テーマ『無欲になれたら』
Ash.様へ提出
タイトルは企画サイト様からお借りしています。




「オスはメスに惹かれてメスはオスに惹かれるんだろ。あんたもそうなのか」

同田貫の突拍子もない質問に私は憚らずも面食らう。
とある日の夕暮れ時。
馬当番だったはずの同田貫は、かごいっぱいの野菜を何故か私に得意気に見せに来た。
そのまま少し話をして、いつしかお互い並んで縁側に腰かける。
私がしていた百合の花粉取りを覚束ない手つきで手伝いながら、同田貫は突然そんなことを呟いた。

完全に花が開く前に花粉を取ってしまわないと、百合の花はひどく迷惑な花になってしまう。
ゆるく開いた蕾の中の花粉を摘まみ取るだけ。
それだけの仕事なのだが、同田貫の慣れない手つきに悪い意味で心奪われていた私は一瞬理解できずに間抜けな声を口にした。

「えっ?」
「あんたもオスに惹かれんのか、って」
「えっ、なに突然。そりゃ、うーん、普通に、いい人がいれば……まぁ、男の人に惹かれることもある、けど」

同田貫は相変わらず腑抜けた表情を動かさず、へぇ、と感嘆の声を漏らす。

「あんたもオスに惹かれるんだな」
「オスじゃなくて男の人って言って」
「そうかぁ……、やっぱ、あんた人間なんだなぁ」
「えぇ……、人間にしか見えないでしょ」

小さい頃にした小さな恋の記憶。
結局何が始まりだったのかも何で終わったのかもわからない、けれど確かにあの時私はあの男の子のことが大好きだった。
そんな幼い恋を思い出して少し熱くなった頬を私は両手でそっと隠す。

「なに赤くなってんだ」
「えっ、なんでもな、」

冷めた同田貫の声に手元が狂った。
百合の花から引き抜いた花粉が服に落ちる。
私の勝手で命を繋げない花粉が、恨みがましく私の服を濃い黄色で汚した。

「あっ、きたな、」
「今はいんのか。その、いい人っつーの」
「え?い、まは、別に、」
「まぁ、あんたの周りオスだけだもんな。元々刀だが、そうだよなぁ。仕方ねぇよな、あいつら綺麗だし、そりゃ惹かれるわな」

百合の花粉を慌てて服から叩き落とす。
綺麗だからと調子に乗ってたくさん買いすぎた。
そういえば濡らした布巾があったはず、ぶつくさ呟く同田貫の言葉を無視して私は立ち上がろうと右手を床につけた。

「なぁ、」

その右手が、熱い何かに捕まれた。

「え?」

呼び掛けられた事実を理解したのはその後だ。
見下ろした視線の先に、大きく固い掌に捕まった私の手首が見えた。
困惑の声が同田貫に届いただろうか、中途半端に浮かせた腰が、びくとも動かない掌に引かれ小さく軋む。
同田貫が小さく首を捻るのが視界の片隅に見えた。
薄く開いた唇から溜息に似た吐息が漏れて、状況を理解できない間抜けな私は、同田貫の怖いくらい腑抜けた瞳に緩く、捕まった。

「俺はどうしたら、あんたと恋仲になれるんだろうな」

ひどく腑抜けた、それでいてひどく優しく、ひどく恐ろしい。
私を捕まえたと思った金の瞳は不安そうにゆらゆらと揺れながら私を見据えた。

「……っな、に?」
「せめてあんたが、この百合みてぇに、俺を無欲に作ってくれたら良かったのに、」

先日買ったばかりの真っ白な着物に、汚い黄色の花粉がべっとりと伸びた。

「なぁ」

花粉を取ったら花瓶に生ける。
明日にはきっとすべての花が咲くだろう。
そうしたら、次は甘い蜜を出すめしべを摘まなければ。
咲き誇った喜びに、メスが蜜を出す前に。







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