*祢々切丸が出ています。
イメージが変わったらまた直します。




お歯黒が爪に代わったのだと思っていた。
時代の流れで廃れたように思えた文化が主のいた時代には爪への黒塗りとして変化し、定着したものだと。
毎日美しく塗り直される主のその黒い爪は、お歯黒と同じく既婚した女の証と、そう思い込んでいた。
出会った頃にはしていなかった黒塗りの爪はいつの間にか当たり前のように施され、だからたまに現世へと帰る主にはきっと心に決めた男がいるのだろう。
俺は所詮刀でしかないのだ。
あえて見せつけるように動く美しい黒の爪に、毎日心が磨り潰されて仕方がなかった。

「あ、おそろい」

祢々切丸を迎え入れて一緒に主の部屋へと案内した時、主は祢々切丸の挨拶を遮ってそう呟いた。
自身の黒い爪を掲げて見せた主は心底嬉しそうに頬を緩めると、俺にとっては思いもかけない言葉を紡ぐ。

「黒の爪。かっこいいよね」

祢々切丸が主の言葉に一瞬戸惑う。
それは俺も同じで、黒い爪を自慢気に見せる主に心が簡単に掻き乱された。

「いや、我の爪は、」
「私も黒いの好きなの。ほら、見て、可愛いでしょ」
「かわ……、……良いと思うが」
「わ、角生えてる」
「あぁ、これは神事の時につけるものだ」
「すごい。外せるんだ」

大太刀だからだろうが当たり前に俺よりも体格がいい祢々切丸は、主の呑気な言葉に多少面食らいながらも淡々と応えた。
主は外された角に嬉しそうに立ち上がり、祢々切丸の目の前にあっさりと近付いた。

俺と初めて出会った時とは別人のような対応だ。
俺のことなど見向きもせず完全に無視をした癖に、それが遠い昔のことのように思える。
自身の倍もあるような大男に人懐こく近付いた主は、警戒心なんか微塵もないのか取り外された角に触れて無防備に微笑んだ。
その横顔にまた、胸の奥がずきりと痛む。

あんたをここまで守って、構って、愛して。

いや、間違えた。
愛はない、愛はないが。

あんなにひどい態度に何一つ文句を言わずここまで必死に尽くしてきた俺の立場は。
楽しそうな顔にも見えないが意外にとつとつと話始めた祢々切丸と主の雰囲気に耐えられなくなり、俺は障子を開けた。

「あ、同田貫、」
「外で待ってる」

なるべく無感情を装ってそう吐き捨て、新調してやった美しい飾り障子を乱暴に閉めた。


+++


煮えきらない気持ちが胸をむかむかとかき混ぜる。
美しい庭を睨むように眺めていると、やっと祢々切丸が部屋から出てきた。

「遅ぇぞ」

無意識に攻撃的な声になってしまったがそんなことはどうでもいい。
すぐさま踵を返して廊下を進むと、先程よりも大分殺気が消えた瞳で祢々切丸はぽそりと呟いた。

「紋を爪にいれるんだな」
「は?」

小さな言葉に思わず立ち止まる。
何もかもを恨みがましく睨んでいた主に近侍を任されたのはいつだったか。
他の誰もが嫌がって避け始め、荘厳な本丸の最奥に一人、とじこもる主に仕え、気にかけ、話をしてそばにいて、守ってやった。
それ以上の思慕も認めたくはないが自覚してしまっている。
政府に呼び出され現世に帰った主がここに戻った時、見違えるように美しくなっていた。
顔を隠すように伸ばしていた髪を切り、汚い着物ではなくきちんとした物を身につけ控えめな紅を引いた唇で笑う。
きつかった顔つきも柔らかくなってやっと他の奴らとも打ち解け始めた。
その日から、主の爪は黒いまま。
結婚したのかとも、聞けないまま。

「主の爪にお前の紋が描かれていた」
「……はぁ?」
「お前が部屋を出た途端、主は黙りこくってしまったぞ」

祢々切丸が外した角を再び頭に取り付ける。
黒が似合う美しい体躯に、出会った瞬間から嫉妬していたのは仕方がない。
俺の場所がこいつに取られてしまうかも、と思ってしまったことは誰にも言えない。

「……、なにわけわかんねぇことを」
「我の爪は分からんが、現世では好きな色で爪を彩ると聞いた。御守りのようなものらしいな」
「黒の爪はお歯黒とおんなじだろ。俺の紋とか、何の話だよ」

顕現してまだ何分も経っていない癖に、祢々切丸はなんとも憐れむような眼差しで俺を見据えた。
無表情ながらに感情が分かりやすい。
心の奥を見透かされたような感覚が不愉快で、俺はひっそりと眉をひそめる。

「お歯黒はその名の通り歯に施すものだ。そんな文化、江戸の終わりに消滅したはずだが」
「……それは知ってるけどさ」
「お歯黒と黒塗りの爪は全くの別物……。……あぁ、不思議なものだな。戦ではあんなに猛々しいのに、ここまで女に愚鈍だとは」

祢々切丸は小さく含み笑いをするとその太い足を廊下に軋ませた。
祢々切丸の体が少しずれたせいで、部屋から顔半分だけ出してこちらを覗いていた主と突然目が合う。
柄にもなく驚いてしまった俺とは対照的に、主は柔らかく微笑み、黒塗りの爪の華奢な掌を俺に小さく振った。

「早く温泉を案内してくれ。立派なものがあると主が言っていた」

流石は伝説の刀といったところか。
新人の癖にふてぶてしいその態度に文句の一つも出てこないのは、隠し通せるはずもない思慕にとうとう胸がつまってしまったから。
ぎこちなく応えた薄黒い俺の手が、無様に主へと小さく震えた。






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