テーマ『切ない』
僕の知らない世界で 様へ提出
タイトルは企画サイト様からお借りしています。





酒に酔っていた、ことにしようと、そう決めた。

寒い、と思って布団を引っ張ると、存外柔らかな感触に触れて俺はうっすらと目を開けた。
目の前には真っ白な女の素肌。
しだれた黒髪が華奢な肩甲骨に降り掛かり、その骨が呼吸に合わせて静かに上下している。
寝ぼけ眼でそれを見つめ、絹のようだ、とぼんやり思った。
短い爪で背中をそっとなぞると、透けるような白肌に一筋の赤い線がつく。
ぐ、と胸を締め付けられる感覚に既視感を覚え、そういえばと思い出した記憶は思い出すには価値がない。

昨夜の宴会で飲みすぎたカンナが俺にしだれかかってきた。
俺が隣に座ったからなのか、それともカンナの方が俺の隣に座ったのか、記憶は既に曖昧だ。
俺の肩を枕に目を瞑るカンナに見兼ねて、次郎太刀が部屋へ連れてって寝かせてやれよとそう言った。
抱き抱えたカンナの体は軽く、柔らかく、生暖かい。
布団の上に寝かせてやろうと腰をかがめてカンナを下ろすと、不意に首に腕を巻かれて口付けられた。
それだけは俺からじゃない。
カンナが俺に口付けた。
酒臭い甘い匂いに一瞬驚いたものの、すぐに離れようとしたカンナの唇を逃がすまいと強く抱き締めたのはきっと、俺だ。
無言の口付けが加速する。
荒い息遣いが耳に響く。
酒のせいか、いやほんとは違うか、けれどもう昂った下腹部に収拾がつかなくなって、つい触ってしまったカンナの胸が驚くほど柔らかくて。
ちゅ、という一際大きな水音と共にやっと離れた唇をお互い蒸気した目で見送り、これはきっとダメなことだとは分かっていたのに俺はそのままカンナをゆっくりと布団へ押し付けその上に覆いかぶさった。
カンナは抵抗しなかった。
多分、いやきっと、そう思う。
カンナの中に入ったそこから溢れ出たのは恍惚でも快楽でもない。
ひどい苦痛と一筋の赤い血だけがそこから溢れて真っ白な布団を染めた。

布団を巻き込んで眠るカンナの背中を見つめたまま、自身の傷だらけの体に目を落とす。
抵抗しないのをいいことに自分勝手にカンナを突き破り痛めつけ泣かせてそれで絶頂を得た癖に、俺自身はひどく満足しているのが嫌になる。

酒に酔っていたことにしよう。
そして今もまだ、酔いが残っていることにしよう。
心に決めた小さな嘘を飲み飲んで、俺はカンナの冷たい素肌を抱き締めた。


「ねぇ」

不意にか細い声が響いて、俺は思わず息を止めた。
悪いことをしているのがバレた気がして、抱きしめた手を素肌から離す。
突然のことに応えられずにいると、身じろぎはしないままカンナが虫の呼吸ほどの小さな声で絞り出すように言葉を零した。

「わたしのこと、好き?」

小さな声が震えながら俺の耳に届く。
薄暗がりの中、目に映ったのはカンナの美しい肌ではなく自身の薄汚れた掌だった。

俺は刀で、カンナは未来から来た審神者で。
個人差はあれど俺達が作り主に忠誠と敬愛の念を抱くのは不思議なことじゃないと、誰かが言っていた。
ここの本丸の奴らはみんな口を揃えて言うだろう、主のことが好きだと。
だから俺のこの気持ちも、きっと奴らと相違ない。
そうでなければならないんだ。

「…あんたが」

乾いた唇が所々切れていた。
この傷はカンナと口付けた所為でついたのだろう。
出来ればこの傷も、体の傷と同じに消えなければいいのに。

「あんたが、望むことはなんでもする」

俺の口から出た言葉が冷たい空気を震わせた。

「俺はあんたの刀だからな」

当たり前のことを当たり前に言ったはずなのに俺の胸はじっとりと痛みを増した。
ほかの奴らと同じように俺も主であるカンナが好きで、それは人間の持つ恋愛であるはずが無い。
俺たちはただの刀で、あんたにこの形をもらった、それだけの存在でしか無いはずだから。

「…じゃあ、なんで、」

カンナの真っ白な背中は小さく震えている。
髪に隠れる肩甲骨が見慣れたものとは違って、女という生き物を初めて実感した。

「お互い酔ってたんだ。そうだろ」

あんたも酒飲めるんだねぇ。
そう言って笑った次郎太刀の驚いた顔が目に浮かんだ。
別に美味いとも感じなかったが酔う、という感覚は分からなかった。

「…正国、お酒強いのにね」

ぽつりと落とされた言葉に喉まで出かかった言葉を言えなくて、俺はとうとうカンナとは反対を向いて身を縮めた。
俺がカンナに抱くこの感情は、他の奴らが抱く物とは少し違う。
いや、そんなことある筈がないんだ。




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