なんなんだろう、この状況は。
 どっちが先に手を出したとか、つい何分か前の話なのによく思い出せなかった。
 アルコールが入っていればまだよかったかもしれない。問題は、酔ってもいないのにこのような行為に及ぶ理由が見当たらないということ。
「フランス、口開けぇ」
 触れるようなキスを繰り返したのち、我慢できなくなったのかスペインが切羽詰まったような調子で言う。
 俺は何か言おうとして口を開いた。決してスペインの言いなりになったわけじゃない。一応。
 俺が声を発するよりも先に、スペインの唇に邪魔されてしまった。かすかに舌先が触れる。熱い。そしてその熱さに飲み込まれる。
 後頭部を掴むスペインの手に髪を引っ張られているのが痛かった。一度声
が上がったのは感じたとかそういうわけではなく、鋭く走った痛みのせい。
 しかしスペインはその俺の反応を都合よく解釈して気をよくしたのか、ゆっくりと俺を押し倒した。スプリングが軽く軋む。
「なぁに、俺が下なの」
「このほうが俺も気持ちええもん」
「なにそれ、お兄さんのテクニック馬鹿にしてる?」
「俺のテクもなめてもらっちゃ困るで」
 ぬる、と耳に舌が這った。思わず目を閉じる。息をつめた。声になりきらない熱が鼻から抜ける。
「ちゃんと感じとるやん」
「うるさい」
 スペインの手が俺の体をするするとなぞる。首から鎖骨におりて、胸を撫で回した。びくん、と体が跳ねた。
「フランス、心臓、すっごい」
 左胸の上に置かれたスペインの手が、小さく上下に動いているのがこちらからも見て取れた。
「興奮してんの?」
「そっちこそ」
 スペインの履いているジーンズの股間がぱんぱんになって苦しそうにしているのを、俺が見逃すはずがない。俺の目線に気づいたスペインも自身のそれを見て、眉毛を下げて笑った。
「俺、こっちの役のほうが興奮すんねん」
「男としてはそれが健全でいいんじゃないの?」
 少なくとも、男に体触られて感じちゃう俺なんかよりは。
 静かにゆっくりと、でも確実に熱は中心へと集まっていた。ベルトを外され、ファスナーを開けられ、パンツごとズボンを下ろされると、そこにはスペインに負けじと存在を主張する塊が上を向いていた。
「ずいぶん元気やなぁ。なめたろか?」
「え、いいよ」
 さすがにそのような直接的な刺激には耐えられる気がしなかった。そもそも、この行為のゴール地点ってどこにあるんだろう。キスぐらいで終わるのかな、とか考えてた少し前の俺は甘かった。
「一回いっときゃ楽になるで」
 一回?二回目があると言うのか?そんな的外れなことを考えているうちに、滑るように熱い舌が這った。
「っ」
 小刻みに与えられる刺激に頭がくらくらした。体がこわばり、ことあるごとにぴくりと反応した。
「フランス」
「な、に」
「かわええなぁ」
「!」
「はぁ!?」
 不意打ちだった。あろうことか、俺は今ので射精してしまったらしい。もちろんスペインもそんなことは予想していなかっただろうから、顔が俺の精液まみれになった。
「わ、ごめん」
「普通このタイミングでいくか?」
「だって……」
 柄にもないこと言われて照れてしまった。あー、顔が熱い。
「うー、口にも入ったわ」
 まずっ、と文句を言うが、おいスペイン、俺は見たぞ。おまえ顔についてたやつ、自分からなめたよな。
「おまえも思いしれや」
「っん……む」
 スペインの口の中の苦さがそっくりそのまま俺の口内に移される。気持ち悪くて涙が浮かんだ。だってこれ、自分の……。
「あっ」
 声が上がったのは下半身に違和感が走ったからだ。その後も「あ、あ」と断続的に声が出てしまう。
「す、ぺいん」
「ん、どした?」
 どした、じゃない。心配するような言葉をかけておいて、顔は思いっきり楽しんでいるのがばればれだった。
「ゆびっ、は、入って」
「当たり前やろ、入れてんのやから」
 ちょっと待て、本当にこの戯れの着地点はどこにあるのだ。
 そんな質問を脳内で繰り返していたのだが、いつしかそれも快感というとんでもない脳内麻薬によってかき消された。
「あぅ ま って あっ」
「痛くないから平気やろ。おまえが出したので慣らしとるんや」
 だ か ら !慣らしてどうするってんだ!
 むしろ痛いほうがよかったと思った。気持ちがよすぎて楽な方に流されてしまう。
「こっちでこんな感じんのも凄いな」
「や め、っあ」
 変な水音が非常に耳障りだった。あーもう、何してんだろ、俺。
「あかん、俺も急いだほうがよさそうや」
 唐突に指が引き抜かれて、俺はようやく自由になった。なのに、体はまったくおさまってくれない。むしろ、もっと強い刺激を待っていた。
「スペインっ はやく」
 中途半端な熱が体の中でぐるぐると行き場を探してる。がちゃがちゃとベルトを外す音がもどかしい。みっともなく尻を突き出すような格好で彼を待った。
「うわ、がちがちや。入るかな」
 スペインの言う通りだった。硬くて熱いものがあてがわれる。俺の腰を掴んだスペインの手に力が入った。
「あっ ―――っ」
 一瞬意識が飛ぶかと思った。そして緩やかなピストン運動が始まる。やばい、なにこれ、きもちいい。
「あっう、すぺ いん」
「フランスっ こっちも、むっちゃ ええ でっ」
 スペインの熱い息が後ろから降ってくる。
「ちょぉ、こっち、むいてや」
「え?」
 つながったままの状態で、体勢を横に変えられる。やばい、なかが、擦れて。
 足を持ちあげられ、仰向けにされた。
「これでやっと顔見えた」
 汗でおでこにはりついた髪の毛を、スペインがよけてくれる。
「フランス」
 お互いに短い呼吸を繰り返しながら、顔を近づける。俺は手を伸ばしてスペインの首に回した。見つめあったのち、スペインは小さくこぼした。
「好きやで」
「え?」
 瞬間、ぐっと奥まで押し込まれ、その衝撃に俺の体はびくびくと跳ねた。いってしまったらしい。そして体の中にもどくどくと注ぎこまれるのを感じる。
「……なに、いまの」
 まだぼんやりした頭でスペインに問いかける。頭はうまく働いてる気がしないけど、さっき聞こえた言葉は幻聴ではない。
「なにって、そのままの意味やで」
 だから、『そのまま』って?
 答えはなかった。そのかわりに、噛みつくようにキスをされた。



ずっと言えなかった言葉
(だって、こうでもせぇへんと言えへんのよ)




(2010/04/15)
本音の見えない親分さん。2人はセフレみたいなもんです、はい。

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