これでいい、と手に取った、黒くくすんだ上下の服を俺は割と気に入っていた。
未来ではこんな楽な服に変わるのかとそんなところも興味深かったし、何よりこの素っ気なく薄汚れた色合いと妙に使い込まれたへたれ加減がどうにも人事に思えなかった。
縁側から見る景色は主のお陰でなんとも整然と、四季ごとに色を変え、その繊細で鮮やかな美しさを保っていて、そんな作り物の美しさに眩暈がする。
眺める景色はいつも同じなはずなのに、俺はいつもひどく居心地が悪くて仕方なかった。

「ねぇ、獅子王見なかった?」

いつものようにぼんやりと縁側から広い池を眺めていると、とたとたと軽快な足音を響かせながら主が俺の背後に立った。
この庭は抜け目なく手入れがされていてどうにも眺めているだけで疲弊していくはずなのに、どうしてだかずっと眺めていたくなる。
主がどこをどういじったのか、考えたり探したりするのを俺は存外好いているらしい。

「獅子王?」
「うん、あの子髪がね、あっ、いた!獅子王!」

とたとた、とたとた、うるさくもないはずなのに主の足音を俺はすぐに聞き分けることが出来た。
常人より優れた聴覚が遠くにいる主の足音をすぐに拾い上げる。
近付いてくると俺に声をかけてくれないか、と、心なしか気を張っているのだけれど、大抵主は俺を素通りして他の奴らに声をかける。
たまに声をかけてきても、こんなもので、俺に用事なんかほとんどないんだ。

「あっ、主みっけ!」
「獅子王がどっか行ったんじゃん、もう!ほら、座って」

たまに穏やかな風が抜ける他なんの動きもなかった景色が、突然慌ただしく賑やかになった。

「えー、ここでやんの?」
「文句言わない、動かないでよ」

ぶつくさ言いながらも俺から少しだけ離れて座った獅子王に、主が少し怒ったふうにそう言って、獅子王の髪の毛に触れる。

「どうしたらこんなにこんがらがるの?!」
「知らなーい、へへへ、俺この前みたいな洒落たやつがいい」
「まずは解かないと…ちょ、動かないでってば」

横目でぼんやりとそちらに目を向けると、至極楽しそうにへらりと笑う獅子王と目が合う。
金の髪が太陽みたいに眩しい。
ころころ変わる無邪気な表情に振り回されながらもなんだかんだ言う事を聞いているあたり、主も別段嫌ではないのだろう。
もう、と呟いた主はやはり少し嬉しそうで、そんな顔を俺に向けてもらったことはない。
縁側からだらしくなく足を放り投げた獅子王はそれをぷらぷらと振って、ふいににんまりと口の端を釣り上げた。

「なに、羨ましい?」
「…あ?」

金の髪に光が集まる。
それを梳く主の細い指が、とても柔らかそうでひどく妬ましかった。

「主が俺と仲良しで、羨ましい?」
「…はぁ?!」

いつも洒落た髪型をしていると思った。
煌びやかな服が好きで、きっと俺とは真反対の感覚を持っている、こいつのことを主が好いているのだとしたら、きっと俺には何の勝機もない。
煽るように含み笑いをした獅子王は、目を細めて俺に白い歯を見せつける。
言葉を失ってつい素っ頓狂な声を上げると、主が獅子王の頭を小さく叩いた。

「ちょ、と、もう!獅子王じっとしなさい!」
「えー、つまんねー」

色素の薄い瞳が俺から離れた。
こうして隣に並ぶとひどく差をつけられている気がする。
美しい髪も明るい性格も、主に可愛がられる素質もこの退屈で完璧に美しい庭に似合っているのも、全て獅子王だ。
俺にはその欠片の一縷さえもない。

チチ、と鳴いたスズメが一羽、広い庭を横切った。

何故こんな薄汚い服を選んだのか。
何故俺はこんなにもこの庭に似合わないのか。
俺のすべてを知った上で見透かしたような獅子王の言葉に、ついに居場所を失って、俺は黙って立ち上がった。

懸命に獅子王の髪を梳く主は、俺がどうしようと何の関心もないように見えた。
零れそうになった舌打ちをぐっと噛み締め、俺はわざと大きなあくびをしてからゆっくりとその場を離れる。
見た目だけでは飽き足らず心までこんなに薄汚れている自分がひどく情けなく、手に入れることの出来ない憧れに喉がむせ返るように痛くなった。




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