テーマ『愛情の試し方/どんな我儘まで許してくれるんだろう』
sink様へ提出
タイトルは企画サイト様からお借りしています。




言ってはいけない我儘を私は言った。
修行に行きたい、と改まって呼び出されたのが先程のこと。
たかが四日といわれても、私には『たかが』と言える程短くは感じられない。
いつものように淡々と言葉を紡ぐその冷静さでさえ、私にとってはあまりにも想定外だ。

「修行、なんて……、それも四日も?」
「もっと強くなりてぇんだ。そうしたらこの本丸ももっと刀が増えて、もっと、」
「そんなのいい、いらない。修行なんて、いやだよ。行かなくていい」

同田貫が私より強さを求めることなんか分かりきっていることだったのに、私は自分の弱さにかこつけてそんな言葉をぶつけてしまった。
一瞬顔を曇らせた同田貫だったが私の反応を予想していたのか、すぐに諦めたような無表情に戻る。
突き放すでもない淡々とした声音が弱々しく私の耳に響いた。

「分かった。あんたがそう言うなら、やめるよ」

ため息にも似た細い吐息が微かに耳に響いたが、私は聞こえないふりをした。
ほんの刹那、ほんの僅か。
ひどく寂しそうに目を伏せた同田貫の表情が、頭にこびりついたまま消えてくれない。

+++

「あんたこれ使うだろ」

急に冷え始めたその日の夜、料理当番の毛利くんが届けてくれたお茶漬けから湯気が立つ。
不意に音もなく部屋の襖を開けて入ってきた同田貫は、寒そうな内番姿のまま私にレンゲを差し出した。
控えめに桜の装飾が施されたそのレンゲは私のお気に入りで、私はこのレンゲをことあるごとに使っていた。

「あ、……りがとう」
「まだ来たばっかだからなぁ、毛利は。あんたにはこのレンゲだって、燭台切が教えてるかと思ったのによ」

薄い内番姿は直視できないほど寒そうで、「寒ぃ」と小さく呟いた同田貫は私の隣に無遠慮に座った。
当然のように一緒に届けられたもうひとつのお茶漬けを前に、二人で小さく手を合わせ「いただきます」と口にする。

同田貫が私の隣に当たり前にいるようになってから随分と経つ。
誰も私達の関係を問う者はいなかったが、私達の関係は語るほどの何かがあるわけでもなかった。

「今夜は冷えるね」
「夜中に一雨くるってよ」
「そっか……、雨かぁ」

お茶漬けをかきこむ音が響いた。
温かいというよりは熱すぎるお茶漬けが舌の先を痺れさせる。
襖の外に広がっているであろう真っ黒な夜空に目を向けると同田貫が私の視界にずい、と割って入ってきた。

「あんたが眠るまで傍にいてやるから、そんな不安そうな顔すんな」

私は雨が苦手だ。
音も聞こえないほどの優しい雨が降り続けたある日、震えながら布団にくるまっていた私の背中を不意に優しく撫でたのは同田貫の硬い掌だった。
眉間に皺を寄せ口を真一文字に引き結び、なんともいたたまれない表情で私の泣き顔を見た同田貫は一瞬狼狽えたように視線を揺らしたが、思わず抱きついてしまった私を振り払うわけでもなくただ一晩中、優しく私の背中を撫で続けてくれた。
それ以来同田貫は私のそばに寄り添い続け、私は同田貫の優しさに甘え続けている。

「……うん」

真っ直ぐに私を見つめる瞳から逃げるように目を伏せると、同田貫がお茶漬けをかきこみながらのんびりと言葉を紡いだ。
雨の日はいつも同田貫が私の背中を撫でてくれる。
一言も文句など言わずに、何故雨が苦手なのかとも聞きもせずに。
いつまで甘えさせてくれるのか、私は無言を貫くことで同田貫を試していた。

「今日から一週間は雨が降りやすいんだと」
「えぇ、そうなんだ……」
「あぁ。それで来週は本格的に荒れるらしい。歌仙が言ってた」
「……やだね」
「あぁ。やだなぁ」

子どものように素直な言葉が静かな部屋に吸い込まれる。
お茶漬けを全てたいらげた同田貫はレンゲを投げるように器の中に落とし入れ、カラン、と弾んだ音を響かせた。

「あー。雨がさぁ。……その、」

同田貫は静かに呟いた。
今まさに言葉を選んでいますとでもいうように、わざとらしく言い澱んだせいで絶妙な静けさが部屋に広がる。
私はいつものように沈黙を守った。
私達の間には語るような関係など何もない。
その曖昧さに甘えさせてくれるのなら、私は一言も喋りたくなどない。
そんな私とは裏腹に、一息ついてから天井を仰いだ同田貫は小さく頭をかくと、ゆっくりと言葉の続きを口にした。

「……雨がさぁ。強くなる前には、帰ってくるから」

たった一言に全てが詰まっていた。
喉を無理に通り抜けたお茶漬けの味も、熱さも、突然に感じられなくなる。
全ての音が一つにまとまって耳の奥に消えた。
脆弱な無音を割ったのは情けない私が唾を飲み込むその音。

「……なんの、話?」

ひどく長い時間、私と同田貫は押し黙ったまま、ただ互いの息遣いに耳を澄ましていた。
その沈黙に負けたのは、あの日から沈黙を守ってきたはずの私だ。
絞り出した言葉は震える私の口から名残惜しそうに溢れた。
私の言葉を長い間ただじっと待っていた同田貫は、ふ、と気の抜けたように息を吐く。
私の言葉に安心したように僅かに緩んだ表情に、胸がずきりと痛くなった。

「なんの話、って」

のんびりと私の言葉を繰り返した同田貫は、レンゲを持つ私の手を不意に優しく握りしめた。
ひどく優しい触り方に驚いて、思わずレンゲが手から滑り落ちる。
カラ、と間抜けな音と共に、同田貫が「あー」と困ったように唸った。

「強く、なりてぇんだ。だから、修行に行かせてくれよ」

温かい掌が私の掌にするりと絡まる。
柔らかな感覚がかさついた硬い掌に巻き込まれてじわりと濡れた。
背中を撫でてくれる時と同じような、宥めるような、慰めるような、静かで優しい、それでいて寂しい触れ方。
この触り方に、弱い心は簡単に揺らぐ。

「あんたに寄り添う役目を、他の誰かに取られたくねぇんだ」
「……そんなの、うそ、思ってもない癖に。ただ、強くなりたいだけなんでしょ」
「強くなりてぇよ。あんたのために」
「そんな、言い方……」

雨の日が怖い。
あの日そばにいてくれた同田貫が四日もいなくなるだなんて考えられない。
例えばレンゲを持ってきてくれたり、何も言わずに仕事を手伝ってくれたり、私の好きな野菜や果物が成るたびいちいち持ってきてくれたり、私が泣いても何も聞かずにそばにいて、私の背中を撫でてくれる。
雨の日はいつもより一層優しくて、私は一歩も動かなくても私の望みは全て同田貫が叶えてくれた。
私が寝入るまで私を見守る。
ひとつも文句など言わず。

「あんたはさぁ、あの日偶然俺があんたに気付いたから、そのまま俺をそばにおいてくれてるんだろ」

弱々しく握りしめられた同田貫の掌を握り返すことが出来ない。

「前まではただ強くなりたかった。でも、俺はあんたを守るために強くなりてぇと、思っちまったから」

私は同田貫に安心を与えてほしいだけだ。
同田貫が私のそばにいてくれる、ただその事実さえあれば私はそれだけで勝手に同田貫の気持ちを都合よく解釈できる。
だから手を握り返したくないのだと思う。

「修行して強くなって、来週の嵐までには帰ってくる。俺はあんたの為に強くなりたい。だから……、修行に、行かせてくれ」

優しい撫で方に起伏も猛りもなく、ただ穏やかにゆるゆると掌に暖かさがまとわりついた。
いつの間にか外からは静かな雨の音が聞こえてくる。
雨の日は怖くて、けれど同田貫がいてくれたから怖い日ではなくなった。
むしろ同田貫が一晩中そばにいてくれる日になったから、あぁ、そう考えるともう雨など恐るるに足らないただの水滴でしかないのかもしれない。

同田貫が、そんな風に私の考えを変えてくれたのかもしれない。

「……修行なんて、いやだよ」

分かっているのに口をついて出た言葉は朝と同じ言葉だった。
けれどこの言葉になんの効力もないことも分かっている。

「あんたが眠るまでそばにいる。朝起きたら俺はいねぇけど、四日目の朝、あんたが目を覚ます頃に帰ってくるから」

かさついた親指が私の指を愛おしそうにゆっくりとなぞった。
寂しいむずがゆさにぞくりと体が震える。
四日かぁ、とぼんやりと思いながら私は隣に寄り添う同田貫の肩にゆっくりと頭を預けた。

「……四日なんて、耐えられない」

同田貫は私の頭をただ受け止め、私はそのまま目を瞑る。
どんな我儘でも聞いてくれる同田貫に初めて言われた我儘は私にとって耐え難いものだ。
ひどい恐怖を乗り越えてまでもこの我儘を聞く必要があるのか。
修行になんていかないでそばにいてくれるだけでいいのに。
思考は休むことなく同田貫を引き留める言葉を探し続けたが、小さな声で同田貫が私の耳に優しく囁いたから、私はもう考えるのをやめた。

「帰ってきたら、あんたの我儘、いくらでも聞いてやるから」

私の頭に同田貫が遠慮がちに頬を擦り寄せた。
熱い体温が近くになって心地良い。
それなら同田貫の我儘を今、一つくらい聞いてあげないとだめなんだろう。
「すっごい大変なのいっぱい考えておく」と呟くと、「そこそこ可愛いげのあるやつにしてくれよ」と同田貫が小さく笑いながら応えた。
帰ってきたら強く抱き締めてほしいと、もうもどかしく優しい触り方では物足りないと、そんな我儘を言ってみよう。





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