障子が少しだけ開いていて寒かったんだ。

目が覚めてしまったものだから、一瞬迷った挙げ句渋々を装って布団を剥いだ。
昼間は動けば暑いくらいだったのに、この時間になるともう肌寒く感じる。
はだけた寝間着を元に戻し、眩しいくらいの月明かりを睨みつけた。
ふと横を見れば隣に寝ていたはずの浦島の姿がない。
どこにいったのかぼんやりと考えながら、俺は大きな欠伸をひとつして立ち上がった。


「あれ、同田貫」

長い廊下を歩いていると、縁側に腰掛け空を見上げている主がいた。
いつもの癖で気配を殺して歩いているはずなのに、どうしてだか主は俺の存在にすぐ気付く。
素足を縁側の外に投げ出してぶらぶらと振る主は、月明かりを正面に受けて静かに輝いて見えた。

「何してんだ、こんな夜中に」
「んー?なんかね、皆が兎狩りするっていうから、起きて待ってる」
「はぁ?兎狩り?」
「うん。兎が月から遊びに来てるんだって。一番多く捕まえた人にはお団子用意しといて、って、ね。言われたから」

なんでもないことのように主は小さな声でのんびりとそう言った。
俺の主はいつもこんな感じだ。
俺達のことを人間扱いしすぎるというか、俺達の望みを聞きすぎるというか、仮にも『主』と呼ばれているのにその威厳の片鱗も見えない。

「……よくわかんねぇけど、皆って、俺は?」
「あ、ううん、短刀と脇差の皆ね。あと長谷部が心配だって言って出ちゃったけど。だから他の皆は寝てるんじゃないかな」
「へぇ。俺も出た方がいいのか」
「参加する?お団子ならたくさんあるよ」
「……戦闘はしてぇけどなぁ」
「うーん、兎捕まえるだけだからどうかなぁ。結構皆疲れて帰ってくるし」
「あー……」

主の隣には今まさに団子を作っていたのか、空になった器と少しの調理器具、それから大量の団子が置かれていた。
一番多く兎を捕まえた人に、と言われているにも関わらず、恐らく参加者全員には振る舞うつもりでいるのだろう。
夜戦を嬉々として行う短刀についていくだけでも疲れるのに、目的が兎狩りだなんて、あまり乗り気にならなくて俺は唸るような声を出した。

「お団子、味見する?」
「いいのか?」
「うん。折角起きてきたんだから」
「長谷部がぶつくさ言いそうだな」
「いいよ、味見なんだし」

主が俺に団子を一つ、差し出した。
口元だけに笑みを浮かべて、この人はいつも泣き出しそうな顔で笑う。
真夜中に一人でこんなに団子を作って馬鹿みたいに刀の帰りを待つ。
長い時間をなぞってきたが、そんな持ち主なんて今までいなかったしそんな扱いをされたいと思ったこともない。
差し出された柔らかな団子を軽くつまみ、主と少し距離をおいた隣に俺は腰掛けた。

「甘いな」
「甘すぎ?」
「すぎってことはねぇけど」
「美味しい?」
「あー、うん。多分な」
「はっきりしてよ」
「美味いよ。あんたの次には」

月明かりが眩しすぎてまるで夜ではないみたいだ。
しんと静まり返った本丸が、最近ではひどく珍しいことのように感じる。
仲間が増えることはいいことだけれどその分主との時間が取れないのも事実だ。
夜更かし好きな短刀も同室の脇差もいない。
こんな月明かりの日に誰も起きていないことの方が珍しく、耳を澄まして何の気配もないことを確かめる。
甘い団子が口に広がって喉の奥に落ちていった。

「美味しい?」
「あぁ」
「食べたら疲れも取れるかな」
「取れるだろ。あんたがわざわざ作ったんだから。やるのが勿体ないくらいだ」
「そんな誉めてくれると照れるね」
「誉めるっつーか、なんつうか、口説いてるんだけどな」

口元だけ微笑む主が「えぇ、」と柔らかく呟いた。
主は俺達のことを人間扱いしすぎる。
『身勝手に作り出した命』だという責任感が強すぎる。
俺達の願いを聞き入れすぎる。
俺達の生を喜ばしいものにしようと努力しすぎる。
だから俺の気持ちも受け入れてくれた。
それこそひどく身勝手なものなのに。

「俺の部屋、今誰もいねぇから」
「えぇ?んー……」
「団子も作り終わったんだろ」
「うーん、まぁ、ね」
「だめか」
「んんー、……だめっていうか」
「はっきりしろよ」

柔らかい団子が手にくっついてべたべたする。
眩しい光に逃げ場もない主は、けれど表情を隠すわけでもなんでもなく、少し面倒くさそうに「やだなぁ」と笑った。
その言葉の真意が分からず、俺は主の表情を読み取ろうとその横顔を睨み付ける。

「なにが、嫌なんだ」
「ええ?んー」
「俺と交じるのが嫌か」
「……えぇー、と」
「それならそう言ってくれれば納得するし無理にはしねぇけどよ」
「んー」

歯切れの悪い言葉が絞り出されるように聞こえてはすぐに静寂が訪れる。
煮詰まらない返事に自分が僅かに苛ついたのが分かったが、ため息に流して平静を装った。
主の前で無様な自分を見せたくはない。
けれど主の前だと感情がぐちゃぐちゃに乱されてしまうのも分かっていた。

「あんたさぁ、なんであの時、俺と交じったんだ」

月明かりが眩しい。
雲一つない空を山の向こう側まで煌々と照らしている。

「俺が哀れだったか」
「……ううん」
「俺がそう頼んだからか」
「それは、……そうだけど」
「じゃあ今も、頼めば一緒に寝てくれんのか」

いつも笑みを絶やさない主が、あの日と同じように一瞬だけ唇を噛みしめた。
月明かりに照らされて美しく輝いて見える。
俺達を人間扱いし、帰りを待ってくれる、そんな風に人間扱いされたら、独り占めしたくなるのは当たり前だと思ってしまう。
仲間が増えすぎたこの本丸で、俺は主の心を俺だけに留めておきたい。
その思いをなんと呼ぶのか知らないが。

「私は、なんで自分が同田貫の頼みに応えたのか、その理由を分かってる」

秋の夜長の月夜の晩に、主はこの静かな本丸で、消え入りそうな声でそう、ゆっくりと呟いた。

「同田貫が、私とその、そういうことをね、したい理由って、……なに?」

口元には笑みを浮かべたまま。
泣き出しそうな顔で、主は俺に微笑んだ。
綺麗すぎる月が当たり前のことのように、主の顔を輝かせた。





back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -