「また小吉」

開いた札はいつも通りの二文字。
おみくじを引く楽しみのおかげでなんとか早朝から身支度を整えているというのに、結果がこればかりでは挫けてしまいそうだ。
大袈裟にうなだれた私に同田貫が呆れた顔をした。

「だから、あきらめて出陣しろって」
「えぇ……、意味分かんない」

私のぼやきに同田貫が唇を曲げる。
おみくじは必ず同田貫が持ってきた。
正月も大分過ぎた寒い朝に、今すぐにでも出陣出来るほどきちんとした格好で毎朝私の部屋の前で待っていた。
一つの文句も言わずに。
ただ出陣したいがためなのだからなんとも健気だ。
畳に突っ伏したそのままの格好から私は同田貫を盗み見る。
修行前より僅かに厳しくなった面持ちに、色んな意味でまだ違和感が拭えない。

「おみくじよりも出陣、戦だろ」
「そんな気力も資材も戦力もないよ、この本丸には」
「あんたなぁ、もう少しやる気出せねぇのか」
「でも小吉ばっかだしさー、もうやだ」
「もうやだって……、子供かよ」

ため息とともにのんびりと同田貫が言った。
私の手に少しも触れることなく、握られた小吉のおみくじをするりと抜き取りいつものように廊下へ出て行く。
毎朝きちんと着込んで、ほんとに出陣したいのだろう。
そうは思うがまだ人数も少ないこの本丸において、次郎太刀まで修行に赴いている中での出陣は中々に無鉄砲だ。

廊下へと出た同田貫は手すりに小吉のおみくじを丁寧に巻き付けた。
今日までの十数個のおみくじが等間隔で美しく手すりに結ばれる。
それを満足そうに眺めた同田貫は、いまだ畳に突っ伏す私へと言葉を落とした。

「出陣させてくれよ。暇すぎて折れちまいそうだ」
「……えぇ、だから、次郎さん帰ってきてからにしようってば」
「消極的だなぁ、あんたは」
「んー、知将って呼んで」
「絶対呼ばねぇ」

乾いた笑いをこぼして同田貫は呟いた。
怒っているような言葉を選ぶくせに怒ったことはない。
私の言葉を拒否するくせに、ほんとに拒否しているわけでもない。

「……出陣させちゃったらさぁ、」

毎日同田貫ばかりがおみくじを持ってくることになんの疑問も無かった。
けれど別の審神者から聞いた、普通は日替わりで、毎日同じ刀剣がおみくじを持ってくることなどないと。
毎日同じ刀剣が持ってくるなんてよっぽどその刀剣が暇か、伝えたいことでもあるか、好意でも持たれているのではないか、と。

出陣させてほしくて暇な同田貫がきっとただそれを伝えたいがために毎朝部屋の前で私を待っている。
確かにこの本丸は気力も資材も戦力もないけれど、正月からずっと朝一番に同田貫に会えるのは、なんとも悪い気はしなかった。
むしろ待ち望んでしまっている私を自覚してしまったのだから。

「出陣させちゃったらもう満足して、おみくじ持ってきてくれなくなるでしょ?」
「はぁ?あんた俺に持ってこさせたいのか」
「え……、うん、まぁ」

修行から帰ってきた同田貫は前よりもっと戦を望むようになった。
それが少し怖くて悲しい。
前はもう少しぼんやりしている表情もあったはずなのに、帰ってからはそれも見なくなった。

けれど、おみくじで私が小吉を引いたあの刹那、同田貫は以前のように笑ったんだ。
おみくじを引いて、でも小吉で、そのショックに私が大袈裟にうなだれた時、同田貫は不意に張り詰めていた緊張を解いて柔らかく笑った。
その笑顔がまた見たい。

「あんたが俺にそう望めばおみくじくらい毎日持ってきてやるのによ。俺はあんたの刀で、あんたは俺の主だろ」

ぶっきらぼうな癖に柔らかな声がのんびりと私に届いた。
その言葉に好意があるのかないのか、そもそも私の好意に気付いてないのか、作り込まれたような優しい無表情は私をじっと見つめるだけ。
居たたまれなくなってやっと体を起こすと、同田貫が腰を下ろして目線を私に合わせた。
真っ直ぐな瞳は修行前より確実に洗練されている。
私のことなど入り込む余地がないほどに。

「だから、出陣させてくれよ」

曇りのない声、迷いのない瞳が私にじんわりと言葉を紡ぐ。
こんなことになるのなら修行前にしっかり男女のいろはを教えておけばよかった。
ついでに私の気持ちも、伝えていれば良かった。

「……ほんと、戦以外に興味ないね」

私の言葉の意図にさえ興味のない同田貫は、「今出陣させてくれたら資材も札もたんまりもって帰ってきてやるから」と、どうでもいい約束を持ちかける。
せめて一度でも大吉を引けば、どうにかこの状況も好転してくれるのではないかと期待するより他にない。





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