きっと、そうだと思う。
現世では恋愛経験が殆どなかったから何度も勘違いだと思ったし、まだ確信は持てない、けれど。
きっと、いや、かなり高い確率で。
同田貫は私のことを。


いつものように私の隣に同田貫が座った。
触れそうになる服のすそを不自然にならないように自身へ寄せるも、そんなことお構い無しに同田貫は私にぐい、と肩を寄せる。

「取ってやろうか」
「あ、ううん、自分で取れるよ」
「羽織の袖汚れるだろ」
「え、いや、これはちゃんと捲れば、」
「豆腐と、あとはなんだ。椎茸か」

本丸に私一人しか女がいないからなのか。
だからそういう、スキンシップに似たものにいちいち私は意味を考えてしまうのか。
けれど他の刀剣とはそういう空気を感じない。
誰に触られても優しくされてもそうされることは当たり前と言えば当たり前のことで、だから同田貫が私に優しいのも当たり前のことなのかもしれない。
けれど、こんなに私の隣を独占しようとする刀は他にいない。

長机の中央に置かれた鍋に同田貫は手を伸ばした。
武骨な手が繊細に箸を持ち、豆腐を白い器へと静かに入れる。
その横顔を眺めながら、もう口まででかかっている言葉が喉をひどくひりつかせた。

「お肉は、いらないよ」
「あんたほっとくと豆腐しか食わねぇだろ。一切れだけでも肉食べろ」
「えぇ、同田貫食べなよ。好きでしょ」

自分で言った言葉なのに自分で驚いた。
ただの鍋の話なのに何故だか変に意識してしまって、大きく脈打った心臓に胸が苦しくなる。
そっとその横顔を盗み見ると、同田貫は素知らぬ顔で真剣に鍋の中を睨み付けていた。

「好きだけどさぁ」

鍋の話のはずだ。
それなのにその言葉が耳の中に響いて私の頭の中をじんわりと反芻した。
同田貫は単なる刀剣で、私は同田貫の主で今は鍋の話をしている。
普通に考えればなんの脈絡も突拍子もない言葉の連なりのはずなのに。
だから周りにいる誰もがいつも通りの至極平静な面持ちで、私達のことなど気にもかけていないのに。

その言葉に反応してしまった羞恥と、あっさりと返された言葉への嬉しさと落胆、自意識過剰な自分への自己嫌悪。
様々な情動が自身の顔を急速に熱くする。
私はその感覚に為す術なく身を任せる他ない。

「だからこそあんたに食べてほしいんだろ」

鍋の湯気が熱い。
火照った顔を隠したくて、対照的に冷たい手が反射的に私の顔を覆った。
速くなった心音をなんとか落ち着かせようと目を瞑ると、ゆったりとした同田貫の声が耳のすぐそばに響く。

「どうしたんだよ、そんなに嫌かぁ?」

きっとそうだと思う。
恋愛経験の少ない私でも、この接し方は絶対私に好意があると思うんだ。
だって四六時中そばにいる、世話を焼いてくれる、無愛想な割に優しくて優しくて優しくて。
私は恋愛経験が少ない、というか無いといったほうが正確だ。
もしこれで同田貫にその気がないとしたら、とんだ狸だと罵ってやる。
初心な女をこんなにまでもその気にさせたと、ずっとずっと恨んでやる。

「大丈夫か、耳まで真っ赤になってるぞ」

氷のように冷たい手が私の耳を掠めるように撫でた。

ぞくりとする感覚と一瞬で駆け上がった僅かな快感に不覚にもびくりと体が震えた。
「っ、あ」というなんとも自分の口から出たとは思えない耽美な声が思わず漏れる。
顔が熱い、限界だ。

「っ、や、やめてよ!」

慌てて取り繕おうと無理におどけて同田貫の肩を軽く叩いてやった。
下手な作り笑いに口の端が引きつったが、はたと目が合った同田貫の表情に捕まって私は身動きが取れなくなる。
私と同様かそれ以上に顔を真っ赤にさせた同田貫が、真正面から食い入るように私のことを見つめていたから。

なんで、という疑問が浮かんだ途端、同田貫は私からさっと視線を外した。
鍋の中を怒った風に睨み付ける横顔が、哀れなほど赤く染まっている。

私は恋愛経験が少ないのに。
弄ばれていたとしても、どうしようも出来ないのに。

「……、悪い」

いや、同田貫の方が少ないと言えるのか。
罰が悪そうに唇を尖らせて押し黙った同田貫は、私の皿に豆腐と小さな肉の切れ端を放り込んだ。

「べ、別に、いいけど……」
「つい、触っちまった」
「え?」
「触りたくなんだよなぁ。なんか、あんた見てるとさ」

その殺し文句はいつの時代のどこで覚えた言葉なのか。
これで私に気がないとしたら、永遠に馬当番ばかりさせてやる。







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