テーマ『駆け落ち白書』
Ash.様へ提出
タイトルは企画サイト様からお借りしています。

*駆け落ち/一緒になることを許されない恋人が二人でいられる場所へ逃げること
*白書/現状の分析と将来の展望をまとめたもの




「あれ、何で同田貫さんがここにいるんですか」

それはこっちの台詞だ。
堀川と平野、前田、一期一振、長谷部に太郎太刀というフルメンバーに囲まれた主に目配せをすれば、ごめんね、とその薄紅色の唇が小さく動いた。

「……あー、でけぇ猪が見えて、追ってきたんだけどな」
「猪?惜しいですね」
「まだその辺にいるんじゃないですか」
「こら、猪より買い物だろう」

用意しておいた言い訳を極自然に口から紡ぎ、不安そうに俺を窺う主にただ、頷いてやる。
初めから大して期待はしていなかった。
だから荷物は少し先の木の洞に隠したままだし、この言い訳もこれから先の自然な振る舞いも全て予想の範囲内だ。
だから、そんなに申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのに。

「夕飯までに仕留められるか」
「あー、……いや、それがほら、罠が壊れちまってよ」
「それじゃぁ獲れそうにないですね。どうします、やっぱり僕達も加勢して、」
「そんな暇はない、早くしないと日が落ちる」
「買い物なら、俺もついていっていいか。罠を新調させてくれ」
「それがいいですね。猪鍋は明日にしましょう。主さん、いいですか」

主は俺を真っ直ぐに見つめて、困り果てた情けない顔で口ごもった。
目には涙が浮かんでいるように見える。
金魚のようにぎこちなく口を動かした主は、けれど次の言葉を躊躇うように、強く自身の唇を噛み締めた。
だめだ、主、ちゃんと計画通りに言え。
無表情ながらに冷や汗が額から滴り落ちる。
この場でもし、あんたが計画通りに誤魔化せなければどうなるのか、あんなに教えただろ。
俺と主の全てを誰かに悟られてしまうことが何を意味するのか。
あんなに何度も話しただろ。

「主、どうされますか」

きっともう限界なのだろう、俺とは違ってこの無謀な計画に過度な期待をしていた主は、今にも泣き出しそうに眉をしかめ、音がするほど唇を強く噛み締めた。

だめか。ばれそうだな。

この計画が成功するとは思っていなかった。
ただ、ここでばれてしまうとは想定外だ。
俺は寧ろ誤魔化す算段の方がついていたからすんなり台本通りの言葉が出てきたが主は違う。
ばかだなぁ、無理だって言っただろ。
こんな穴だらけのバカな計画にそんなに期待していただなんて。
その哀れな愚かさが、こんなにも愛しくて仕方がない。

静かに息を整えながらこの場にいる全員の動きに感覚を研ぎ澄ませる。
六人はきついなぁ。
初手は長谷部、次に太郎に一太刀浴びせればなんとかなるか。
一期がいるのが厄介だ。
長期戦になればすぐに暗くなって平野、前田に囲まれる。
どうする、今なら誰もまだ気付いていない。
主が真実を吐露してからでは遅い。
主の想像より遥かに俺達は刀でしかなく、誰もが主を心底大切にしているから。
だから主と恋仲になった上に、駆け落ちまで目論んでいるとなればこの本丸にとっての敵は俺となる。
すべてがばれた暁には逃げる間もなくきっとすぐにやられてしまう。

主の潤んだ瞳がこちらを見た。
無理か。
やるか。
逃げるなら強行突破、俺と共に朽ちる覚悟ならそれも仕方がない。

本当はどこかの時代の田舎にでも引きこもり百姓とか木こりとか漁師とか、そういう仕事にでもついて主とほんの何年かで構わない、二人でのんびりと静かに暮らしたかったんだが。

ため息とともに右手が自身の刀身に僅かに触れた。
刹那、主がぱっと表情を変えて晴れやかに笑った。

「うん、同田貫も一緒に行こう」

カチ、とほんの微かな音がする。
俺が刀に手をかけたことに誰も気付いてはいないようだ。
それよりも花のように笑った主に全員の意識が向いたから、結果として俺は主に助けられた。

「良かったですね、同田貫さん」
「……あぁ、ありがとな」
「急ぐぞ、同田貫がいるならついでに米ももう少し買えるな」
「荷物持ちかよ」
「他にお前を連れていく意味があるか」

長谷部が懐から小判の入った袋を取り出し、何枚かを俺に向かって放り投げた。

「罠でもなんでもそれで好きなものを買ったら万屋へ来い。米と味噌と砂糖と、あとなんだ、重いものは」
「漬け物石とか」
「いらねぇだろそんなもん。無理して重いもん買おうとすんな」
「肥料買っとかないとですね」

今この一瞬前、俺はこいつらを斬ろうとした。
それなのにもう平気で話せているのだから、俺達にとっての感情なんてそんなもんだ。
つまり逆もまた然りで、俺が主と共に逃げたとあればこいつらは無表情に、無感情に、俺を斬ることを躊躇わない。

いつの間にか俺の隣にきた主は、手慣れた様子で俺に小さな紙切れを握らせた。

「あのなぁ、俺の腕は二本しかねぇんだぞ」

軽口を叩きながら握りしめた紙切れを裾の中へと押し込む。
主と俺は、紙切れごときの薄っぺらい物でなんとか必死に繋がっていた。

+++

深夜二時、俺は眠い目をこすりながらそれでも足早に廊下を進んだ。
短刀はこの時間でも寝ずの番で起きているから、誰かに見つかって何か聞かれたとしても堂々と適当な言い訳をした方が怪しまれない。
渡り廊下をひたすら進み、東に曲がる角で俺はやっと周りを警戒する。
曲がったところには厠しかなく離れには風呂の明かりが見えるこの場所からは裸足のまま縁側を下りて気配を絶ち慎重に進んでいく。
それから庭を横切って森へ入り、更に迂回しながら歩くこと数分、辿り着いたのは主の部屋の裏だった。
美しい箱庭のような庭園が密やかにあるその池のほとりから部屋の柱へ小石を投げると、静かに引き戸を引いた主が手招きをした。

「ごめん、無理言って」
「いいさ。近侍、誰だった」
「今日は長谷部」
「あー、それで二時か。もういねぇだろ」
「うん。さっきやっといなくなったよ」
「熱心だな。明石とかだと有難ぇのに」
「明石くんはご飯食べたらすぐいなくなるもんね」

引き戸から細い腕が差し出される。
別に引いてもらわなくてもこのくらいの高さ、簡単に登れるというのに、主はいつも嬉しそうに俺に手を差し出した。
仕方なくその手を取り、結局主に全く負担をかけないように自身の力で胸の高さまである格子を乗り越える。
格子を乗り越えたはいいものの、俺が部屋へ入るのを邪魔するように主がそのまま両手を広げるから、俺はいつもここで主を抱き締めてやるしかなかった。

「ごめんね」
「なにが」
「……その、失敗、しちゃって」

買い物にいく振りをして本丸を出るから森の入り口で落ち合い、そのまま二人で別の時代へ逃げようと言ったのは主だった。
俺はこの計画が成功するとは微塵も思っていなかった。
この神域の森は深い。
本丸の正門を抜けたとしても森を抜けきる前にきっと誰かしらとは戦うことになるだろうし、そこで少しでも手こずれば七十人の刀に囲まれることになる。

そうなった時、俺は確実に折られるだろうがあんたはどうする、と主に聞いた。

俺にとってはこの本丸に不服があるわけでもないし、たまにしか会えないが主と深い仲になれたのだからこれ以上何を望むわけでもなかった。
だから本心は、駆け落ちなんてバカげたことには全く賛同なんかしていない。

けれど俺のその問いに主は笑って応えたから。
俺は主にとっての刀としての本懐を、ただ主に寄り添うことで全うしようと、そう決めた。

「一期さえいなけりゃなんとかなったかもな」
「ほんと?」 
「あと太郎と長谷部がいなけりゃな」
「う、ご、ごめん……、どうせ夕方堀川くんと近侍交代だからって長谷部もついてきちゃって……平野君と前田君が一期さん誘っちゃうし太郎さんは次郎さんにお酒を、」
「いいって、別に。また他の手を考えればいいだけだ」

俺は主の体をきつく抱き締めた。
近侍は夜中だけ主のそばを離れる。
夜の見張りは足りているから夜中は近侍も休んでいいよ、と主が提案したおかげで、俺と主は近侍が離れるその時間から、次の近侍が起こしに来る明け方のたった数時間だけゆっくり話すことができた。
毎日だと互いに寝不足になってしまうからあまり頻繁には逢瀬を重ねない。
それでもたまに、こうして小さな紙切れを握らせたり握らされたりした時は寝不足なんかより、もっと自由に長く会いたい、とそんなことを思ってしまう。

主が俺の背中をくすぐるようになぞった。
その華奢な首筋に顔を埋めると、主がくすぐったそうに笑う。

「……やっぱりこの時間に逃げるしかないんじゃ、」
「短刀が何十人も遊びながら不規則に本丸を駆け回ってんだぞ。無理だ」
「馬があればなんとかなる?」
「……どのみち夜はきついな」
「それなら皆を遠征か出陣に出して、」
「それはもう試しただろ。手薄になるから余計あんたへの護衛が強まるだけだし、そこに俺が参戦しないのは不自然すぎる」
「んー……、どうにかなんないかなぁ」
「……なんねぇなぁ」

柔らかい髪をすいてやるとくぐもった呻き声を出しながら主は俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けた。
俺にとっては心地のいいこの空間は、主にはただの檻でしかないらしい。
せめて俺にもう少し力があれば、檻でしかないこの空間をもっと楽しいものにできたかもしれないのに。

「皆、私と同田貫のこと、逃がしてくれないかなぁ」

二人で逃げようと初めて言われた日から、主はこの言葉を繰り返し唱えた。

「あんたがこの本丸を捨てる選択をするなら、あいつらはその原因である俺を簡単に斬り捨てるさ」

例えば俺が捨てられる側だとしたら、きっと躊躇いなく主を奪おうとするそいつを斬り殺していると思うから。

「……そっか」

主は俺の服をぎゅ、ときつく握り締めた。

逃げられる確率は低い。
この駆け落ちを実行してしまったその瞬間、きっと無傷のままではいられない。
そうして大方の確率で、俺の予想通りに計画は失敗するだろう。
七十人の刀に取り囲まれたその時、俺が折られるその刹那、俺が折られてからその後、あんたはどうする。
その問いに、あんたは笑ってこう言った。

「同田貫が折られるその一瞬前に、お願いだから私を斬って。あの部屋に一人で帰るのは、死ぬことよりも辛いから」

本気を出せばこの本丸から逃げられるかもしれない。
綿密に計画を立てて短刀を出し抜き槍と大太刀を足止めし、太刀と打刀には出払ってもらいあとは脇差さえなんとかすれば。
出来ないこともない。
確率は低いままで、きっと重傷も避けられないだろうが、逃げ出せる確率は零ではないだろう。
けれどこんな俺を愛してくれた主を危険にさらすことは出来ない。
危ない賭けをして手に入れる刹那の夢を追うよりは、このまま主をこの檻に閉じ込めておきたいんだ。
そんなことは言えないから俺はただ、主の展望に寄り添って己の本懐を果たすその日まで主とともに間抜けな夢を見ることにした。

「……早くここから逃げたいよ」
「あぁ。早く、あんたと二人で暮らしてぇなぁ」

田舎に引きこもり畑でも耕して貧乏ながらに優しい一生を終えたい。
それは本心ではあったが、この計画になんの展望も見えないことも分かっているから、俺は主の柔らかな体をきつく抱き締め直した。






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