぶにあたって、上司に「誰か適当な友達は?」と問われる度に、誰の顔も浮かばなかったからである。
 しまいには「これは栄誉ある孤立なのだ」と言ってみたこともあった。今思い出すと、いたたまれない。日本にこのことを話した時、「それは立派な中二病ですねwww」と言われ、意味はよくわからなかったが、なぜか死にたい気持ちになった。
 だが冷静に考えて、友達が少ないのは別に悪いことではない。そりゃあ少ないよりは多いほうがいいのだろうけど(特に俺みたいに『国』の場合は)、友達が少なかろうが、そいつと仲良く出来ればそれで万々歳ではないか。
 「仲良し」。ここでのポイントはそれだ。仲がいいということに意義があるのだ。この際、ただの知り合いでもいい、仲さえよければ。
 ここでもうひとつの問題が生じる。頭の中に真っ先に浮かぶ俺の知り合いは、俺とは仲が悪い奴らばかりなのだ。たとえばフランス。顔を合わせれば喧嘩する。ことごとく意見が合わない。俺もこいつのことはいけ好かねぇと思っている。そしてアメリカ。俺が育てたはずなのに、俺が思っていたのとは違う方向に育ってしまった。というわけで意見が合わない。アメリカのことは好きだが、アメリカが俺のことを好きなようには見えない。ロシア。こいつのことは俺が好きじゃねぇ。中国。あっちのほうが俺を嫌っている。この通り、連合メンバーは駄目だ。枢軸は……やはり同じような感じだ。唯一、日本だけは良好な関係を保てているような気がするが、俺は時々日本がわからない。あいつは俺なんかより「ニジゲンノヨメ」というものに夢中なのだ。
 それでも日本の言葉に「喧嘩するほど仲がいい」というものがあるように、俺はこいつらとはそこそこ上手くやれているらしい。日本が言っていた。俺は認めたくないけどな。確かに思い出してみると、悪口や嫌味が飛びまくっているものの、会話自体はちゃんと成立している。無視されることもほとんどない。コミュニケーションがとれるということは、仲がいいということらしい。
 仮にその定義で考えると、俺はほとんどの知り合いと仲良し、ということになる。少々違和感もあるが、まぁこれは仮定なのでいいとしよう。ところが、この定義を適用したとしても、仲がいいとは言えない奴がまだ残っていた。
 西の王国、スペインである。こいつとの仲は最悪だ。それは自他ともに認められている事実だ。こいつと顔を合わせても、必要以上の会話は生じない。ようやく口を開いたかと思えば互いに毒を吐きまくり、第三者の介入でようやく終わる、といった感じだ。(ちなみにたいていフランスが仲裁する。)
「スペインとの仲を修復したいならな、おまえが折れるしかないのよ」
 以前フランスと一緒に飲んだ時、こんなことを言われた。俺はすかざす「死んでもお断りだ」と言った。なぜ俺があいつのためにわざわざ頭を下げなければならないのだ。ふざけるな。そこまでしてあいつと仲良くする義務はない。
「あのねイギリス、」
 フランスが急に諭すような口調になって、その時点で俺は聞く気が失せたのだが、構わず言葉を続けられた。
「『喧嘩』と『いじめ』って違うの。喧嘩友達って言葉はあるけど、いじめ友達って言葉はないでしょ。いじめた側といじめられた側は、相いれない存在なのね」
 いじめた側が折れない限り、ね。
 つまりフランスは、「俺がスペインのことをいじめた」のだと言いたかったのだろう。心外だ。即座にそう思った。確かに俺とあいつはかつて敵同士だった。俺とあいつが戦って、あいつが負けた。それはあいつの弱さの問題だろう。なぜ俺が悪者になる?
「じゃあ、おまえの戦い方は正々堂々としてたか?」
「それは……!」
 言い訳はいくらでも浮かんだ。そういう時代だったから。周りだってそうだった。情報戦は戦の基本だ。
 だけど俺はそれきりなにも言えなかった。当時のことはまだ鮮明に覚えている。ぎりぎりと睨みつけてくるスペインのぺリドットの瞳が脳裏にちらついた。

 ……と、こんなことを長々と考えていても、俺はまだ時間を持て余していた。ちらちらと時計を見るが、最初に連絡をしてから15分、上司はまだ来ない。
 俺は今、ロンドンの街角で雨宿りをしている。そして実は、隣にはスペインがいる。もちろん会話などない。会話がないから長々と回想にふけることができたのだ。さっきから俺は時計を見る動作を繰り返してばかりだし、スペインはスペインで煙草をくわえながら遠くを眺めているだけだ。
 雨が降り出したのは15分ほど前。にわか雨ではない。ちゃんと予報されていた雨だ。ロンドンは雨が降りやすいから傘は忘れずに持って来いと親切にも連絡してやったのに、のんきな太陽の国は案の定持って来なかった。かくいう俺は紳士なので傘は差さない主義。しかしこの雨では傘なしでは歩けないだろう。相当な本降りだ。予報では小雨程度だったはずなのに。今度気象庁に文句を言わなければ。
 俺とスペインが一緒にいるのはまったくの偶然だ。もともと二国間での会談の予定はあったが、こんな路上の寂れた店の軒下で行われるはずがない。お互い、会場に着く前に出会ってしまい、おまけにひどい雨にまで降られたというわけだ。ただでさえ今日の会談は憂鬱だと思っていたのに、本来そうする必要はない時間までこいつと一緒にいなければならないとは、苦痛以外の何物でもない。それはスペインにとっても同じことで、トレードマークの笑顔もすっかり消え失せていた。
 電話で呼んだ上司はまだやって来ない。雨で道路が混雑しているのかもしれない。さっきから続く沈黙がそろそろ苦痛に感じられてきた。ざあざあと響く雨の音も、もう飽きた。
「……なあ」
 先に口を開いたのはスペインだった。意外だったので少しびっくりして隣を見ると、スペインの目線は相変わらず遠くに向いていた。
「ロンドンって、いっつもこうなん?」
「何の話だ」
「雨」
「ああ、雨は割と多いほうだ」
「ふーん……。それじゃあ、おまえの性格がそないに歪んでまうのも、無理ない話やな」
 スペインの何気ない感想にはもちろんカチンときたのだが、俺はどうしたことか反論しなかった。というのも、さっき思い出していたフランスの言葉が、またリフレインしたので。
『スペインとの仲を修復したいならな、おまえが折れるしかないのよ』
 もしも俺が折れたとして、この関係は本当に修復可能なんだろうか。答えはノーな気がしてならない。あの日、スペインは言いきったのだ。
『俺は、おまえを、絶対に許さへん』
 こっちだって、許してほしいとは思っていない。だったら、俺は折れる必要もない。そして、今までどおりの関係が続いていくだけだ。こいつと仲良くする理由など、ない。
「イギリス?」
 珍しく言い返さないのをおかしいと思ったのか、スペインはようやく俺の目を見た。その顔に悪意などは感じられず、純粋に心配してくれているように見えた。
「どした?どっか具合でも悪いん?」
 ぱっと下を向いた俺の顔を、今度は横から覗き込むような格好で話しかけてきた。スペインの顔があまりにも近くにせまってきたので、俺は思わず息を止めた。
 なんなんだ、こいつは。何がしたいんだ。ひどくいらいらする。なんだこの感情は。一発殴ってやろうか。違う。ここから立ち去るべきなのか。それは……なんだか釈然としない。
 目の前にはまっすぐで、綺麗な瞳。それだ。それが、俺の苛立ちを助長させるのだ。いっそ壊してやりたい。めちゃくちゃにしたい。
「イギリス?」
 おーい、と振ってきた手を掴んで、そのまま店の外壁に押し付けた。スペインの顔に、一気に怒りの色が現れる。
「ちょお、いきなりなにするん!?」
「黙れよ」
「ちょ、イギリス、やめ、」
 抵抗されればされるほど燃えるっていう俺の性格、こいつはいい加減把握してもいい頃じゃ?顎の輪郭をなぞって、それから唇に触れると、スペインはパニックでも起こしたようにわめき出した。
「い、嫌や。なんやねん、おまえ。た、頼むから」
「……何を?」
 返事は聞かなかった。聞く必要もないと思ったからだ。代わりにうるさいその口を唇で塞いでやった。
「―――!!」
 ただし、ほぼ一瞬で終わったが。
 ぱん、と乾いた音が響いた。いや、実際は雨の音にかき消されたんだろうが、少なくとも俺の耳には。遅れて、左頬が熱を持ち始め、じんじんと痛み出す。
 舌をねじ込んでやろうと思ってスペインの唇を舐めた瞬間に、ものすごい力で押し返された。そして極めつけに、一発くらったというわけだ。
「ふざけんな」
 歯を食いしばりながら、ぎりぎりと俺を睨む。
 ああ、あの時と同じじゃないか。太陽の沈まない国・スペインが、沈んでいったあの時と。
「最低や、大っ嫌いや」
 もう顔も見とうない、そう言い残してスペインは、いまだ雨の降りしきるロンドンの街並に飛び出していった。傘を差す人の群れに紛れてしまえば、あっという間に姿は見えなくなる。

 雨はいっこうに降り止む気配がない。呼びだした上司はまだ来ない。会談の相手には逃げられてしまった。
 ……まったく、何がしたいんだか。残された俺は、自嘲気味に笑うことしか出来なかった。



ただ、なんとなく
(俺とあいつの距離は、やっぱり縮まらない)





(2011/01/12)
英西にハマった記念

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