*五周年記念
!跪坐台詞独自解釈





「それがあんたの望みだろ?」

さも当然、と言わんばかりの真っ直ぐな声で尋ねられた言葉に、私は思わず言い淀んでしまった。
どんな顔をしていたのか自分では分からない。
同田貫は言葉を返さない私に厳しい視線を投げかけたが、私の表情に驚いたように目を見開いて、それから決まりが悪そうに片方の眉を大きく下げた。

審神者に就任してからもう5年になる。
それを粛々と祝してくれる為だけに、朝早くから身支度を整え普段見せないような嫌に真面目な面持ちで跪き、私の部屋の襖が開かれるのを待っていた。
もう5年になるなぁ、なんて呑気なことを思いながら大きなあくびと伸びをしてのんびりと身支度を整え、それでもまだ寝衣のままの間抜けな格好で襖を開け放った私に、同田貫は畏み畏み、そうやって待っていた。

「……えぇ……、う、ん」

驚いたものの5年目の節目となる今日なのだから何かしらお祝いをすることはもう分かっていて、けれどまさか同田貫にそんな言葉を投げかけられるとは思っていなかったものだから、寝惚けていたのも手伝って私はそんな微妙な言葉を絞るように口にした。
跪いたまま私を見上げた同田貫はいつもの呆れたような眼差しで私を睨むと、大袈裟にため息をついて立ち上がる。

「なんだよその反応。もっとなんかねぇのかよ」

馬鹿らしい、という本音がダダ漏れになりそうな程の大きな溜息に、立ち上がった同田貫はすぐさま自身の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

「え、ご、ごめん」
「5年経ってもあんたはあんたのままだなぁ。俺がどれだけ敵を斬ろうが、あんたにとっちゃいつまでもどうでもいいことのまんま、変わらねぇ」

忌々しげに尚も髪を掻き乱す同田貫は、どこか拗ねたようにも見える。
面白くなさそうに「あーあ」と大きくぼやくと、私に背中を向けて縁側に座ってしまった。
柱に預けた背中が少し丸くなる。
雪がしんしんと降り注ぐ真っ白な庭を向いて、同田貫は後ろから見ても分かるほどに肩を大きく動かしてわざとらしいため息をこぼした。

「ど、どうでもよくはないよ」

胸元がだらしなく緩んだままの寝衣を私は慌てて整えた。
同田貫がそちらを向いているのをいいことに、手早く帯を解き胸元を正してからきつく腹に巻き直す。
裸足のまま一歩廊下へ出ると、否応なしの冷たい空気が足の指先を痛くした。

「勝ってもらわないと私、審神者でいられなくなるし、同田貫にはいつも出陣してもらっていつも戦果上げてもらって、ほんとに、感謝してるよ」

この寒い廊下で一体いつから私が起きるのを待っていたのだろう。
止む気配のない雪が吐く息を白くする。
滑るように私も跪いて同田貫の隣に近寄ると、その横顔は薮睨みに庭を眺めていた。

「でもあんたはさぁ。ほんとは、戦なんてしたく、ねぇんだろ」
「……え」

同田貫の鼻先は寒さからか真っ赤になっている。
呟くような小さな言葉に、私は間抜けな反応を返してしまった。

「戦しかねぇ俺にあんたが望むことなんか、ほんとは何一つないんだ」

ず、と同田貫が鼻を啜った。
何時から待っていたのだろう。
普段なら戦装束なんて真面目に洗いもしないし、ましてやこんなに柔らかな香りのするほど丁寧に洗い上げたことなんか初めてだ。
髪を掻き乱していたのは何かで整えたそれを、わざといつものように乱したのだろう。
黒く光る鞘もいつもよりその光沢が滑らかに見えた。

「……そんな、こと」

言い淀んで、誤魔化すように同田貫の方に伸ばした手を私は無理に制した。
寝ぼけ眼に初めに映ったその表情はどこか覚悟に満ちていて、けれどどこか、怯えたような、緊張しているような、そんな風に思えた。
それが私のせいなのだとしたら、私の放った第一声は明らかに不正解だったのだと今更になって理解する。

けれど何故私が言い淀んだのか、その理由をもう少し考えてみてくれてもいいのに。
戦しかない、と譲らない同田貫に、戦以外を望んでいる、と、どうして私の口から言えるのだろう。

同田貫は金の瞳を訝しげに細めてちらりと私を横目に映した。
頬の傷には同田貫の全てが詰まっている。
人間になってまで残るその傷痕に、同田貫は全ての存在意義を持たせているのに、どうしてそれを否定できるのだろう。

「……今のままで十分、助かってるよ」

制した手をなんとか引っ込め、私はわざと笑いながらそう言った。

「……敵を斬る俺を、あんたはいつまでも望んではくれねぇんだな」

小さな雪が同田貫の鼻先に乗ってすぐに消えた。
同田貫には触れない。
触れたらその暖かな体温に、きっと私は錯覚してしまう。
同田貫は私と同じ人間だと。
喉の奥に重い何かがつっかえたような感覚がしたが、悟られまいと必死に笑顔を取り繕って私は、的外れな言葉を返した。

「5年経っても、同田貫は同田貫のまま、全然変わらないね」

皮肉を込めて言った言葉に、同田貫はやっと鼻の下を手で擦り小さく小首を傾げた。

「どうだろうな」

ぽつりと呟いた言葉はひどく軽く、けれどしっかりと目が合った金の瞳からは妙な威圧を感じる。
今更ながらに緊張した私は、ぐ、と奥歯を噛み締めた。

「昔は別にあんたにどう思われてようが、あんたが何を望もうが、気にもならなかった。ただ敵を斬ってりゃ満足できてた」

しんしんと降り注ぐ雪が鼻先に落ちたのが分かった。
一瞬ちり、と皮膚に冷たく乗ったそれは、すぐに溶けて水になる。
呟くような言葉に声も出ずただ瞬きをすると、同田貫はそのまま穏やかに続けた。

「でも今は、それをあんたに喜んでもらいたいと思ってる」

廊下の硬い床に押し付けている足が寒くて痛い。
吐く息は白く、意志に反して微かに震え始める歯の根が鬱陶しい。
真っ直ぐに私を捕らえる金の瞳に、真っ赤な顔をする私が映っていた。

「だからな。俺は敵をぶった斬るだけだが、それをあんたも望んでくれればなぁ、って、思っちまうくらいには変わったさ。5年も経ってんだから」

長く細い息を同田貫は私に向けてゆっくりと吐き出した。
真っ白な息が細く細く私に届く。

「……えぇ、と」

細めた金の瞳が窺うように私の言葉を待っている。
私がまた、言い淀んでぎこちなく視線を逸らしたのをきっかけに、同田貫はふ、と息だけで笑った。

「あんたの望みが、俺に出来ることであれば良かったのにな」

足先は冷たく、鼻先はかじかんで感覚が鈍くなってきた。
ゴト、と何かの音がして一瞬、同田貫のかさついた武骨な指先が私の視界に割って入った。
けれどその指先が私の頬に触れたのか、その辺りの何かを払ったのか、何故視界に指先が映ったのかは分からないまま、すぐさま消えた指先を私の目が追うより早く、同田貫はのっそりと立ち上がって大きく伸びをする。
いつものように肩に担がれた刀が鈍く光った。

「出陣あったら呼んでくれよ。部屋で寝てるからさぁ」

だって私の望みを言うことは、同田貫の存在意義を否定することにしかならないのに。

いつもの気怠げな足取りで私になど一瞥もくれずに廊下を歩く同田貫の背中を見送る。
もどかしいとも違う言いようのない悔しさが引き攣った笑顔に積もり積もって、私は一つ、くしゃみをした。






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