テーマ『もしも、』
仮想 様へ提出
タイトルは企画サイト様からお借りしています。



寒い、そう言って布団に潜り込んでくる主を、俺はいつも鬱陶しいと思っていた。
真っ暗な牛の刻、恐らく一番深くまで眠り込んでいるその時間に、主は不意にやって来る。
寒い、そう言って俺の意識を無理矢理叩き起こし、遠慮なんて微塵もないのか狭い布団に体を滑り込ませて俺の背中に手を回す。
冷たい手だ。
俺の体温と布団の半分を主はやすやすと奪い、いつも俺の背中は少しだけ外に出される。

「…なんだよ、また来たのか」
「寒いの」
「んなもん湯たんぽでもいれとけよ」
「沸かすの手間じゃん」
「叩き起こされる俺の身にもなれ」
「知らない」
「…ったくよぉ」

ぎゅ、と俺の背中の服を握りしめる、その感覚が嫌では無い。
だから口ではいつもあれこれ文句を言うふりをして、俺は主の体をきちんと布団の真ん中に引き寄せ、ひどく冷たい身体をゆるく抱き締めた。

俺は刀で、暖かさとは正反対のところにいたはずなのに、こうしているとその事実の方が自分の妄想のようにさえ思えてくる。
確かに汗はかきやすかったし他の刀剣にも体温が高い、とよく言われた。
それでも、この本丸には俺以外の刀剣が何人もいて、そのどれもが俺よりも美しく穏やかで、悔しいけれど俺より強い奴もいる。
確かに体温が高い自覚はある。
あるけれど、主が冷えた身体を温めるその役に俺を選んだ理由がいまだによく分からなかった。

「ねぇ、たぬき」
「たぬきって呼ぶな」
「たぬきはあったかいね」
「あんたよりはな」

真夜中に叩き起こされ主の体を暖める。
遠征から帰ってきた日なんかは正直寝かせてくれと本気で思う。
主が俺を選んだ理由は分からない。
だからこそ、どんなに眠くて鬱陶しくて、布団からはみ出した背中が冷えるのが多少辛くても、この役に自分が選ばれることがとんでもなく嬉しいことだけはよく分かった。
それは主の気まぐれなのか。
そのうち主が俺の布団に潜り込まなくていい程に暖かい日がやってくる。
それは少し、いや、かなり、嫌だ。

「たぬきはほんとにあったかい、ね」

か細い声で主が言った。
俺の体を抱きしめ、俺に抱き締められたまま、まるで人間同士の夫婦のように俺達は丸くなって眠る。
朝になると主はいない。
だからこの華奢な身体の冷たさと、鬱陶しさと、虚しい胸の疼きは、全て俺の妄想なのかも、と思うことさえある。
それならそれでいいのだ。
妄想でも、寒さを凌ぐために俺を選んでくれたなら、それでいい。

「あんたはほんとに冷てぇな」
「うん。寒いの」
「もうすぐ春が来るだろ」
「そうだね」
「春になればあったけぇんじゃねぇの」
「うん」

自分で言いながら体が言葉を否定する。
春になんかならなければ、この冬が終わらなければいいのに。
真夜中でも気まぐれでも夢でも俺の妄想でもなんでもいい。
終わらなければなんでもいい。

主の身体を無意識に強く抱き締めると、華奢な骨がぎしりと震えた。

主は小さく頷いてから、「でも」と俺の耳元で囁いた。

「春なんてこなくていいけどね」

ふへへ、とだらしなく笑った主は俺の胸に鼻を埋めて大きく息を吸った。




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