テーマ『BGM、あるいは』
面影 様へ提出

!YouTubeにてご活躍されている方の『ベイビーベイビー』という楽曲をイメージしています。
!歌はこちらから視聴出来ます。(YouTubeへ飛びます。音量注意)
!作者様に許可は頂いております。この場を借りてお礼を申し上げさせて頂きます。今回は本当にありがとうございました。

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ふと思ったのはあまりにも星空が綺麗だったからだ。
この世の終わりが最果てに見えたような気がして、言いようのない不安に身体が小さく震えた。

「同田貫」

縁側に腰掛ける俺の背後から主の声が響く。
自分でも驚くほどに暗闇を睨みつけていたらしくて、柔らかな声にふ、と身体の力が抜けた。
胸から嫌な不安がするりと消える。
俺はその変化に首をかしげながら、自身の胸を撫で付けた。

「買い物に行くけど、何か欲しいものある?」
「…あー、いや、別に」
「そう。なら、すぐ帰るから。留守、お願いしていい?」



つい先日、三条大橋の戦に勝利した。
「あと少しで、戦が終わるね」と、主が嬉しそうに言ったあの顔が忘れられない。
戦が終わったら本丸はどうなるのだろう。
戦が終わったら、俺達はどうなるのだろう。
主は、どうなるのだろう。

「これでやっと自由になれる」

祝杯をあげたあの夜、飲めない酒を珍しく飲みすぎた主は予想通り泥酔して、俺は主を担いで部屋へと送った。
耳元で囁くように言われた言葉にひどく胸が痛んで仕方がなかった。
出来ればこのまま、この本丸でこの身が朽ちるまで。
その思いが身勝手だということはもう、十分過ぎるほど分かってはいるのだが、分かってはいるのだけれど、でも。


目の前に立つ主はいつもきつく結っている長い黒髪を無造作に流していた。
白く細いうなじを流れる黒髪が妖艶で美しい。
ごくりと飲み込んだ喉に、俺に見つめられたままの主が不思議そうに小さく微笑んだ。

「なに?」
「いや、…髪、長ぇんだな」
「あぁ。うん、お気に入りのかんざしが壊れちゃってね」

主は小袖から壊れたかんざしを取り出して俺に見せた。
桜色の上品なかんざしは、どこをどうしたらそうなるのか、変な方向にひしゃげている。
煌びやかなそれはとても主に似合っていて、そのかんざしが揺れる様を遠目に眺めているのが好きだった。

「かんざし買いに行くのか」
「そうだよ。あ、お酒も買っとこうか?」
「…いや、つうかこんな夜更けに一人で出かけるのかよ」
「夜更け、って、大げさな」

長い髪の毛をゆるく梳いた主が、へら、と表情を崩した。
今まではこの顔を見るとひどく安心してひどく穏やかな気持ちになれたのに、最近はずきずきと刺すような痛みに変わっている。
出来れば主のことを考えたくなんかないのに、そう思えば思うほど堂々巡りの不安ばかりが頭を支配していった。

「俺もついてく」
「…えっ?珍しいね」
「あんた一人だけだとちゃんと帰って来れんのか分かんねぇからなぁ」

俺はわざとため息をついて立ち上がった。
「馬鹿にしてるの?」と怒った風に言った主は、けれどどこか嬉しそうに俺の背中を軽く叩く。
背中から伝わる生暖かさに、こみ上げた胸の痛みが目頭を熱くさせた。

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「昨日ね」

俺の隣を並んで歩く主は、いつもよりずっと楽しそうにさっきから取り留めのないことを喋り続けている。
そういえば二人きりで出掛けるのなんて初めてのことかもしれない、と、夢中で喋り続ける主の横顔を横目で盗み見た。

「聞いてる?」

主がふいにこちらに顔を向けた。
俺の行く手を阻むように目の前に回り込んで頬を少し膨らませた主は年齢の割に幼く見える。
長い髪の毛が風に揺れて、手を伸ばせば触れられる位置に主がいる。
無意識に伸ばした手を俺は慌てて、自身の頭に乗せた。

「…あー、そこそこには」
「聞いてないじゃん」
「聞いてるって」
「じゃあ今あたし何の話してた?」
「…えー、と、御手杵が馬を食っちまった?」
「違う、御手杵が落馬した!ほら聞いてないじゃん」
「惜しいじゃねぇか」
「惜しくない」
「惜しいだろ」
「もう、真面目に聞いてよね。すごい面白かったんだよ、傑作」

夜空が透き通るほどに綺麗で、星空が果てしなく頭上に広がる。
あはは、と笑った主が身を翻して俺の前をゆっくりと進んだ。
主の長い髪を弄ぶ生暖かい風が人肌のようで心地よくもあり、不愉快でもあった。
それはこそばゆい、程度の不愉快さではあったけれど。

「なぁ」
「ん?」
「あんたの壊れたかんざし、俺にくれよ」
「え?」

例えば俺がこの先どうなろうとも、主が嬉しそうに笑うその顔だけは忘れないでおこうとそう思った。
主が俺にもたれかかったあの記憶や、主が俺の名前を呼ぶゆるやかな声や、そんなことでじくじくと揺れる自分の気持ち。
そんな些細なこと全てを出来るだけ多く、覚えておきたいとそう思う。
きっと審神者である人生なんか、桜色のかんざしが似合うあんたには似合わないんだ。
だからこの戦争が終わって全てが終わったら、こんな血みどろの汚い俺のことなんか忘れた方がいいに決まっているし、きっと何の迷いもなく忘れてくれるんだろう。
それでいいと思うしそれがいいことはもう、分かっているから。
分かっているのに、その小さな手を握りしめて、この美しい星空の下から連れ去りたくなる。
俺だけの物にしたくなる、きっと優しく出来ると思う。

そんな自分のつまらない欲望を無理に飲み込んで、俺は上擦る声を振り絞った。

「あんたに捨てられるなんて、寂しいだろ」

主は俺の言葉に呆けた顔をした。
間抜けに開いた口が壊れたかんざしと同じ桜色で、今ならその唇に触れても人肌と同じ風が誤魔化してくれるような、そんな気がする。

少しの間ぼんやりと俺を見つめていた主は、不意に弾かれたように笑った。

「…あっ!あぁ、なんだ、かんざしね。かんざしのことね」

主は慌てて小袖からかんざしを取り出した。
右手を差し出したそこにかんざしを置いた主は「あたしが捨てたら、かんざしが、寂しがるってことだよね」と小さく零す。
触れたところから熱が伝わり、壊れたかんざしがかしゃりと華奢な音を立てて俺の手に落ちた。

「どうすんの、これ?」
「別に。持っとくだけだろうな。捨てずに、忘れずに」

きらりと光るかんざしが、主の手を離れて物憂げにこちらを見つめている気がした。
首をかしげる主には分からなくていい。
忘れ去られるモノ同士、一緒なら寂しくないだろう、と、そのかんざしをそっと撫でた。
終わりが来たら一緒に果てよう、心の中で小さく唱える。
それが俺の独りよがりだとしても。
俺もかんざしも、互いに一人よりは少しだけでもましだろうから。




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